第53話 おまけSS②
ご先祖様が網の上で焼けていく肉をじっと見つめている。
炭火にぽたり、ぽたりと脂が落ち、そのたびにジューっと煙が立ち上った。
「ええか、慎太郎。焼き肉っつーのは一瞬や。もっとも美味しい一瞬を見極めるのが肝心なんや。特にこれは高級米沢牛やからな。絶対に失敗はでけへんで」
「ああ、そうですか……」
俺は脂の臭いに頭がクラクラしている。
「一応つっこんでいいですか、ご先祖様」
「なんや。言うてみい」
「今、朝の六時半です」
こいつ……じゃなかったご先祖様、なんと日曜日の早朝から換気扇もない居間のテーブルの上に七輪を起き、炭火をおこして焼き肉を始めているのだ。
『ピーッ! ピーッ! ピーッ! 火事です。ピーッ! ピーッ! ピーッ! 火事です』
「ほらー! 火災報知器が反応しちゃったじゃないですか! せめて窓開けてください、窓!」
我がご先祖様ながら、とんでもねーことしやがるなあ。
「あともう一つ、突っ込んでいいですか」
「なんや」
「せめて、汚れてもいい服に着替えてやりませんか……。その甘ロリフリルフリフリレースで炭火焼肉するとか、界隈に喧嘩売ってますよ」
「なんや、あたしは生涯売られた喧嘩を買わなかったことない」
「いやだから今はご先祖様が売ってるんですって」
「今やっ!」
俺の言う事を無視して、いい具合に焼けた肉をエバラ焼き肉のタレ黄金の味甘口にちょんちょん、とつけて口にほおばるご先祖様。
「ご飯の上でバウンドさせるなんて軟弱者のすることや」
もういいよ、勝手にしてください。
朝六時から焼き肉なんて、高校生の俺でもきつい。
「ご先祖さま、それ夕飯で食べますから、俺の分残しておいてくださいよ」
言ってみたけど、全然聞いていないみたいだった。
くそ、一緒に暮らしてみて気づいたけど、ご先祖様って食いつくし系だからなあ。
あんまり期待しないでおこう。
「で、慎太郎」
「なんですか。肉ならいらないですよ。朝からこってりしたもの食べられないタイプなんです……」
「あたしの子孫はいつになったら増えるんや? 朝から焼き肉シバけないお前の弱さが原因やろ」
「……まだ高校生ですし、もう少し待ってもらえません?」
「桜子どうなったんや、桜子」
「清いお付き合いしてますよ。今日デートですし……」
「そうか。頑張って子作りに励んでこいよ」
「いや、そういうんじゃないですって……」
俺は気づいていなかった。
デート、と言った瞬間にご先祖様の目がキラーンと光ったのを。
★
「どうする? 飯食ってから映画にしようか、映画見てから飯食おうか?」
俺は桜子に聞いた。
ここはイオンモール。
山形県人がデートするといったらもはやイオンモールしかないと言っても過言ではない。
もちろん映画館も入っていて、今日は桜子と一緒に映画を見るのだ。
ところが、映画の開始時間が11:45′ときた。
微妙だなー。
二時間以上ある大作だから、終わったら二時過ぎちゃうもんな。
「うーん、悩みどころだねえ」
小首をかしげて考え込む桜子。
我が幼馴染にして彼女である桜子は今日もかわいいなあ。
そんなことを思っていると、桜子は俺にくっついてきた。
「慎太郎に任せるよ、えへへ」
うーん、かわいい。
ショートボブの髪の毛からいい匂いがする。
「……ところで、今日の慎太郎、焼き肉の臭いがする……なんで?」
「ご先祖様」
「あ、じゃあしょうがないね」
すぐに納得する桜子。
さすが、ご先祖様の事をよくわかっている。
さて、結局俺たちは食事から先にすますことにした。
モールの中の和食の店に入り、俺は天ぷらうどんセット、桜子は寿司とミニかけそばのセット。
お、運ばれてきたな。
「わーおいしそう! いただきます!」
桜子の元気な声とともに食い始める俺たち。
と、そこで桜子はポツリと言った。
「慎太郎とは別に焼き肉の臭いがする……。具体的には、私の後ろの席から」
俺たちはボックス席に向かい合わせに座っている。
めちゃくちゃやな予感がするな……。
