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屍の声  作者: もちづき裕
船の謳
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第三十二話

お読みいただきありがとうございます!よろしくお願いします。

 アフリカ、アジア、ヨーロッパ、何処に行っても民間伝承に人魚が出てくることがあるみたい。美しい歌声で航海者を惹きつけて船を難破させるというセイレーンの話は誰もが一度は耳にしたことがあるんじゃないのかな。


 ヨーロッパの人魚は金髪や紅毛の長髪で描かれることが多いんだけど、ただいま海に浮かんでいるのは真っ黒な長髪で、

「「「「ギャーーーッ!ギャーーーッ!」」」

 耳をつんざくような声で叫び声をあげている。

「人魚ってああいう鳴き方をするんだなあ」

 勇さんの呑気が過ぎる件、こういう時には本当の本当に心強いよ。


「僕が思うに人魚って、女性の怨念が魚に乗り移ったものだと思うんですよ」

 視界に入る人魚たちは概ね腕を根本から切断されているように見えるし、この島の歴史から見ても腕やら足やらを切断された女性は山のように居たと思うし。


「セイレーンだって歌声で船を沈没させたりするわけですし、船の上に乗っている男たちに強い恨みを持っていたんだと思うんですよ」

 もしくは女性に強い恨みを抱かれていると自覚のある男たちが、荒波の中で空想として作り出したのかもしれないけれど。

「いつの時代でも虐げられる女性は居るわけで、そんな女性たちの浮かばれない思いが人魚となって現れるんじゃないですかね?」

 それにしたって数が多過ぎるとは思うけど。


「あああああ!」

 僕と勇さんが並んで海を泳ぐ不気味な人魚の姿を眺めていると、突然、天野さんが大声をあげたんだ。

 天野さんは僕らから二メートルほど離れた場所で森の方を見上げていたわけだけど、僕らは彼女が見上げる先に視線を向けたまま動きを止めたんだ。

 ちょっと、想像を超える大きさのものが森の向こう側からこちらを覗き込んでいるんだけど・・


『ブラク オヌ(解放せよ)ブラク オヌ(解放せよ) ピルパッパ ピルパッパ』

 はっ!もしかして!

『ヘプシニヤク(すべてを燃やして)ヘプシニヤク(すべてを燃やして)パッパッ』

 これはあれだ!

『ビルクルン ギビヨウコ(火の粉となって消えろ)ビルクルン ギビヨウコ(火の粉となって消えろ)』

 巫女様が現れたのか!


 僕らは間違いなくパラレルワールドみたいな世界に迷い込んでいたんだと思うんだけど、天野さんに憑依した古の巫女様がまるで歌うように呪文を唱えると森の木々が炎をあげた為、こちらを覗き込んでいた真っ黒で巨大な何かまで燃え始めたんだ。

「ギャーーーッ!」

 真っ黒な何かが暴れながら悲鳴をあげると、弾け飛んだ漆黒の皮膚が泡と化して無数の女性の姿へと変貌をしていく。


 怖い!怖い!怖い!

 その数が多すぎて本当に怖いんだけど、巨大な何かは炎を避けるようにして自分の顔を押さえながら苦痛の声をあげている。

 すると海を泳いでいた人魚たちが今まで上げていた声とはうって変わって啜り泣くような声でこちらに向かって訴え出したんだ。


『ハビ ビテレリン(終わりにしよう)ハビ ビテレリン(終わりにしよう)ピルパッパ ピルパッパ』

 今度は海の方に向きを変えた天野さんが人魚たちに向かって声をかけたんだけど、恐ろしいことに問答無用って感じで真っ黒な人魚たちが灰となって砕け散ってしまったんだ。

 まるでドラキュラが朝日を浴びたように、バシュッと音を立てて灰になるんだけど、

「怖いって!怖い!怖い!怖い!」

 僕は勇さんの腕にしがみついた。


 天野さんの先祖は、それは力がある巫女様で、何だか良く分からない呪嘔を歌いながら悲劇に陥ったままこの世に縛り付けられている霊を解放していくんだけど、今回に限っては容赦がなさ過ぎて恐怖すら感じるよ。


 人魚が灰となって消えていけばいくほど、二つの世界がどんどんと重なり合っていくのが肌感覚で分かるんだけど、

「はー、こんなことが起こるなんて!」

 勇さんが呆れた声をあげるほど森は燃え上がっているし、海の上では泡と消えるんじゃなくて灰となって消えていく無数の人魚たちの姿が幻想的に見えるわけで、

「いや!待って!待って!本当に怖いって!」

 僕が思わず大声をあげると、世界はピタリと重なったんだ。


 ポカーンと立ち尽くす勇さんと、その勇さんの腕にしがみつく僕。

 そして天野さんはというと・・天野さんはというと・・

 僕たちの数メートル先でうずくまるようにして倒れている。


 さっきまで激しく燃え上がっていた森は真っ黒な影を残したまま風にゆらゆらと揺れているし、雲の間から差し込む月の光を浴びた海の波はキラキラと輝いているようにも見える。

「おおーい!お前らーー!」

 僕と勇さんが声のする方を振り返ると、どうやら徒党を組んでやって来たと思われる漁業組合員の人々がお怒りの様子で大声を上げている。

「結局!勝手に島に来ているんじゃないか!」

「やっぱり大学生がいるじゃないか!」

「勇さん!あんた何を勝手なことをしているんだ!」


 いつの間にか埠頭には複数の船が到着しているし、浜辺をこちらに向かって歩いて来るおじさんたちの姿も、十五人以上はいるように見える。


 僕と勇さんはパクパクと口を動かしたけど、声が出ない。いや、ここで声を出してはいけないということを本能的に察して口パク状態になっている。

「あああ?なんだって?」

「お前らここで何をしているんだよ!」

 いつだって天野さんに取り憑く巫女様は最後まで解決していかないんだ。

「ふざけてんのか?」

「まさか俺たちを馬鹿にしているんじゃないよな!」

 僕と勇さんは口をパクパクしながら森の方を指差し続けていたんだけど、それに気が付いた人が驚いた様子で尻餅をついたんだ。


 詞之久居島は昭和の時代にリゾート開発をされるほどだからそれなりの大きさがある島なんだけど、その島の中央から、まるでこちらを覗き込むようにして真っ黒で巨大な何かが今もなお、こちらに頭を向けている。


 言うなれば宇宙から怪獣をやっつけるためにやって来た銀色と赤色のヒーローの大きさというか、ビルに見立てたら七階建てくらいの大きさはありそうな、

「デイダラボッチだあ〜」

 町おこし反対派の誰が言ったのかは知らないけど、誰もが腰を抜かすほど驚いたのは間違いない事実だよ。


今度は海に移動した霊能力者二人のドタバタ劇をお送りしたいと思います!!

もし宜しければ

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