ちょっと、ほんのちょっとだけうるさいクリスマス
「じゃあ、朝だけ譲るからそれ以外はうちな?」
「だ、だめですっ! 逆ならいいですけど、とにかくだめですっ!」
「うちの方が先やったもん? あかんの?」
「わたしだって、録音はしてませんけど、ちゃんと二人で話しましたもん!」
「ほんまに? ちゃんとクリスマスは二人きりで、みたいにちゃんと言ったん? はっきり言わんと伝わらへんで?」
「……い、言いましたもん!」
妙に、騒がしい。就寝した記憶もないのに、意識が途絶えていた。混濁した脳内から正常な思考が戻るまでに、暫しの時間が必要だった。
「あ、起きそうですよ! アヤノさんに聞きましょうよ!」
「……芽衣、誤魔化したな」
仰向けになった私の指先に、そっと手が添えられる。赤子が母親のそれをきゅっと包むようにやさしい力具合で、温かな手のひらが人差し指を覆った。
「あ、アヤノさーん……」
「なんで本人の前やとそんなビビってはるのか、まったく。ほら、起きろー」
透き通った声が、頭の近くで響く。その声に身を任せているだけでも心地よく眠れそうだった。
「ま、また目が閉じて……」
「ほら、起きい!」
ぺちん、と頬に衝撃。勢いもなく、小さな手のひらだったから痛みは全くない。そしてその衝撃で私はようやく開眼する。
「聖、芽衣」
視界に映るのは、いつもの二人の顔だった。サングラス越しでも私をぐっと見つめているのがわかる白髪ビビりな芽衣と、かがむと太ももくらいまで届く紫がかった黒色の長髪目立つ聖。
ああそうだ、確かさっきまで二人と話していて、普段通り二人がもめて仲裁に入ったら芽衣の能力が暴発して頭が吹っ飛びそうになったんだ。
「あ、あ、さっきはその、ご、ごめんなさい!!!!」
布団に頭を思い切り打ち付けて、芽衣は謝る。ごちんとか音が鳴ったけど大丈夫だろうか。まあ芽衣は頑丈な方だし大丈夫か。
「大丈夫、気にしないで」
手でも振って健常であることを伝えよう、とするが身体が動かない。まだ意識に身体がついてきていないのかと考え、手元を見た。というか、自分の状態を確認した。
「……なんか、拘束されてね?」
妙に自由がきかないと感じていた理由が判明した。両手と両足はそれぞれ、ゴム製なのか何なのか不明なケーブルでぐるぐる巻きにされていた。ご丁寧に胴体と肩は芽衣のオーラが漂っていて、上体を起こそうにもとてつもない重さで持ち上がることはなかった。
「は、はい!! その、聖さんと話して、アヤノさんはしばらくここにいてもらうことになったので!」
声を震わせながら、口をぱくぱくと開いて芽衣は告げる。芽衣の能力で私が気絶するのはいいとして、肝心の拘束するに至った理由がききたかったのだけれど、私の指をなめまわすように手のひらでさすられているし、順序だった話は聞けなさそうだった。
こういうときは、聖だ。膝に手をついてこちらを見下ろす聖に助けを求めるべく、視線を投げた。
「……クリスマス、どうする予定だったん」
じっとこちらを見据える眼には、疑念の色が宿っていた。体裁の良い穏やかなものではなくて、もっと心の繊細な部分にある不安と、疑いが浮かんでいる。聖がそうなっているということは、私がこうなった理由を素直に解説してくれる相手はいなくなった。今は彼女たちの問いかけに答えるという選択肢しか残っていない。
「どうするって、二人と過ごす予定だったけど」
回答すると、聖はため息をつく。
「うちとは午前中で、芽衣とは午後過ごすんやって?」
キッと冷たい眼でにらまれる。ああ、そういうことか。ここで私はやっと理解した。
クリスマスを二人に喜んでもらおうと思って建てた計画が、裏返しになってしまっていることに。
「……そのことなんだけど」
「アヤノさん、わたしと一日ずっといてくれるって言ったじゃないですか!!」
話そうとする前に、芽衣が叫ぶ。彼女の叫びと共に、両肩と胴体を床へと結びつける膂力はより強まっていく。ああ、これは話し合いじゃ終わらないな。
