第81話 もう出ないよぉ
流川美子の趣味は、生徒を自殺に追いやることだった。
毎年毎年、学校では必ずいじめが起こる。
そこに介入するフリをして、いじめられている生徒をさらに追い詰め、自殺させる。
一人が死ぬたびに、美子はえもいわれぬ快感に襲われるのだった。
生徒の表情が日に日に暗くなっていき、そのうち学校に来なくなり――。
それでも美子は一生懸命な先生のフリをしながら家庭訪問を行い、保健室登校させ、そしてその保健室でさらに他の生徒にいじめさせる。
不登校になってしまうのをよしとしない、意地でも学校に通おうとする生徒がもっとも自殺させやすかった。
電車への飛び込みで死んだ田中耕一。
ビルから飛び降りて死んだ石附香。
首吊りして死んだ西村和子。
包丁で首を切って死んだ篠田聡。
みんな、素敵な生徒たちだった。
15歳から18歳の、未来ある子供たちが、死んでいった。
そう思うと、美子の脳内はドーパミンとエンドルフィンで満たされ、至上の喜びを感じるのだった。
十五年間の教師生活を通して、今まで9人の生徒を死に追いやってきた。
記念すべき10人目は、二宮ほのかになるはずだった。
だが、そのほのかは清野市生たちにロックオンされてしまった。
美子は前を歩く市生の後ろ姿を見る。
こいつらは競合だった。
美子が自殺に追い込む前に、なんらかの方法でその生徒を『行方不明』にさせてしまうのだ。
市生が狙うのは女子生徒ばかりだったから、美子がほのかを自殺に追い込もうとしたとき、市生たちの動向も見ていたのだが……。
今回は先に抜け駆けされて、ほのかはこのダンジョンにとらわれたという。
その結果がこれだ。
逆にほのかとその仲間で市生の妹を監禁し、挑発してきている。
どちらにしても美子にとっては面白くないことだった。
だから、今回石郷丸の誘いに乗って、清野たちに力を貸すのには、ある目的があった。
――清野市生も、二宮ほのかも、ダンジョン探索中に殺す。
だが僧侶である美子が、一人でそれを成し遂げるのは困難だった。
石郷丸は、人間としてはゲスだが、一流の探索者だった。
美子自身も、大学時代は名門の学友会探索部に所属して、それなりの経験を積んでいた。
さらに市生たちを加えて6人パーティならば、おそらくラスボスまでたどり着けるだろう。
そこで敵のラスボスを倒す寸前になったら――。
美子は見方を裏切り、一網打尽に全員を殺すつもりだったのだ。
美子はセクハラを繰り返してくる石郷丸のことは内心嫌っていたし、市生たちは自殺させる趣味の敵だ。
ダンジョン内での事故は違法性が阻却されることになっている。
これを機に、美子は嫌いな人間を全員この世から去ってもらうことにしたのだ。
とはいえ。
さっきの戦闘はきつかった。
まさか、地下七階で、元とはいえダンジョンマスターとの戦闘になるとは。
最強魔法をあのタイミングで発動されて、生き残れたのは美子の的確な判断力のおかげであった。
攻撃は最大の防御。
最強魔法である、核爆裂は、防壁魔法など容易に突破してしまう。
防壁魔法で核爆裂を防いだとて、それなりのダメージを受けたはずだ。
残るのは、傷ついたパーティと、無傷のダンジョンマスター。
これではその後の戦闘で全滅必至だ。
だから、美子はあえて防御を捨て、数少ない僧侶系攻撃魔法の中でも最強を誇る呪文、死言葉を使ったのだった。
だが、その代償もあった。
「あのーみなさん」
美子は言った。
メンバーたちは美子の方を振り向く。
「私のMPが枯渇してます。遊斗くんもそうでしょう。私たちヒーラーのMPがほぼゼロなんです。一度ここで大休止をとってMPの回復をさせてください」
大休止というのは軍隊用語で、転じて探索でも使われる。
軍隊とは時間の感覚が違い、ダンジョン探索での大休止とはおおよそ半日間そこでじっとしてHP、そしてなによりMPの回復を図ることを言う。
石郷丸は頷いてそれに賛成した。
「ふむ。そうですな。確かに、今、われわれパーティの回復能力は皆無に近い。よし、ここでキャンプを張って食事と睡眠をとりましょう。清野たちもいいか? もちろん、交代制だぞ」
★
「おい、慎太郎。うまくやれてるか? 疲れてないか? リフレッシュのためにあたしの肩をもんでみるか?」
ご先祖様は邪魔ばかりしてくる。
俺はご先祖様の顔を見ようともせずに、ダンジョン内に罠を設置する作業に没頭していた。
そもそも、なんで疲れている側が人の肩をもまなきゃいかんのだ。
「いま集中しているんで放っといてください」
「しゃーないなー。じゃああたしはほのかのおっぱい揉んでおくわ。ほれ!」
「きゃっ!」
ほのかさんの悲鳴を聞いた瞬間、俺はすべての作業を止め、そちらを振り向いた。
……見えるのは、ご先祖様がほのかさんの肩をもんでいる光景だった。
「ふひひっ。慎太郎、なんやその目は。期待したんやな?」
勝ち誇って言うご先祖様。
くそっ!
邪魔ばっかりしやがって!
扉の向こう側では、なんの音か知らんけどさー、パン! パン! パン! というリズミカルな音ともに、
「もっと早く! あん、あん、あん、いいよ、いいよ、もっと強く! もっと腰振れ……! 手を抜いたら食べますよ!?」
「も、もう十回目だよぉ……! もう出ないよぉ……」
「気合で出せ! じゃないと食うぞ!」
っていうレイシアとみのりの変な内容の会話も聞こえるしさ。
くそ、なにやってんだろうな、覗きたいな。
あーもうくそくそ。
作業の邪魔だらけだ。
ノイキャンイヤホンがほしいなあ。
俺はつとめて無心に、魔法のトラップをしかけまくっていく。
このトラップ、うまくはまるといいんだけどな……。




