十七 突きつけられた現実
タナカはギルドに戻ると、組合長との話が終わったディアマントと合流し、ディアマントの家に帰った。
ディアマント「まぁ、なんだ!とりあえず、飯でも行くか!」
合流した時から、タナカの表情が暗いことに気付いていたディアマントは、飯でも喰いながら、どうしたのか聞くつもりだった。
タナカ「すみません。今は食欲がないので、ディアマントさんだけで行ってもらえませんか?すみません。」
ディアマント「組合で何かあったんだろ?誰かに話せば、少しは気が楽になるもんだ。俺で良ければ、話を聞くぜ?」
優しい言葉をかけるディアマント。だが、タナカは聞く耳を持たない。
タナカ「すみません。今は一人にさせてください。」
困ったディアマントは頭を掻いた。
ディアマント「わかった、、、」
ディアマント「昨日と同じ店で喰ってくるから、腹が減ったら、来いよ!」
バタンとドアが閉まり、ディアマントは食事に出かけた。
タナカ「はぁ、、、、」
タナカが暗い理由は、角犬の件が原因だった。
昔、タナカは犬を飼っていた。茶色の柴犬。名前をペソという雌の犬だ。元々、母方の祖父母の家で飼われていたが、ペソが10才の時、祖父母が亡くなったことが原因で、当時中学生だったタナカの家に引き取られた。
この時点でのタナカのペソへの心象は、時々、祖父と散歩に出かけるきっかけをくれる祖父母の家のちょっと怖い犬くらいの感覚だった。
だが、タナカの家に来ると、ペソのイメージは段々変わっていった。元々は躾が厳しかったのだろう。凛々しい犬というイメージだったが、雷が怖かったり、注射が嫌だったり、散歩に一緒に行くと全然道じゃない草むらの方に走って行ってしまったり、タナカが家族と食事をしているとお手をし始め、食べ物を催促したり、、、
そんなペソをタナカは段々好きになっていった。
だが、ペソが14才になった時。ペソは、亡くなった。
獣医師の先生によると、ありふれた病気で年齢的にも寿命だろうとのことだった。まぁ、少し太り過ぎてはいたみたいだけど。
ペソが亡くなった日の夜は、タナカは枕を濡らし、結構泣いた。
ペソを火葬し弔う際も涙が出た。
そんな、当時高校生だったタナカだが、まさか数年後にこんな目に遭うとは、思ってもいなかった。
外見は別物だが、角犬の姿がペソと重なってしまったタナカ。
そして、更なる追い討ちがあった。タナカが攻撃しようとした際に角犬のあの潤んだ瞳である。
その命乞いは、タナカに急所命中
した。
その後の、例の組合の受付の女性、名をリリエラというらしい、の行動は更にタナカの心を抉る光景だった。
数十の愛らしい角犬を何の躊躇いもなく、殲滅するその動きは、タナカにとって悪魔の所業であった。
が、現実的な意味で言えば、あの愛らしい角犬も、この世界の人々からすれば、畑をあらず害獣であり、また、組合で働く以上、倒すべき魔物である。
ただ、世界が違うから、常識が違うだけ。
言葉にすれば、簡単だ。
しかし、現実は中々に、受け入れ難い。
タナカ(ダメだ、、、心が折れた、、、)
あの光景を思い出す度に、涙が流れる。
タナカ「なんだよ、、、クソッ、、、」
今までの疲れも重なったのだろう。
頭の中を嫌な気持ちが埋め尽くす。
記憶を失った恐怖。これからも、再び記憶を失うかもしれない不安。日本にいたということを信じてもらえなかった孤独感。更に、知らない内に腹にあった従属の印への、命が奪われていたかもしれないという恐怖。そして、今の無力感。
今まで、どこかゲームでもやってるような感覚でいたが、この世界が現実なのだと、嫌でも突きつけられた。
タナカ「そもそも、異世界で生活するのなんて、無理だったんだ!!現代人がいきなり、異世界へ行ったって、漫画や小説みたいにそんな上手くいくわけなかったんだ!」
怒気を込めた声がたった一人しかいない部屋の中で響く。
そして、訪れる静寂。
その静寂が、タナカが異世界でたった一人なのだと、確信させる。
タナカ「こんなことなら、あの時に死にたかった。」
そして、元の世界にいた時と同じ気持ちが内から込み上げる。
タナカ(早く、死にたい、、、)
泣きたくないのに、涙が溢れる。
でも、今は、その涙すらも煩わしい。
気付けば、外は強い雨が降っていた。
そうして、夜が更けるそんな日だった。
気付くとタナカは、あの場所にいた。
たくさんの角犬。
そして、それを瞬殺していくリリエラ。
グジャッ。グジャッ。という槌矛の当たる音と共に、積み重ねられていく動かなくなった角犬たち。その数が次第に増えていく。数十、数百、数千、数万。
見渡せば、周りは真紅の景色。そして、こちらを振り向き笑うリリエラ。
リリエラ「さぁ、次はあなたの番ですよ。」
タナカ「わぁっっ!」
思わず声を出してしまう。
タナカ(夢か。)
ぐぅーと腹が鳴る。
タナカ(そういえば、昨日は何も食べなかったのか。)
考えてると、また、腹が鳴った。
タナカ(このまま、空腹で死ねば、楽になれるな。)
以前のタナカなら、こんなこと思わなかっただろう。
タナカの目標は、格好良く死にたいだったから。
元の世界にいた時から考えていた。
車に飛び込んだら、運転していた人の責任になってしまう。空腹で死んだら、遺体の処理する人が大変だろう。何日も放置されてると臭いが大変いらしいから。
何か理由がある、逃れようがない、自分の責任でない死か、漫画や小説みたいな誰かのための死、つまり、カッコいい死。この二つのどちらかのタイミングを求めて、タナカは今まで生きてきた。