私はまず、肩へと意識を向けた。この拘束された状態から脱出するためには、芽衣の具現化された源力を分解しなければならない。私も源力が多い方だけど、芽衣ほど運用に慣れていないから、どうにかできるのかわからない。
「……夏休みにが終わる二日前の、木曜日の、夕方の買い出しから帰るときに横に並んで話しましたよね? 次のイベントは二人で過ごそう、って!」
「いやそれ曖昧すぎるやろ。しかもそれ、本当にそんなふうに言ったん?」
「……次は二人の時間もあってもいいね、って言ってくれたじゃないですか!!」
「んなアホな。なんも言ってないようなもんやないか」
聖が冷静に突っ込んでいる間、私は自分の源力を集め、上半身へと持ってくる。ここから肩に集約されている芽衣の源力に順応させて、固まっているのを散らすことが必要になるわけだ。でも私の源力と芽衣の源力は種類が違う。だから同化させるのには苦労しそうだ。
この苦労は例えるなら、ミントやレモンで味付けされた水っぽいなにかを、純度の高いミネラルウォーターに浄化しなければならない、と言えば伝わるだろうか。もちろん、綺麗なミネラルウォーターが、芽衣の源力を指す。
「っと」
「――、じゃ、じゃあ聖さんはどんな約束したんですか!」
「うち? えー、うちかあ」
「に、ニヤニヤしすぎです!」
「えー、だってなあ。プライベートなことやし、恥ずかしいわあ」
「今更プライベートとか、ほとんどないようなものじゃないですか!」
「まあ互いに部屋となりあってて、生活圏内もほぼほぼこの寮やもんな。……でもな、こっそりしようと思えば、いけるやろ……?」
「知りません!」
脳と、体表と、肩。それに源力に意識を割いて私の源力から余分なものを抜いていく。そして、綺麗になったそれらを少しずつ塊となった芽衣のものに混ぜ込んでいく。
ほんの一時、肩のあたりが波だった。透明な源力と源力が擦れあって、揺らいだのだ。それと同時に、わたしの源力はぬるりとがちがちに固まった源力に入り込み、凝りをほぐすかのように柔らかくしていく。塊はコンクリートから粘土へと変化を遂げ、私の肩は解放されるのだった。
よし、上手くいった。後は腰でも同じことをやればいける。
「――実はな、午前中っていうのは始まりじゃなくて終わりのことなんよ」
「……どういうことです?」
「午前中は、集合開始時間じゃなくて、解散時間のこと!」
「……え?」
「鈍いなあ。そう、うちとアヤノは前日の夜に集合してオールする! それで、あわよくば一緒に寝て――」
「オールって何ですか?」
「ああ、そかそか。えとな、オールは徹夜するってことでな。よくうちの周りだと互いのお家に行って、お泊り会とかしてたから、今回もどっちかの部屋で、同じ布団で……!」
「ああ、徹夜のことなんですね。それは、許せませんね」
「えー、だめ?」
「はい。だってアヤノさんが一緒に寝るのは、わ、わたしですから」
「いやそこで照れんなやて」
二人が滔々と話している間に、身体を起こす。
「まあまあ、落ち着きなって」
ぐるん、と二人の首がこちらを向く。
「実は、夜は三人で過ごそうと思ってた。だからその前に、お互いのクリスマスプレゼントを選ぼう、って予定だったわけ」
「……うち、早まったわ」
「アヤノさん、さすがです!!」
私の一言で、二人は落ち着いたようだった。はあ、これで何とか予定通りに事が進みそうだ。
お久しぶりです。作品を投稿するのは三年ぶりですね。
実は本作、三年前に投稿した「女三人でハグするだけの話」と同じキャラの話です。
ただ、設定練ってる最中に一人名前と性格が変わりましたが……。
長編も何れ投稿したいなと思っています、長い目で見守っていただければ幸いです。
ちなみに、今回は友人とお題を出し合って執筆しました。
本作は「脱出×プレゼント」がテーマです。