第87話 KOOL
「いやあ、ミカハチロウも喜んでるでしかし。なにしろ生涯の友ができたんやからな」
「パオーン!」
ミカハチロウは実際、嬉しそうにはしゃいでいるように見えた。
ミカハチロウのタコ足をした鼻の先にくっついている篠田の首は、さっきからずっと、
「殺してくれよぉ……やだよぉ……死にたい……死なせてくれえええ」
とブツブツ言っているし、ツーブロックの髪型をした遊斗の首は、
「こらてめえ! なんだこれは? 魔法か? 早くもとにもどせぇぇ!」
と叫んでいる。
こんなん、友達としてどうかとは思うけど、ミカハチロウの奴は喜んでいるからいいか。
さて、あいつらの残りは四人。教師の石郷丸と流川美子、それに市生と瑞葉だ
あいつら、まだみのりのことを助けにくるつもりかな。
そのみのりはもうほとんど人格が壊れちゃってるけどさ。
★
「ねえ……もうあきらめて帰ろうよ……」
ダンジョンの一角。
呆然とした顔で壁に背を預けて座っている瑞葉が言った。
「………………」
市生は答えない。
「多分、篠田も遊斗も殺されたんだと思う……。みのりのことは残念だったけど、もうこれ以上は無理だよ……。一度、帰ろう?」
「………………」
黙り込む市生。
彼にとってはプライドにかけても妹を助け出したかったが……。
すでに二人の犠牲者が出た。
これ以上続けても、二次被害を拡大するだけだろう。
おおよそ十分間ほど黙りこくって考え込んだ市生だったが。
ついに口を開いた。
「くそ……あいつら全員ぶっ殺したいが……。いや、クールになれ、清野市生。KOOLになるんだ」
「Cだよ? COOLね」
「…………クールになれ……。……くそ、悔しいが、いったん帰ろう。もちろん、みのりのことはまだあきらめていない。だが、考えてみてくれ。話によると、このダンジョンはあの二宮ほのかの知り合いのモンスターに占領された……そうだな?」
「うん。そんな感じだった」
「なら、一度帰ろう。そして、今のダンジョンマスターに交渉しよう。モンスター相手に交渉なんて難しいけど、そこに二宮ほのかの意志が介在するなら、まだ人間の情が通じるはずだ。嘘でもいいから真摯に謝罪してみのりだけでも助けてもらおう」
二人の会話を黙って聞いていた石郷丸が聞いた。
「それでいいのか、お前ら? それだと、この俺がせっかく助けに行ったのに助け出せなかったということになる……理事長になんて言えば……」
「ふふふ……心配しなくていいんですよ、先生……。俺からもよく言っておきますから……。よく……。それに、石郷丸先生と流川先生は手練れだ。敵としては、俺たちなんかよりまず石郷丸先生をターゲットにすると思うんです」
「ん? なにを言っているんだ?」
「ふふふふふ。見てください、これ」
市生が胸元から取り出したのは、緑色に輝くペンダントの石。
「それは! 移動の石《Teleportation Stone》!」
「ふふふ。そうです。テレポーテーションの力を持つ魔法の宝石です。こいつはね、小さいから、定員2名で階層で言うと5階分しか移動できない。ここは地下八階だから、地下三階までしか戻れないんです。でもそこまで戻れば地上はすぐそこだ」
「だが、定員2名って」
「だから! 先生方! 俺たちがこのダンジョンを脱出するための捨て駒になってください! 敵はかならず先生たちを優先に攻撃してくるはずですから! では、生きてたらまた会いましょう! 助けに来てくれて嬉しかったですよ、先生!」
それを聞いて市生にとびかかって宝石を奪おうとする美子、だがその手が彼に届く前に。
市生と瑞葉の姿はそこから掻き消えてしまっていた。
石郷丸と美子は、その場に呆然と立ち尽くすことしかできなかった。