だから、異世界にきた時も、カッコいい死を迎える好機と捉えていた。勿論、せっかく、異世界来たのなら、折角だし色々見に行ってみたいという観光欲もあったが。
でも、今は、何でもいいから死にたい。というのが、タナカの本音だった。
ディアマント「タナカ、起きたのか?」
馬鹿な事を考えてると、扉越しにディアマントが話し掛けてきた。
タナカは、もう一度、ベッドに戻り、寝た振りをした。
ガチャと扉が開き、ディアマントがタナカに話かける。
ディアマント「お前、昨日何も喰ってないだろう。ほら、これ魔法使える知り合いに頼んで温めてもらったから、良かったら喰えよ。俺の好きな料理なんだ。」
起きてるのが、バレてるのだろう。寝たふりをしているタナカに構わず、話続けるディアマント。
タナカ(確かに良い匂いがする。)
その香ばしい匂いに思わず、腹が鳴ってしまうタナカ。
そして、タナカは諦め、仕方なく、食事をすることにした。
包みから出てきたのは、あの店で食べたシタタポの尻尾焼きだった。
タナカ(これ、美味しかった料理だ。)
香りが味を思い出させる。
ディアマント「遠慮せず喰えよ。」
差し出された料理にかぶりつくタナカ。
瞳から一筋の涙が流れる。
その一皿は、今まで食べた中で一番旨く感じた。
料理を食べ終わるとディアマントが聞いてきた。
ディアマント「それで、何に悩んでるんだ?昨日、何かあったのか?」
ポツリ、ポツリと昨日のことを話し始めるタナカ。
ディアマント「つまり、角犬が飼ってた犬と似てて攻撃できないってことか。」
話を聞き終えたディアマントが言った。
タナカ「そうです。」
だいたいは合っていたので頷くタナカ。
うーんと唸るディアマント。
ディアマント「よく言ってくれたな。辛かっただろう。」
ディアマントは、優しくタナカの頭を撫でた。
ディアマント「お前が異世界から来たってのは、正直信じられない。
が、元々魔物の姿だったのが、人間になったこと。それから、あんまり常識ないところ。なのに、頭が良さそうなところから、恐らく、本当なんだろう。まだ付き合いも浅いが、お前がいいやつだってのはわかる。だから、まずは、お前が他の世界から来たって言うのを信じてみようと思う。」
真剣な表情で語るディアマント。
ディアマント「良かったら、お前のいた世界について、もっと聞かせてくれないか?」
タナカは、ディアマントに日本の生活について話した。
日本は、魔法がない世界であること。代わりに、科学技術が発展している世界であること。魔物なんていないこと。身分差がない代わりに、収入で格差があること。義務教育のこと。選挙で国の代表を選ぶこと。食べ物には困らないこと。法律で国民の生活が保証されていること。会社のこと。
それに対して、気になったことを質問するディアマント。全てを理解することは、流石に難しかったが、驚くことに、概ね理解できていた。但し、科学技術の話を除いて。
最後にディアマントが聞いた。
ディアマント「食べ物に関して質問なんだが、店で売ってる前はどういう状態なんだ?例えば、こっちの世界と同じで、野菜なら畑で育て、肉類なら、育てるか、どこかで獲ってくるんじゃないのか?」
タナカ「そうですね。」
ディアマントが、何か気づいたのだろう。とりあえず、相づちを打つタナカ。
ディアマント「そうか。なら、お前の悩みは、お前らの世界だけの問題じゃない。こっちの世界でも似たようなもんだ。」
タナカにはどういう意味かわからなかった。
ディアマント「例えば、食べるために動物なり、魔物なりを育てたとする。成長するまで大切に育てるだろ?」
タナカ「まぁ、そうですね。」
ディアマント「だが実際、食べるためには、大切に育てたそいつらを殺めないといけない。そういう仕事をしてる人らからしたら、お前の悩みは共感はできるが、同時に乗り越えなきゃならないことでもある。何せ、そうしなきゃ生きてけないからな。」
タナカ「そう、、、ですね、、、」
タナカ(頭では理解できるけど、、、)
ディアマント「まぁ、そうだよな。誰だって頭ではわかっても、すぐに、はいそうですねとはいかないよな?」
タナカ「はい、、、」
ディアマント「俺も昔はそうだった。」
タナカ「ディアマントさんが?」
ディアマント「あぁ、、、俺が、今のお前より子どもの頃だけどな、、、」
どこか懐かし気に昔を思い出すディアマント。
タナカ「それで、ディアマントさんはどうやって乗り越えたんですか?」
ディアマント「一緒にパーティー組んでた連中のためかな?昼間会っただろ?俺が話してた三人組!」
タナカ「アンガスさんたちですね!」
ディアマント「あぁ!結局、気付いたんだ!自分が嫌なことをやらないってことは、コイツらに自分が嫌なことをやらせるってことなんだってな!」
笑い飛ばすディアマント。
ディアマントと話して幾らか心が楽になったタナカ。
タナカ「ありがとうございます!なんか、もう少し頑張ってみようと思えました!」
ディアマント「いや、少しでも楽になったなら、良かった!」
ニィと笑うディアマント。
タナカ「もう一つ聞いても良いですか?」
ディアマント「なんだ?」
タナカ「どうして、ディアマントさんはアンガスさんたちとパーティー組むの辞めちゃったんですか?」
ディアマント「少し長話になるが、どこから話せば良いやら。」
ディアマントは困った顔をした後、ふぅと息を吐いた。
ディアマント「俺は子どもの頃、孤児だったんだ。」
10/15は休載します。
次回更新は10/30予定です。
よろしくお願いします。




