#75 吹っ切れた
体操着の上からゼッケンを着る。長年、体育の授業で使い古されているのだろう。数字のプリントがボロボロだ。
俺は藤沢の頼みを受け、今こうしてコートに立っている。
……数カ月前に体育の授業でやってたとはいえ、やっぱり気軽に遊びでやってた時とは心構えが違ってくるな。しかも決勝よ決勝。緊張ビンビンですよ神。
「それじゃあ、決勝戦を始めます!」
藤沢と相手チームの一人がセンターサークルに立つ。それから数秒……お互い静止するのを見て、審判役の生徒がボールを高くトスした。
試合の始まりだ。
「ハッ!」
まずはジャンパー同士のボールの取り合い。これを制したのは……藤沢だ!
藤沢はそのままドリブルで相手ゴールへぐんと近づく。だが……流石バスケ部なだけあって、しっかりマークされている。二人がかりで囲まれた藤沢は……。
「二駄木っ!」
パスを出した。こちらへ飛んでくるボールを俺はキャッチ。そのままドリブル、ジャンプ、そして……カゴへと目がけてシュート。
ピピーーッ! とホイッスルが鳴り響く。
周りの人間は面食らっていた。顔も名前も知らない、バスケ部でもない、全くノーマークだった奴が、いきなり点を入れたりしたからだろう。あれ、またオレ何かやっちゃいました??
「ナイスッ!」
藤沢は俺に近寄り、手を掲げた。俺もそれに応じて手を出し……。
『パンッ!』
……ハイタッチした。なんだか、こそばゆいな。
ボールが一旦審判のもとへと渡る。審判がボールを投げ、試合再開だ。
(だが……今度はさっきほど楽々とはいかなそうだな)
試合開始時点じゃ気にも留められてなかったのが、急激に視線を感じるようになっている。
俺から少し離れたところでは、藤沢を中心にボールの取り合いが起こっている。片方がボールを取ってはパスし、もう片方がソレを奪ってはパスし、こちらのチームが再びボールを取ると今度は一旦振り返って……こっちにパスしてきた。
「貰ったッ」
ボールを受け取り、ドリブルへ。……しかしさっきと違うのは、今は俺のことをマークしている奴が一人いるという点。
早速、ボールを奪おうと近づいてきた。
(こいつ……なんとなく見たことあるな。体育祭のリレーで確か、1位のアンカーだったような覚えがある。けど……)
「コイツっ……ックソ!」
(……大した相手じゃなさそうか)
未経験同士のぶつかり合いなら、単純に身体能力が高い方が有利だろう。だが。俺も特段上手い方ってワケじゃないが、経験者の端くれではある。これくらいなら……問題なく抜ける。
ボールを守りつつ追い抜いていき、俺は再びシュートの動きを取ろうとした。しかし……。
「何…ッ!?」
「フンッ!!」
一人の男が俺の方へと一気に接近し、素早くボールをかすめ取っていった。奴はそのまま猛スピードのドリブルでこちらのゴールへと走っていき……ダンクを決めた。
『ピピーッ!!』
「アイツな、バスケ部のエースなんだよ」
「えぇ、マジかよ……」
そう語りかけて来たのは藤沢だった。
「でも、経験者の人数自体はこっちのが多い」
「……そうか」
まぁ当たり前だが、バスケ部を擁するクラスはこちらだけではない。学校のたかが球技大会とはいえ、やっぱ決勝ともなれば一筋縄ではいかないか。
だが、こういうチーム戦のスポーツというは往々にして、ワンマンの強さよりもバランスの良さの方が重要だ。スポーツ漫画だと、一人の天才が引っ張るワンマンチームってのもありがちだけども。
「……せっかくやるなら、やっぱ勝ちたいよな」
パシッ、と自分の顔を両手ではたく。
それからはお互い、互角の戦いだったと言える。確かに向こうのバスケ部の実力は目を見張るものがあるが、こちらもただ点を許すだけではない。
点を入れては、点を入れられ。たまに点差がつくこともあった。巻き返し、巻き返され、試合は接戦だった。
そして残り試合時間も僅か……現在、こちらの1点ビハインド。
(……パスが来た。よし、このまま一気に……)
俺がドリブルで攻めに行こうとした、その瞬間……それは立ちふさがった。
(!! コイツ……くっ、読まれたか)
俺がいたのはセンターサークルの脇辺り。気付けば、そこに向こうチームのバスケ部が現れていたのだった。また、後に続いて横からも行く手を阻んでくる奴らも来る。
(囲まれたな……)
瞬時のうちに次の手を思考する。だが……俺を囲んでいるこいつらは背が高く、パスを出そうにも背中の向こうではどこに誰がいるか、全く分からない。
残り僅かな時間、1点ビハインドという状況が俺を焦らせる……ッ!
(どうすれば……!?)
俺は逡巡していた。
……その時。
「頑張れーーーッ!! 二駄木ーーーッ!!」
高いところから、そんな声がした。……なんか久し振りに聞いたような気がするな。
ギャラリーの方を見上げる。そこに見えたのは……雨海の姿だった。
少し離れたところには、何故か六町も立っている。
(あいつ……D組なのに、こっち応援してどーすんだっての)
だが……聞きなれたあいつの声は、焦る俺の心を落ち着けた。
俺もバスケ部に入るまでは、正直応援なんてバカみたいだなって思ってた。でも実際、その声援を受ける側になってみて知った。自分を応援してくれる人がいるのって……結構、クるんだよな。
ありがとう、雨海。
お前の声のおかげで……踏ん張れる。
俺は囲まれる中、思いっきり跳躍した。そして高度が最高になる瞬間、高く高く、全力でボールを飛ばす。
どこに誰がいるとか、知らん。ただ……ゴールがどの辺にあるのかくらいは、流石に分かる。
俺はゴールのある方向へとボールを飛ばした。テクニックもクソもない力任せだ。
しかしボールは思いの外ゴールのバックボード目がけて放物線を描いていき、やがてバックボードに当たった。
ゴールリングの上にボールが乗る。
とどまり……揺れ……やがてソレは——————