第57話 犯され狂って産んで狂って食われて狂う
ああ、私の人生はここで終わるのか、とほのかは思った。
二度目の死だ。
ダンジョンの地下十階。
そこの、十メートル四方の真四角の部屋。
その真中に、直径一メートルほどの円柱があった。
そこに、ほのかの身体は縛られていた。
魔法をかけられているロープみたいで、なにをどうしてもまったくほどけない。
クックックッ、と声をかけてきた女子生徒が笑う。
「あんた、あたしが誰だかわかってなかったんでしょ? あたしの名前は清野みのり。あんたが振った、清野市生の妹よ」
なによ、さっき鈴木みのりって名乗ってたじゃないの、偽名だったってことか。
ほのかは悔しさに声を出そうとしたが、口に開口器のようなものをつけられていて声が出ない。
そのかわり、行き場を失ったよだれがポタポタと石造りの床を濡らした。
みのりの側には二人の生徒がいた。
一人は男子だ。
「ふふふ。お前、隣のクラスなのに、俺の顔も覚えていなかったんだ。市生といつもつるんでる、中鉢遊斗だ。ちなみに、お前の靴を駄目にしたのは俺だよ」
遊斗はツーブロックのいけすかない髪型をしている。
日焼けした顔にキラリと光る白い歯が最高に気持ち悪かった。
その隣の女子生徒も笑っている。
名前は……たしか、瑞葉とか言ってた。
「あんたさー、馬鹿じゃないの? あのタイミングで声かけられて、ほいほいダンジョン探索についてくるなんてさ」
瑞葉は、長い茶髪をかきあげ、タバコを取り出して加えると、そこに魔法で火をつける。
攻撃魔術師として紹介されたが、その通りなのだろう。
そして。
部屋のドアを開けて、もうひとりの人物が入ってきた。
篠田だった。
あの、ほのかのブラとショーツで自慰行為をした、最低野郎。
「ぐふぐふぐふ……市生さんがさ、最初は自分がやるからって言ってたけど、それが終わったら、ほのかちゃんを俺にくれるって言うんだ……。ぐふぐふ……」
「はは、市生が言ってたのは、本番だけはやるなってだけだからな。それまで、何をしていてもいいって言われてるんだ。処女膜だけは破るなって言われてるけどな。……あれば、だけどな。お前処女か? それとも見かけによらずヤリマンだったりすんのか? まあどっちでもいいけどさ。くっくっくっ……」
ほのかはぞっとした。
わかっていたけど。
こいつら、私を犯す気だ。
そして。
「ぐふぐふ……俺の、俺の子どもを産んでくれよ……。ここに来るまで、強いモンスターとはほとんど出会わなかっただろう? なんでかわかる? ここのダンジョンマスターは、もう市生さんと同盟を組んでいるんだ……。たまにこうして生贄の人間を捧げる代わりに、俺たちに協力させているんだ」
篠田が気持ちの悪い笑顔でそう言う。
その隣で、瑞葉がタバコの煙を吸い込んだ。
タバコの先っぽがジジ……と焼けていく音が聞こえる。
そして瑞葉はゆっくりと煙を吐き出す。
よく見るとこのタバコは普通のものとは違う。
ジョイントと言われる、手巻きのものだ。
甘ったるい煙の匂いが部屋に充満する。
大麻かなにかの違法薬物だろう、とほのかは思った。
「あんたね、ここで飼われるんだよ。ここでこいつらに犯されて、孕まされる。ダンジョンマスターの魔法であっというまに臨月さ。そして生まれた子どもはモンスターのエサにされる。それを繰り返し繰り返し……あんたが狂っても。ずーーーっと続けるんだよ。家畜さ」
遊斗が続きを言う。
「ここはあんまりいいアイテムが出ないダンジョンでさ。探索者があんまり来ないんだ。ダンジョンマスターにしても、エサが来なきゃなんにもならない。そこで、ここのダンジョンマスターと俺たちが組んでいるというわけさ。俺たちが女子生徒をおびき寄せ、たっぷり楽しむ。生まれた子供はダンジョンマスターが食う。共存共栄ってやつさ。事情は分かっただろ? じゃあ、篠田、やっちまおうぜ」
「ぐふふ。そうだな」
遊斗と篠田がほのかに近づいてくる。
「……! ………………!」
ロープから逃れようともがくが、革でできたそれは、まったく外れるようすがない。
「えへへ、あたし、壊されてる女を見ると興奮するんだよね」
みのりもジョイントを取り出すと火をつけ、煙を吸い込む。
「動画、撮らせてもらうよ。こういうスナッフフィルムは高く売れるんだ。犯されて、狂って、産んで、狂って、産んで、我が子を食われてまた狂って、犯されて狂って。最高の動画になるよね。……あんたで、四人目だよ。他の女はみんな死んじゃった。えへへ、あたしの嫌いな女子生徒はさ、みーんなダンジョン内で行方不明になるんだよねー。……あんたもだよ」
そしてスマホを取り出し、カメラを起動するとほのかに向ける。
篠田が長い舌を出してペロペロと音を慣らす。
「舐めまくってやる……!」
「おいおい篠田、俺もいるんだからな。お前右半身、俺は左半身な。俺の領地に入ってくんなよ」
私の身体は誰の領地でもない、とほのかは思ったが、なにをどうしてもこの状況からは逃れられそうになかった。
ここで私の人生は終わりか。
脳裏をいろんな思い出が巡る。
アンデッドダンジョン。
和彦。
美香子。
春樹。
あいつらと同じく、ダンジョンの中で狂って死ぬのだ。
慎太郎。
桜子。
久美。
麗奈。
それに、……。
その時だった。
なにもないと思った壁が、扉の形に光りだした。
「お、ダンジョンマスターのおでましだ。ここのダンジョンマスターって最高の変態であたしたちなんか比較にならないほどあんたにひどいことをするからね。えへへ、ほんっと、いい動画が撮れそう!」
石の壁で光り輝く扉がゆっくりと開いていく。
ああ、狂ってしまえるなら。
早く狂ってしまいたい。
ほのかはそう願いながら、絶望とともにその扉の向こう側を見る。
そこは眩しい光に溢れていて、一瞬目が眩んだ。
ここのダンジョンのダンジョンマスターって、どんなおぞましいやつなんだろう……。
そして現れたのは。
巨大なゾウだった。
いや、違う。
ゾウの鼻があるべき部分は、吸盤が蠢く八本の触手だった。
まるでタコみたいだ、とほのかは思った。
タコの足みたいな鼻を持つゾウ……。
その触手の一本が、マイクロビキニを着た女性に巻き付いている。
その女性はぐったりとして意識がないようだ。
いや、もしかしたら死んでる……?
そもそも女性と言っていいのだろうか、その頭部にはバッファローみたいな角が生えている。
モンスターの証だ。
それを見てみのりが叫んだ。
「あれ? ダンジョンマスター!? え? なんで?」
遊斗も驚きの声をあげる。
「おいおい、ダンジョンマスターがやられてるぞ!?」
ほのかにはもう、分かっていた。
ありがとう、助けにきてくれたんだね……。
ゾウのモンスター――いや、ミカハチロウの上に、小柄な人影が座っている。
そして、その人影は言った。
「あーはっはっはっはっ! ここのダンジョンマスターはあたしがやっつけたでー! 今後、このダンジョンはあたしのもんや!」




