第72話 渇え殺し二日目
「くそ、喉が……かわいた……」
市生は呟いた。
もうまる一日、何も口にしていない。
空腹もそうだが、それよりも喉の渇きが問題だった。
唇がカサカサしている。
喉の奥まで乾いて、呼吸するのもつらい。
もう、水のことしか考えらない。
遊斗がポツリと言った。
「俺さ、さっきからずーっと梅干しのこと考えてるんだ……」
「……なんだそりゃ」
「昔さ、中国の曹操って英雄が、兵士の喉の渇きを軽くするのにさ、梅のこと考えさせて、口の中に唾を出させたってことがあって……」
市生はそれを聞いて、レモンを想像した。
半分に切って、ぎゅっと握って果汁を口の中に絞り出す。
なるほど、唾が湧いてくる。
これで少しはマシになるだろうか……。
★
俺はエビフライ丼をわしわしとかきこんで、それを冷たいペットボトルの麦茶で胃の中に流し込む。
あれから、麗奈さんが毎日三食、食べ物を持ってきてくれることになったのだ。
ちなみに支払いはご先祖様のおごりだ。
無料のごはんってうまいよなー。
フライの衣の脂を、麦茶が洗い流していくこの感覚。
日本人に生まれてよかった!
麗奈さんはレモンをしぼり器でギューッと絞り、それをジョッキの中に注ぐ。
「はい、小梅ちゃん、レモンサワーできたよ。私も一杯飲もうかな」
「なんや、お前仕事中やないんか?」
「まあウービーはその辺自由だから。今日はもう仕事する気なくしたから飲む」
「それもええやんな。じゃ、かんぱーい!」
ご先祖様と麗奈さんはジョッキを合わせて乾杯すると、ゴクゴクとそれを飲み始めた。
「おいしそう……」
「駄目やで桜子。お酒は二十歳になってからや……!」
「ご先祖様は300歳くらいでしたっけ? 慎太郎のひいひいひいひいおばあさんだもんね」
「気持ちは二十歳や!」
ま、実際見た目は中学生以下くらいに見えるロリババアだけどね。
「しかし見てみい、あいつら。ははは、あんまり喉が渇きすぎて自分の腕をチューチュー吸ってるで。レモンサワー飲みながらあいつらが苦しんでいるのを見るのは愉悦やな」
「赤ん坊含めて50人も殺した大量殺人鬼ですからね、こいつら。全然生ぬるいくらいですよ」
俺の言葉に桜子とほのかさんもウンウンと頷く。
「でも男の人同士のアレって、あんな感じなんだねー。私の嫌いな男同士がいやいやながらも身体を重ね合わせる姿……。私、ドキドキしちゃった」
ほのかさんは変な性癖に目覚めたようだ。
「ところで、このまま餓死させて殺しちゃうんですか? もったいなくないですか? もう少しこう、苦しませてやりましょうよ」
俺が聞くとご先祖様は、レモンサワーをキューッと一気飲みすると、
「いや、人間腹が減る、喉がかわくってのが一番つらいんや。『生きる』と『食う』は同義やからな。『この仕事で食ってきた』とか言い回しあるやろ。だから、これが一番いい殺し方だと思うんや」
「じゃあこっちはどうしますか?」
俺は椅子になっているみのりのケツをバチバチ叩きながら言った。
「うう……お兄ちゃん……助けて……」
みのりの言葉にほのかさんが言った。
「でもあなた、誰か一人でもここで犯されてる女の子を助けてあげた?」
「………………ううう…………すみませぇん…………」
「それなら自業自得だね。自分が犯した罪は自分で償わないとだね。やっぱり生きたまま脳みそをデザートにしたげるよ」
「ひぃぃぃぃ……いやですぅ……ゆるしてくださぁい……ごめんなさい……あれはいや……いやなの……ひっく、ひっく……」
うーん、見てたらかわいそうになってきちゃったな。
俺はどっちかというと、弱っている人を見たら助けたくなっちゃう性分なんだ。
もう反省しているみたいだし、これ以上いじめるのも気の毒だ。
だから、俺は麗奈さんに言った。
「あの、もうかわいそうだから、このみのりって子をいじめるのはよしてあげたいと思います」
それを聞いて、みのりは涙を流しながら、
「ありがとうございますぅ……ありがとうございますぅ……。助けてくれるんですよね?」
不満そうな顔をする桜子とほのかさん。
俺は続けて麗奈さんに言った。
「じゃ、麗奈さん、痛くないようにこの子の首を刎ねてもらっていいですか?」
「いいですかじゃないよ、ダメだよ!」
即答されちゃった。
みのりなんて泣きじゃくりながら、
「ひどいぃぃ~~! 死にたくないぃぃ~~~~」
とか言ってる。
麗奈さんはジョッキを口に運びながら、
「この子なんて私に全然関係ないし。知らない人の首を刎ねる趣味ないよ、私は。グビグビ。あー、レモンだけじゃなくてグレープフルーツも持ってくればよかった」
まあ、そりゃそうか。
「でもな、前にもいったけどな慎太郎。あたしはお前には殺しはやってほしくないんや。ま、いいとこで解放してやるか? ダンジョン内の出来事は違法性が阻却されるとはいえ、モンスターに食わせるつもりでダンジョンに女を誘い込んだのは地上でのことや。警察にひきわたしてもええと思うで」
うーん、どうしようかなー。
そのとき。
モニターの中で動きがあった。
男三人が立ち上がり、いっせいに瑞葉に襲いかかったのだ。




