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屍の声  作者: もちづき裕
船の謳
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第三十話

お読みいただきありがとうございます!よろしくお願いします。

 船渡御という神事は神社に奉納されている神輿を船に乗せて運ぶこともあるみたいなんですが、詞之久居の場合は竹と笹で作った抱えるほどの大きさの船を運ぶみたいです。

 おじさん所有の船で神様を運んでいくという形式ではなくて、白鷺の好物を船に乗せて本土から島まで移動することで神様の使いである白鷺を移動させて、神様が不自由なく島渡りが出来るように準備するってことみたい。


 昭和の時代にリゾートが作られただけあって島には埠頭がきちんと設けられているんだけど、流石に人の出入りがないので寂れている感が凄いです。


 先輩の助けを借りてヨタヨタしながら陸地に降り立っている間に、おじさんは私が抱えていたバケツを綺麗にしてくれたみたい。そうして、お魚とかカニとかエビとか盛り込んだ船と一升瓶を抱えて船から降りて来たんだけど、

「玉津君、君のそれ、絶対に必要なものなの?」

 と、問いかけて来たんですよ。


 先輩は私が利用していたボストンバックを後生大事に抱えていたんですけど、おじさんはボストンバックについて言っているのではなくて、先輩がかぶっているスケキヨマスクについて言っているみたい。


「僕のアイデンティティを確立するのに絶対に必要なものなんですよ」

「何がアイデンティティですか!先輩がその気味が悪いマスクを持ち出したってことは何かに対して本気で怖くなっているってことですよね?」

 そういえば災害級の怨霊はこの島由来と言っていたから、

「先輩、もしかして危険な何かがすぐ近くにまで迫って来ているということですか?」

 と、問いかけると、スケキヨは自分の頭を抱えながら言い出した。

「そういうことは言わないでくれる?本当に怖いんだから!」


 昭和の観光ブームに乗っかってリゾート開発をされることになった詞之久居島は1970年の大火災で三十人近くの死亡者を出すことになったし、その火災がきっかけで立ち入り禁止状態になっていたわけですが、

「そもそもこの島は禁足地だったんだよね」

 と、先輩は私の腕にしがみつきながら言い出した。

「神聖なる島だったんだけど、ある時、ある事件がきっかけで神官が関わることが出来ない島になってしまったんだ」


 笹と竹で出来た船と一升瓶を抱えて来たおじさんが眉を顰めながら言い出した。

「うーんと、うちは代々、神渡りの儀式は継承してきたと思うんだが」

「神渡りに御神体を移動させないことからも分かる通り、本当に最低限のことだけはやらせて貰っていたというだけなんです」

 先輩は鬱蒼と生い茂る木々の方に視線を向けて怯えた様子で震えているんだけど。


「ここは風待ち港としては非常に都合が良い場所にあったんです。海を移動して来た多くの船がここで風待ちのために停泊をしたわけですが、元は藩が利用する流刑地だったこともあって忌み地として目が向けられない。神聖なる島をわざわざ忌み地としたのは菅原家の人々ですが、彼らは更に大金を儲けるために島を利用することを考えた」


「あっ!なんかその話は聞いたことがあるな」

 おじさんがちょっと驚いた様子で先輩の方を見ると、スケキヨマスクをかぶった先輩はやけに確信を持った様子で口を開いた。

「そうです、阿片ですよ」

「阿片?アヘン戦争に出てくるあの阿片?」

「そうそう、禁制の品である阿片は海を渡って日本に流れ込んで来ていたし、阿片の取引に詞之久居島が利用されていただけでなく、海の男たちを相手させるための遊郭すら菅原家の人々は用意した。これは幕末になるまで続けられたし、菅原家はこれで巨万の富を築くことになったんだ」

「いや、急に巨万の富とか阿片とか言われたって〜」


 島にある社に奉納するために私たちは港から浜辺へと移動をしていたんだけど、先輩の話は荒唐無稽にしか思えない。

「先輩、一体どうしたんですか?作り話にしたって想像力が豊か過ぎますよ?」

 私はスケキヨに後ろからしがみつかれておんぶしているみたいな状態なんだけど、そんな先輩の姿に偏見の目を向けることがないおじさんが言い出したのよ。

「いや、想像の話じゃなくて、それってたぶん本当の話なんだよね」

 えーっと、本当の話って・・


「死んだ俺の爺さんが言っていたんだけど、菅原家というのは藩のお偉いさんを巻き込んで好き勝手やっていたものだから明治以降も資産家として一目置かれるような家になったんだけど、恨みつらみを買い過ぎて、祓いきることが出来ないほどの呪いを受けているって話でさ」

 おじさんは一部の道路が崩れている浜辺の道をトボトボと歩きながら言い出した。


「うちの町では若い女は気を付けろって良く言うんだけど、昔、むかし、綺麗な女は揃って島に連れて行かれた歴史があるからだとも言われているんだ。実際問題、菅原の姓が付く奴らは分家筋と言われる人間しか今は残っていないけど、何をやらかすか分からない恐ろしさというものは令和になった今でも残っていると思うからなあ」


「詞之久居の土地神様は稲田の神である櫛名田比売であり、本来女性が尊ばれなければならない土地柄のはずなのに、菅原家が代官として任について以降は男性優位に捻じ曲げられることになった。ただ、ただ、男神に挿げ替えるという話ではなく、女神を傷つけ踏み躙り、怨嗟の念で縛り付けるようなことを行った」

 先輩は夕闇に包まれつつある島を見回しながら言い出した。


「はじめは自分の思う通りにならなかった憤怒を叩きつけるだけの行為だったはずなのに、子々孫々に至るまで引き継がれることになってしまった。だからこそ呪いは今になっても尚、延々と続いているような状況なんです」

「うーんと」

 私は背後にへばりつく先輩に向かって言いましたとも。

「先輩、阿片がどうのとか、女神様がどうとか、町役場から持って来た自治会史に書いてあったんですか?一緒に移動していたから分かるんですけど、先輩、貸して貰った自治会史を読み込んでいる時間なんてありませんでしたよね?」


 先輩の空想が実際にあったこととたまたま合致しただけなのか?

 それとも特殊な霊感とやらで何かを読み込んでいるということになるのだろうか?

「諸々を読み込んだのは勇さんの家の仏間でだけど」

「寝ている間に読み込んだ的な?何を読み込んだんですか?どんな心霊現象ですか?」

「嫌な言い方するなあ、だけどそれだけ深刻な状態なんだから仕方がないじゃん」

 うわー、本当に何かを読み込んでいるんだ。由緒ある神社の息子はやることが違うんだなあと考えていると、

「あのさあ、ちょっとこれ」

 と、おじさんが言い出したのよ。


「俺はさあ、きちんと新鮮なカニとかエビとか魚とか盛って来たと思ったんだけどさあ」

 そうですよね、確かにおじさんは冷蔵庫の中にあった新鮮な魚介類を神渡りの儀式のために用意していたと思うのですが・・

「これさあ、何で腐っているんだろう?俺、鮮度を間違えて用意したのかな?」  

 おじさんは笹と竹で出来た船を私たちに見せて来たんだけど、

「これ、何で腐っちゃっているんだろう?」

 イワシとかカニとかエビが驚くほど腐っているのは何故?


今度は海に移動した霊能力者二人のドタバタ劇をお送りしたいと思います!!

もし宜しければ

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