#77 いつか夢見たエピローグ
高校の最寄り駅から徒歩1分程度、とある公園。
俺と雨海が訪れると……遠くのベンチに、見覚えのある人影が見えた。
「……あっ」
向こうもこちらに気付いた。俺たちの方も歩み寄っていく。
「……二駄木くんもいるんだね」
待っていたのは六町だった。雨海がさっきスマホを取り出したのも、六町をここに呼び出していたのだろう。
ベンチはせいぜい二人までしか座れない大きさ。雨海は六町の隣に座り、俺はすぐ傍に突っ立っていた。
「……さっき、伝えたよ」
「もう、なんだ……」
二人は短く言葉を交わし、小さく頷いた。……俺を避けてた雨海が急に、とは思ったが。どうやら彼女らの間でも何かやりとりがあったらしい。
人も遊具も少ない公園をただ見つめ、雨海は再び口を開く。
「二駄木はさ、元から選ぶつもりなんてなかったんだよ。……でもそれは、あいつが本当に望んでそうしたワケじゃない。だからさ……」
そこまで言うと雨海は、六町の手に、手を重ねた。
そして……。
「選べないなら、”両方”選ばせればいいんじゃないかな……って」
彼女が放った言葉。……俺はその意味を、瞬時に理解した。
「そ、それって!?」
「だからっ……!」
言葉と同時に、雨海が勢いよく俺の手を引っ張って来る。
思わず膝をつく。
そうして六町と俺の手を引きながら……彼女は言い放った。
「あたしと琴葉っ、2人でカノジョじゃダメかなッ!!」
……それは、予想だにしない申し出であった
「……」
彼女がまず様子をうかがっていたのは……六町。
当然だろう。雨海は、彼女のことを緊張の面持ちで見つめていた。
「……うっ、そりゃあたしだって。普通じゃないこと言ってるって、自分でも分かってるよっ! でもっ、これくらいしか思いつかなくて……やっぱり」
「……私もっ!」
六町は目を見開いて、雨海の両手を取った。そのままグイッと詰め寄る。
「私も同じこと、考えてたっ!!
「同じ……え、えぇっっ!?」
あまりの衝撃に、雨海は面食らっていた。……俺だってそうだ。もう、何が何やら。
「二駄木くんが選ばないのは、私も想像してた」
雨海も言ってたな……ソレ。
「……そんなにか?」
「もちろんっ! すっごく言いそうだなって思ってたよ。でも、だからって『2人でカノジョ』なんて、むしろ愛依ちゃんが納得しないかと……」
六町は意外そうな目で、雨海の顔を覗き込んだ。
「……なんていうかさ。琴葉は普通の友達とは、その……色々事情が違うし。”特別”っていうか、琴葉だから……っていうか?」
「ふふっ、それも同じだっ。私も……愛依ちゃんのこと、好きだから」
「す。好きって……まぁ確かに、そうかもね」
六町は両手で雨海の手のひらを包み、距離を詰めた。雨海の方はといえば、そちらも照れくさそうにこそするものの、満更でもないような顔であった。
…………。
「…………本当に、いいのか?」
一人を傷つけるようなことができなくて、選べなくて。そんな俺にとって彼女らの申し出は、まさに願ってもないものだった。
でもこんなの……許されるのか?
「もうっ、あたしたちがこんだけ言ってるのに……」
「そうだよっ」
二人はそう言うとベンチから立ち上がった。そして……それぞれ、俺の両手を握りしめた。
伝わる温度が、愛おしい。
「もちろん、二駄木さえ嫌じゃなければだけど……」
「2人で君のカノジョに、してほしいっ」
(俺自身が許さなきゃ、一生終わらない……か)
俺は……甘受することにした。彼女たちの言葉を。
そして、俺は二人の手をしっかり握り返した。
~~~~~
翌日の朝。
今日もいつもの電車に乗り、いつも通りに乗り換え、いつもの駅へ到着する。俺はホームを上がり、改札を抜けて学校へと向かおうとした。
……まぁ『向かおうとした』っていうのはつまり、それを行う前に人に呼び止められたという意味で……。
「二駄木くんっ」
今となっては聞きなれた声とともに、背を軽く叩かれる。俺は声のする方を振り返った。
声の主が誰かは分かりきっていたが……俺はてっきり、そこにいるのは一人の女子だとばかり思っていた。
「おはよ、二駄木」
「……お、おう」
そこにいたのは二人の少女……もはや態々《わざわざ》名を記すまでもないだろう。
「なに~? 変なドモり方しちゃって」
「いや、なんだ。……実感が湧かないなって」
「じっ……カン」
雨海は顔を赤くして繰り返した。
「ふふっ。でもこれからは、恋人だからね!」
六町はそう言って手を繋いできた。
「でも……改めてこんなコト言ってると、なんだか恥ずかしくなってくるね……」
「あ、あたしもっ……!」
雨海も反対側の手に回り、状況はいわゆる『両手に花』……言葉にするんじゃなかった。恥ずかしすぎる。
だが。
それでも……幸福で胸がいっぱいであることもまた、確かであった。
ただ選ぶでもなく。何も選ばないでもなく。俺は両方を選んだ。もう誰も傷つけないで済む……いつか夢見た、こんな結末。
「……さっさと行くぞ。今日ちょっと電車遅延してたし、ウカウカしてたら危ういぞ」
「えぇ~せっかく天気もいいし、もっとゆっくりでもいいと思うけど~?」
「まぁ、あたしもさっさと行くのは賛成かな。……駅前だし、その、人目が~……」
その手をほどくという選択肢はないのか……とは、言わなかった。
二人の顔に、それぞれ視線を向ける。
東の空に浮かぶ朝日すら敵わない、ふたりの彼女。まばゆく、誇らしく、何より……愛くるしく。
たしかに一度は失敗した。人を、自分を傷つけた。けれど、だからこそ。次はもっと上手くやれるはず。
握る手の感触を確かめながら、俺は歩みを早めるのだった。
全十六話、81部分。連載期間にして69日間。
伸び悩んで何度か筆を折りそうになりましたが、なんとか完結を迎えられました。これもひとえに、ここまで読んでくださった方々のおかげです。
この後書きを読んでいる方が作品ページを開くのは、きっとこれが最後になるのでしょう。……ですから、最後にお願いがあります。
この作品を読んで何かほんの少しでも思うことがあったなら、そこに”評価”という形を持たせていただきたいのです。筆者の都合ではありますが、ぜひお願いします。
最後に。拙作をここまで読んでくださり、ありがとうございました。