阿りの回想
「そーくんは何部入るの?」
「う~ん、どうしようかなぁ……」
それはまだ中学生になったばかりの四月のこと。しかし。知っての通り、このあと俺はバスケ部に入部することになる。
別になにか強い思いがあって決めたわけじゃない。ただ、強いて言うなら……。
……自分を、変えたかったのかもしれない。
バスケ部に決めたと告げると、なっちゃんは目を丸くした。かと思えば……次の瞬間には笑っていた。
「意外~っ。……でも、なんかいいね! バスケ!」
「そ、そうかな? でも俺、まだちょっと不安なトコもあって……」
「それなら大丈夫っ」
なっちゃんが俺の双肩を掴む。
「心配いらないよ。私が守ってあげるって!」
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こと学業において俺に敵う同級生はいなかった。だが部活ではむしろ、俺は他の奴らの背中を追いかける側だった。
中々上手くいかなくって。上達を新たに実感したと思えば、その頃には他のみんなも腕を上げていて。だから、差は埋まらなくて。
……思えば、この頃の俺は本当に歪んでいた。
「ん、宗一もちょっとは上手くなってきたか?」
「はぁ……はぁ、あり…がとう……」
そう言う練習相手は、同級生のバスケ部員。中学に入る前からバスケをやってた奴で、俺なんかとは比べ物にならない実力。それでも頻繁にこんな俺の練習に付き合ってくれていた。
コイツだけでなく周りの人間は皆、割と悪い奴じゃなかった……というか、いい奴ばかりだったんだと思う。
ただ。それでも……俺にとって彼らの存在はコンプレックスだった。悔しくてたまらなかったのだ。
「……」
「うん? もう限界か? じゃあ一旦休憩にしようぜ」
それでも俺は、本音を決して見せなかった。こっちが勝手に妬んでいるのを隠しているだけなのに、『人間関係のため、自分が我慢してやっている』くらいのことは思っていた。思い返せば本当に痛々しい。
「大丈夫? はいこれっ!」
「なっちゃん……ありがと」
サイドテールとリボンを揺らして、駆けよってくるなっちゃん。
部活を決めかねていた彼女は、俺と同じバスケ部のマネージャーを選んだ。休憩時間になると、こうしてよくスポーツドリンクを手渡してくれていたのを思い出す。
「んじゃ、休憩終わったら次は外周ね。ホラホラっ!」
そう言って、いつも俺たちを厳しくしごいていたのは安中樹里。彼女もまた、バスケ部のマネージャーであった。優しいなっちゃんとは対称的に、彼女の組むメニューは過酷であった。
……けれど。これだけフラストレーションの溜まる環境で、なぜ折れなかったのか。品行方正であり続けたのか。
それは……きっと、好きな人に見られていたからだった。