第三十一話
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うちの母親が女子高生だった時の話なんだけど、自分の家まであともう少しという人通りも少ない帰り道で、後方からやってきたワゴン車が自分の横にピッタリと横付けするように停車したかと思うと、
「・・!・・!!」
助手席と後部座席から降りて来た二人の男がうちの母親の口を押さえて、二人で抱えるようにして車に引き入れようとしたんだけど、
「かなこちゃん!かなこちゃん!!」
たまたま買い物帰りの母親の母親、要するに僕の祖母が曲がり角から現れて叫び声を上げたものだから、男二人は母親を道端に放り出して逃げ出したっていうんだよね。
これはうちの母親に起こったトラウマ級の出来事なんだけど、当時はこういった話を至る所で聞いたっていうんだよね。
学校からの帰り道を自転車で走っていたのに、ワゴン車に攫われて山中に連れて行かれたとか、家に連れて行かれて一日監禁されたとか。
「怖っ!」
と、母からそんな話を聞いた僕は心底ゾッとしたんだけど、そういった形で誘拐された女の子たちっていうのは、警察に相談どころか身内にすら相談することが出来ず、泣き寝入りするのがほとんどだったっていうんだよね。
世の中には碌な男がいないんだから、女の子は本当に気を付けなくちゃいけないよなあと僕なんかは思っているんだけど、
「・・!・・!!」
そんな僕自身、十歳の時に見知らぬ女性に誘拐されそうになったことがあるんだ。危うく車に連れ込まれそうになったところを、
「たくみ!たくみー!」
迎えに来た母親が大声をあげてことなきを得たんだけど、僕はちょっと見た目が派手な容姿をしているものだから狙われることが多かったし、女性、男性関係なく一方的な欲望を容赦無くぶつけてこられそうになることが度々だったんだよな。
同じ学部の後輩である天野さんがバイト先のおじさんに生き霊レベルで付き纏われることになった時にはがらにもなく介入をしたけど、僕にとっては他人事とは思えなかったからなのかもしれない。
好意を持つ対象ではない人間から性的対象として見られるというのは、たまらないほど恐ろしいものだと思うんだけど、車に連れ込まれて問答無用で連れ去られるとかさ、その先に訪れるのはどんな地獄なのって思わずにはいられないし・・
「ああ〜!僕とこの島!相性が悪過ぎるって〜!」
すっかり腐ってしまった魚とかエビとかカニなんかを見下ろした僕は、再び恐怖で震え上がることになったんだよね。
すっかり呪われることになった僕は、普段であればもうすぐ日が暮れるという呪いの島になんか絶対に上陸しないはずなのに、
「神事があるのなら今日中に島渡りはした方が良いですよ!」
と言って船に乗り込み、詞之久居島に到着してしまったのだ。
完全に呼ばれた状態で島に辿り着いてしまった為、現在、天野さんにセクハラで訴えられるレベルでベッタリと張り付いているのだが、
「え?先輩と島の相性が悪いと魚が腐るんですか?」
と、天野さんが意味不明なことを言い出した。
「そうじゃない・・そうじゃないんだよ!」
僕は天野さんにへばりつきながら訴えた。
「この島はね、それは大勢の女性が無理やり連れてこられて接待をさせられ続けた歴史があるんだよ。近年になってもおそらく、イタズラ目的で連れてこられた女性もいるんじゃないのかな?とにかく、女性の悲劇で満たされているような島だから、僕と本当に相性が良くないの」
「えーっと・・」
そこで抱えていた竹の船と一升瓶を地面に下ろした勇さんが言い出したんだ。
「ということは、玉津君は過去に女性を誘拐してイタズラをはたらいたことがあるとか?」
「違う!違いますって!」
勇さんが軽蔑するような眼差しで僕を見るんだけど、誤解です!