とか思っていたら、店員さんが大盛りのうな丼を二つ、俺たちのテーブルに運んできた。
「あれ? 頼んでませんけど……」
店員さんは困ったような笑顔で、
「あの……こちらのお客様からです」
指し示すのは桜子の後ろのボックス席。
その瞬間、俺たちのボックス席に、ショートカットで童顔の女性がヒョイと顔をのぞかせた。
「なんや、お前ら、うなぎ食え、うなぎ! 精をつけて子作りせえ! 我が子孫を増やすんや!」
………………。
「あのー」
「なんや」
「すみませんが、こんなところまでついてこないでくれます? ダンジョンの中でミカハチロウとでも遊んでてください」
「もちろん、このあと遊んでやるで。でも他人の子どもと遊ぶのもいいけど、あたしはひまごのひまごのひまごのひまごと遊びたいんや! 食え! 食え!」
「この量はきついですよ。まあご先祖様のおごりなら食いますけど」
「ん? あたし、今日はお金もってきてないで?」
「まてーーい! ってことは、この支払い、俺のおごりってこと? え、まさかご先祖様、自分の注文の分まで……? 何頼んだんですか?」
「心配すんな、たいして頼んでないからな。〆張鶴の大吟醸の小瓶と板わさや」
慌ててメニューを見ると、〆張鶴の小瓶は……。
6000円だそうです。
メニューを持つ手がプルプル震えてしまったぞ。
「俺、尊属殺人犯していいですか……?」
桜子がぷっ、と吹き出した。
「慎太郎くん、いいじゃない。こないだのダンジョン探索で見つけたアイテム、結構高く売れたし。ね、ご先祖様も一緒に食べましょう。食事もお酒も、みんなでいただいたほうがおいしいですよ」
「お、まじか。さすが将来の嫁や! ええこと言うなあ。じゃ、ご相伴に預かって……。店員さん、〆張鶴の大吟醸をもう一本……」
「駄目です! あの、この普通の冷酒ください」
ご先祖様、お酒にそんなに強いってわけでもないらしく、そのうち俺の膝を枕にぐーぐー寝始めた。
それにしてもこのうな丼、どうするんだよ……。
さすがに二人で四人分の食事を詰め込むのはつらい。
と思っていたら、桜子がニコニコ笑顔でうな丼をスプーンですくうと、寝ているご先祖様の口に押し込み始めた。
「お、おい……」
「だって、せっかくの食事を無駄にしちゃ悪いし……」
「寝ているところにそんなことしちゃ窒息するぞ」
「アンデッドクイーンだからこんなことで死なないでしょ。ってか死んでもいいよ」
「え?」
「私と慎太郎のデートを邪魔しやがってこの大姑がっ! このっこのっこのっ!」
ニコニコしていたけどほんとは怒っていたらしい……。
桜子は余ったうな丼をどんどんご先祖様の口に押し込んでいき……。
今や、入り切らなくてご先祖様の口からご飯がはみ出ている。
っていうか、ご先祖様、もう呼吸していないような……。
ま、ご先祖様のことだから死にはしないっしょ、たぶん。
っていうかアンデッドクイーンだからもう死んでるんだっけか。
設定もう忘れちゃってるぜ。
「ところでさ、慎太郎。最近、ほのかちゃんと連絡とってる?」
「ああ、たまーにLINEしてるけどな」
「ふふ。じゃあ今度、ほのかちゃんのいる、新潟に遊びに行こうよ! ご先祖様には内緒でね。まだお金残ってるでしょ?」
「それって……泊りがけでってこと?」
桜子は、顔を真っ赤にして「うっふっふー」と笑った。
ご先祖様、俺、子孫ができちゃうようなこと、しちゃうかもしれません。
そのご先祖様は、呼吸が止まったまま口の中のうな丼を咀嚼もせずにごっくんと飲み込む。
その空いた口に自分が残したかけそばの汁をダーッと流し込みながら、桜子がとても綺麗な笑顔で言った。
「楽しみだね、慎太郎!」
そうだな。
新潟か……。
どんなところか、楽しみだな……。
そう思いながら、俺は余った天ぷらのつゆをダーッとご先祖さまの口に流し込んだ。
〈続きます〉
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