#74 終わらせるために
俺は六町のいる教室を離れ、将棋部室へと戻った。……しかし、そこに雨海はいなかった。校舎の方も探してみたが、結局その姿は見つけられなかった。
後日D組に行こうとすれば逃げられるわ東金に足止めされるわ。部活にも来ないわで、俺は一向に雨海とコンタクトを取ることができずにいた。
そんな状態が数日続き……今日は球技大会の日である。
「おはよう、二駄木くん」
「おう、おはよう」
「……愛依ちゃんとは話せた?」
「いや……」
六町は心配そうにこちらを見つめる。これって、避けられてるよな……やっぱ。
やがて古河先生が教室に入ってきて、朝のHRが始まった。体育館・グラウンドなどで行われる競技の時間割などを簡単に説明すると、先生はさっさと去っていく。スポーツに興味ないのは分かるけど、にしてもドライすぎでしょ……。
六町はバレーボールで体育館へ、俺は卓球で多目的室へ。生徒らは各々移動を始める。
俺が球技大会でコレを選んだのは、別に卓球がやりたかったからというワケじゃない。ただあの時の俺はバスケを避けたくて、それ以外じゃ一番マシなのが卓球だったというだけ。
(……ここにも雨海はいないな)
なんとなく、気になった。
まぁ俺の方から会いに行っても言えることはないのだが。ただ、避けられ続ける限りは彼女の口から想いを聞くこともできない。その点では困っているとも言えるか。
(な~んか身が入らねぇな……)
卓球部門の大会はトーナメント制で進められたが、俺はあえなく2戦目で敗退。まぁこんなものだろう。
ぼーっとしていると、時間の流れの早いこと早いこと。それからしばらく経ち、気付けばいつの間にか決勝が始まっていた。やがてその試合も終わり、卓球のトーナメントは決着がついた。
「まだ他のトコやってるかな?」
「サッカーはまだまだやってるってさ。あとバレーとバスケも。どっち行く?」
「んじゃサッカーっしょ!」
時間を持て余し、他の競技の観戦に行く生徒たち。以前の俺ならしれっと教室に戻っていたところだった気がするが……俺はなんとなく、体育館へと歩みを向けるのであった。
~~~
一方その頃、体育館にて。
「25点先取したので、D組の勝利です!」
体育館ではコートの半分をバレーボール、もう半分をバスケという分け方をしていた。
「くぅ~!! 惜しかったね~!!」
「う~、あとちょっとだったのに! 悔しい……!」
D組が歓喜に沸く一方、悔しがるのはB組。そして、その中には琴葉もいた。
(うぅ、悔しいなぁ……って、あれっ!?)
何気なく。ふとギャラリーの方を見上げると、そこには……愛依の姿がちらりと見えた。どうやら上から体育館の様子を窺っていたようだ。
(さっきから姿が見えないとは思ってたけど……もしかして脚の怪我を理由に見学を!?)
愛依があからさまに宗一を避ける、その理由を知るために琴葉は駆け出した。体育館を出て、階段を1段飛ばしで上がり……。
「……見えたっ!」
周りを見回すと、遠くに愛依の後ろ姿が見えた。琴葉は走り……そして追いついた。
「やっと……捕まえたっ!!」
「うわっ!?」
やっとのことで愛依を捕らえた琴葉は、その胴をしっかり抱き寄せて掴んだ。
「……」
お互い顔を突き合わせ、目と目を合わせる。
「……分かった。もう、逃げないよ。だから取り敢えず……人に見られないトコ、行かない?」
二人は場所を変え、校舎裏へと移動した。その間……お互い無言であった。
過去の事故を解き明かすに際して、距離を縮めた琴葉と愛依。あれから二人はすっかり友人と言える仲になっていたが……今日は二人の間には、きまずい空気が流れていた。
「愛依ちゃん。最近、二駄木くんのこと……避けてるよね?」
まどろっこしい前置きなどなく、琴葉は切り出した。
「…………」
愛依は自分を抑えようとしていた。琴葉の前でみっともない姿を見せたくはないと、そう思っていた。だが……それも長くは持たなかった。
「……だって、あんなの見せられたら……っ!」
「あんなの……って、まさか?」
琴葉は目を見開き驚いた。その言葉の意味するところを、彼女は理解してしまった。あのときのやり取りを愛依は聞いていたのだ、と。
