A 快諾する
「よかろう。死ねばワシの体もただの肉の塊。死んだ後の事など構わん」
「そうか、最近はゴミ漁りばかりで飽きとったところ。何ぞ変わったものでも食ろうてみたかったでなあ」
「さようか、しかし老いぼれ猫など食ろうてもうまくはなかろうに」
昨日の雨が乾き切っておらず、アスファルトの地面はひんやり冷たい。
その冷たさを我慢して、青ヒゲは隅っこの方にうずくまる。
「青ヒゲの肉ならば別ぞ。昔の武勇は今のワシの耳にも届くほど。そんな相手を食らいたいと思うのはおかしなことか?」
「ふん、買いかぶりすぎじゃ」
青ヒゲはうにゃと唸って眠りについた。
まどろみの中で青ヒゲの体はゆっくりと冷たくなっていった。
大きな翼を広げ、風に乗り、人の住む雑多な街を見つめていた。
(ああ、ここはカシラの中か)
カラスの中で青ヒゲの意識はそんなことを思った。
数度翼をはためかせて電線へと止まる。
耳を澄ますと他のカラス共の噂話が聞こえる。
朝の街は人の姿などなく、スズメとカラスのたまり場である。
不意に川へ何か大きなものが落ちた音がした。
カラス共の流行の遊びで石でも落として遊んでいるのだろうか?
青ヒゲは興味を惹かれ、音のした方を向こうとしたが、体は動かなかった。
宿主であるカシラには興味が無いらしい。
(おい、カシラ。そっちの方を向け。ほれ動かぬか)
青ヒゲの声はカシラには届かず、カシラはようよう出てきた日の光を浴びてあくびをしていた。
しばらくして、カシラは何を思ったか突然川下の方へと飛び立った。
橋げたの下の人目につきにくいところに何かが引っかかっていた。
カシラはそのそばへと降り立つ。
それは人間の女だった。
さっきの音はこの女が川に飛び込んだ音だったのだろうか?
カシラはおもむろに女の体をついばむ。
カシラは他のカラスと違ってあまりゴミ漁りをせずに、変わったものばかり食べたがる悪食だ。
昔ならば人間のゴミを漁る方が変だと言われていたが、今は逆だ。
近くに腐るほど食うものがあるにもかかわらず、わざわざ狩りをしたがるカラスはあまりいない。
(猫の次は人間か。カシラも趣味が悪いのぅ)
(・・・ここはどこ?)
青ヒゲとは違う意識が近くに生まれた。
(ここはカシラのなかじゃ)
(・・・カ・シ・ラ?)
(カラスの名前じゃよ。ちゃんとした名前は、『頭に赤毛が一本あるらしいがよう分からん』というらしいが、誰もそんな風には呼ばんのぉ)
(なんか変な名前)
(そうじゃのぅ)
(あなたは一体誰なの?ここはどこ?何で私こんなところにいるの?私は川に飛びで・・・)
(なんだかせわしないのぉ。まずワシはのぅ・・・)
青ヒゲの意識はカシラの体中を巡っていた。複数の方向から声が聞こえる。
(ワシは・・・誰じゃったかのぅ)
(・・・もしかして私を天国に連れて行ってくれるの?・・・ありがとう)
(なんだか妙な気持ちじゃ。やはり人間など食うもんではないのぅ。のぅ、カシラよ)
広がり行く意識はやがて拡散し、とけていった。