第十九話 移動する二人
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ホテルがある川津村は、人口3200人ほどの村となり、この村を通る国道を白馬方面に進んでいくと、途中、限界集落や廃村の影を見ることになる。
都市部への人口流出から、日本の農村地区、山間地域の人口は激減。病院もない山村にいつまでも残っていた高齢者たちも街へと移動をすることになり、結局、限界集落から廃村へと移行していくことになるのだった。
「うちの田舎がやっているホテルがそれなりに成功しているので、地域の雇用や活性化に繋がっているようなんですけど、そうじゃなかったら川津村も、今よりは大分人が減っていると思います」
結局、田舎に残っても職がない。農業を引き継いだとしても旨みがない。そんな理由で都市部へと移動してしまうことで農村部の空洞化が進み、日本の食料自給率を著しく下げてしまう結果になると、専門家が警鐘を鳴らしていたのは何年前からのことなのか。
都会から田舎への移住を促すプロジェクトが数多に発足していても、結局、都会の便利でドライな生活から、田舎の不便でウェットな生活が合わなくて、田舎から都会へとリターンしてしまう家族は山のようにいるのだ。
「ねー、天野さーん、僕ら車に乗り続けて、何時間たったんだっけ?」
「さあ、夜中に出発したから良くわからないですよ」
昨夜、突然、熊埜御堂社長から電話があって、すぐに長野まで行かなければならないと言い出されることになった二人は、眠い目を擦りながら夜中の二時近くに神社を出発した。そうして、朝方八時近くになって、ようやっと、目的地であるホテルの前に到着することになったのだった。
何故、熊埜御堂社長が夜中の二時出発を強行したのかというと、
「どうやら、霊障でホテルのお客さんのうちの一人が意識を失ってしまったというんですよ」
とのこと。
熊埜御堂家は土地持ちの名家のような扱いとなっているそうなのだが『魂抜き』という話が、孫子の代まで語られているのだという。
何でも、遥か昔、幾度もの天災に見舞われた時代に、先祖の一人が酒巻山の主に会いに行き、地域の保護と安全を祈願したのだという。その際に自分の娘を供物として捧げたとして、以降、天災が続く時には山の主に生贄を捧げる風習が残されたのだという。
時は明治となり、人柱や生贄などというものは到底許容出来ぬという御触れが出されることになり、治水祈願や天災を納めるためなどという理由で人を殺すのは禁止されることとなったのだ。そうすると、大きな土砂災害や川の氾濫が起こる度に、村の人間が一人、魂が抜けたような状態となって発見されるようになったという。そこで本家では災害が起こる際には、己の指を切って供物として捧げたところ、魂抜きは起こらなくなったという。
その後、時代は変わって大正となり、さすがに自分の指を切断して山の主に供物として捧げるのは問題があるだろうということになり、有名な修験者を招いて相談することになったという。結果、山に入った修験者は、山の主を成敗したから何の問題もないと大言することになったらしい。
だとしても、本当に解決したようには到底思えず、子々孫々に対して『魂抜き』が起こったとしたら気をつけろ。即座に対応しなければ、多くの人が死ぬことになると伝えていたのだという。
「怖い・・本当に怖い・・なんで僕がそんなオカルトでホラーなところに行かなければならないわけ?」
車に乗る時からホラーマスクを装着している玉津たくみは、ガタガタブルブル震えている。今はフランケンシュタインのマスクをかぶっているので、首から下がジーンズにTシャツ姿がシュールに見える。
「本当にすみません、だけど、どうしたって、私一人では行けないですよ!」
迎えに来た時にホラーマスクを装着しているたくみを見て、ギョッとした表情を浮かべていた社長も、背に腹は変えられず、そこには触れないようにしてたくみを自分の車へ乗せ込んだのだった。
「とりあえず、今回、一回行った程度で収まるようなものではないかもねえ」
車まで見送りに来てくれたたくみの母が、お茶や珈琲のペットボトルや、菓子パンが入った袋をさつきに渡すと、
「一応、余分に用意をしておいたから、必要だったら学生さんに売ってあげて」
たくみの父が、社務所でも売っているお守りを袋いっぱいにしてさつきに渡してきたのだ。
「あの、私、巫女のバイトが入っていたんですけど?私だけ残ってバイトをするとかそういう感じにはならないんですかね?」
お菓子とペットボトルの袋をぶら下げたさつきが、たくみの両親を振り返りながら問いかけると、
「そしたらたくちゃん、死んじゃうかもしれないから」
「さつきさんが居れば、大丈夫、大丈夫」
と、意味不明なことを言い出したのだった。
こうして、高速を走り続けて移動を重ね、遂に山の中にある温泉ホテルの前へと辿り着くことになったのだが、
「健吾さん!ありがとう!こんな早朝に来てくれてありがとう!」
目の下を真っ黒にしたダンディな風貌の男性が、ホテルから半泣きになりながら飛び出して来たのだった。
この方がこのホテルのオーナーである熊埜御堂秀吾さん、行方不明となった社長さんの弟の吾郎さんと同じ歳の従弟だという話は聞いている。
「なんか、いつもにも増して大変なんです!こんなこと、開業以来初めてで!頭がおかしくなりそうです!」
「そらそうでしょうねぇ・・」
たくみはさつきにへばりつきながら呟いた。
たくみの目には、山のような蛇に覆われ尽くした、ホラーハウスのようなホテルにしか見えないからだ。
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