愛依は涙ぐんで、嗚咽を漏らし、そして……口を開く。
「あたしだって……好きなのに……っ!!」
心の底から絞り出した、飾り立てない本音が琴葉を穿つ。自分の胸に手を当ててみれば、琴葉にとってもその感情を理解することは容易かった。
「あんなトコ見ちゃって……あたし、悔しくって……」
「そういうことだったんだね。……でも、そのコトなんだけどさ」
そんな愛依の言葉を、琴葉は遮った。
「まだ、終わったわけじゃないよ」
琴葉は愛依の両手を取った。そして目を逸らすことを許さぬかの如く、愛依に近づいて顔をじっと見つめる。
「私、まだ返事もらってないんだ。だから……愛依ちゃん」
「な、なに……」
「二駄木くんに、想いを伝えるの」
それは、愛依にとっては全く予想だにしない申し出だった。
「……二駄木くんはきっと、ずっと前から気付いてたんだよ。愛依ちゃんの気持ちに。ただ、恋愛にいい思い出がなかったから気付かないフリをした。……なんなら『自分に恋愛をする権利なんてない』くらいのことを思ってたのかも」
「……」
「愛依ちゃんがこのまま想いを伝えられないままだと、二駄木くんはまた悔いを残すことになっちゃう。それは二駄木くんにとって”よくないこと”だと思うの」
「きゅ、急に言われても心の準備が……」
「今すぐにとは言わないけどっ……ただ」
依然、目は逸らすことなく。
「いつか、ちゃんと伝えてあげて欲しい」
「……じゃあさ」
愛依は、口を開いた。
「あたしが想いを伝えて、それでもし……う、受け入れられたら。琴葉はそれでいいの?」
「……よくはないけど、でも。二駄木くんが選んだっていうなら……」
琴葉は静かに頷いた。どうなろうと、お互い恨み節はナシ。言葉にこそしなかったものの、彼女たちはお互いに同じことを思っていた。
話を終えて体育館へと戻る二人。
同じ人を好きになった恋敵同士であるにも関わらず、彼女たちの間を流れる空気にはどこか爽やかさがあった。
~~~
卓球を早々に終えてしまった俺は、体育館の様子を見に来た。壁際に置かれたホワイトボードを見るに……B組はバレーボールの2回戦で負けてしまったらしい。惜しかったな。
一方でバスケの方は……今ちょうど準決勝の最中だ。
「パス!!」
「はいっ!!」
B組のチームはバスケ部の藤沢を中心になんとか上手く立ち回り、2点ほどリードをつけていた。
「パス! いけっ、決めろ!!」
「よしっ……って!!」
藤沢が別の男子にパスを渡し、ソイツがシュートを決めようとしたその時……相手チームの一人がシュートを阻止しようと、突っ込んできた。
「やべっ……」
「あぶ……ぐぁッ!!」
……やっちまったな。
「おい、大丈夫か!? 一旦中断!!」
「ご、ごめん!!」
「う……大丈……ぐっ」
相手チームの奴が突っ込んできた拍子に、シュートを打とうとしていたB組の男子が倒れ込んだ。その時に脚を捻ってしまったらしい。見るからに苦しそうだ。やがて周囲の生徒らが肩を貸し、保健室へと連れられて行った。
試合はもうグチャグチャだ。体裁上まず相手が勝ち上がるのは不可能だろうし、こっちはこっちで人数が足りない。向こうの方で藤沢が先生に掛け合っている。
「先生、こういう場合って……」
「う~ん。今すぐにでもメンバーを補充できるなら、B組の勝利扱いにしてトーナメント続行にできるけど……」
「メンバーの補充……なら……!」
先生の言葉を聞いた藤沢はひとりウンと頷くと、歩き出した。向かう先は……。
「……二駄木、頼む!」
……俺のところだった。
「次の試合、出てくれないかっ!」
藤沢は両手を合わせ、深々と頭を下げ、そう言い放った。
以前バスケに誘われたとき、俺は断った。バスケ部にいい思い出があるとは言い難く、なんとなくやりたくなかったからだ。
でも……今はそうでもない。
たかが球技大会。俺にしてみれば、さして大事な日ってワケでもない。……だが、俺を必要だと言う人間が目の前にいる。だから承諾してやるってワケでもないのだが……。
「……分かったよ」
……ただ。”今の俺”には、特に断る理由もまたなかった。