「僕ってほら、顔が特殊でしょ?やたら目立つ容姿なものだから性的対象に見られることが多いですし、小学生の時には何度か誘拐されかけたこともありまして!」
「スケキヨに言われても信憑性がないようにも見えるかもしれないですけど」
そこで天野さんが真面目な顔で言い出した。
「確かに先輩は痴漢の被害を受けるような容姿をしていますよ!」
その言い方はどうなのかな?とは思ったけれど、勇さんは納得した様子で言い出した。
「確かにそういう観点から考えれば、君は被害者と同じ側の人間になってしまうのか」
「ちょっと!勇さん!そういう言い方はやめて欲しいんですけど!」
キーーーーーーーーンッ!
三人同時に激しい頭痛と耳鳴りのようなものを感じたのは間違いない。
周囲は夕暮れの中に沈みかけていたはずなのに、あっという間に夜の闇の中に沈み込んでしまって、まるで別の世界に入り込んでしまったような違和感が全身を包み込んだんだ。
この島は、本当に色々な船が出入りをしていたし、己の欲望を隠しもしない男たちが訪れるような島だったんだ。
誰が好きこのんでそんな男達を迎え入れるというのか?誰もが望んでこんな島にやって来たわけではない。問答無用で、親の了承もなく、それこそ無理やり攫うようにして連れて来たのではないか。
幕府にこの島の現状を教えれば、全てを明るみにすることが出来ればこの地獄を終わらすことが出来るのかもしれない。現状を知らせる密書を用意したとしても、文を用意したとしても、鳥の足に紙片を縛り付けて窮状を訴えたとしても、何も伝わらない。何も伝わらない。
「誰かが公儀に密告をしようとしたようだ」
男たちに捕まえられた女達は手と足を切断された。
「ここの土地神は櫛名田比売なのだろう?であるのなら櫛のように手足を捥いでしまえば良い。なあに、阿片で狂った男たちであれば手足がなくとも満足しよう?」
八岐大蛇を倒す際に、素戔嗚尊は櫛名田比売を櫛にして自分の頭に挿したとされているけれど、女性を櫛にするということは、手足を奪って自由に身動きさせないようにするという意味を持たせる場合もあるんだ。
ああいやだ、なんなんだこの地獄は。
気持ち悪い、気持ち悪い、本当の本当に気持ち悪い。
僕は地面に這いつくばって胃の中のものをゲエゲエ吐いたんだけど、
「玉津君!玉津君!」
勇さんが僕の肩を揺すぶりながら言い出した。
「大変なことになったぞ」
勇さんは僕の肩を尚も揺すぶりながら言い出したんだ。
「人魚だよ!人魚!」
「は?人魚?」
何をファンタジーみたいなことをこの人は言っているんだ?と、僕は呆れながら顔を上げたんだけど、促されるまま海の方に顔を向けた僕は絶句してしまったんだ。
人魚っていうのは世界中の民間伝承に出て来る女性の頭と上半身を持つ魚の生き物っていうことになるんだけど、月明かりに浮かび上がる海面に無数の人魚が顔を出していたんだ。
どっかの有名映画に出て来るようなファンシーで素敵な感じの人魚なんかでは決してない。髪の毛は真っ黒で長くて顔は青白く、恐ろしいことに両腕は切り捨てられたようで傷跡は生々しく、顕になっている胸からそれが女性であるということが分かるんだけど、腹から下が確実に魚なんだ。
「玉津君、あれってどう見ても人魚だよなあ?」
「ええ、そうです、あれは人魚ですよ」
「爺さんの時代には島の周囲をずいぶんと泳いでいたなんて話は聞いていたんだが・・」
勇さんは人魚がバシャバシャと音を立てて泳ぐ姿を眺めながら、
「俺、人魚を見るのは初めてなんだよ」
呑気な調子で言い出したんだ。
今度は海に移動した霊能力者二人のドタバタ劇をお送りしたいと思います!!
もし宜しければ
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