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#69 悔いをめぐる物語

 …………。


 ……数年振りに彼女の顔を見て、思い起こされた。


 それは長らく考えないようにしていた、固く蓋をしていた、苦い記憶。


・・・

『す、好きですっ!!』

・・・


 ……そんなこともあったな。



 3年前、あのとき俺があんなことさえ言ってなければ、今頃もっとマシだっただろうか。でもまぁ……結果論だよな。


 結局。あれ以来俺は彼女とはほとんど口を利けなくなったし、中学を卒業してからは顔を見ることさえなくなった。


 なのに……どうして、彼女は今更、俺の目の前に姿を現したのか。


 分からない……俺には何も、分からない。



~~~



 文化祭が終わり、数週間。


 廊下を飾り付けていた沢山の装飾はもはや跡形も残っておらず、各クラスの出し物も片づけられ、校内の雰囲気はすっかり平時のものへと還っていった。


 そして文化祭が終わると、すぐそこで待ち構えるは中間テスト。


 時間は矢が飛ぶように過ぎて行き、やがて中間テストも終わった。気付けばもう10月だ。


 その間…………特に事件なども、起こらなかった。


(結局何だったんだろ……あれ)


 文化祭の最後に出会った彼女、朝霞奈緒。俺は当時”なっちゃん”と呼んでいた。また現れるのではないかと気が気じゃなかったが……今のところは、音沙汰ない。



「さ~て諸君。時に、球技大会についてのことだが……」


 現在時刻は15時頃。6時間目が終わり、今は古河先生によるHR(ホームルーム)の時間だ。話題は今度行われる球技大会について。


 しかし球技大会……ねぇ。やりたいコトがないんだよな~去年と同じ卓球とかでいいか。あんまし上手くはないけども。


「球技大会まではあと2週間余り。とはいえ私は見ての通り、スポーツとか大して興味がある部類の人間ではない。まぁ本番へ向けて勝手に君たちで進めておいてくれ……以上、終わり」


 相変わらず適当な人だ。


 古河先生はそう言うと黒板にプリントを一枚張って教室を去った。俺の席からはいまいち読めないが……周囲の話し声を聞く限り、各競技の参加人数が書かれているようだ。


 クラス委員たちが前に出て、挙手で希望を聞き始めた。……てかすっかり忘れてたけど、そういや六町ってウチのクラス委員だったな。(#04参照)


「じゃあ、女子でバレーボール出たい人~!……えっと、ぴったりだね!じゃあ次は~」

「んじゃ男子、バスケやりたい人~! ……うーん、あと一人か。誰かあと一人、できれば動けるやつがいいんだけど……」

「それなら……」


 そう言って、男子クラス委員に提案を投げかける者が一人。


 名前は藤沢。部活はたしかバスケ部だったはずだ。藤沢は挙手し、立ち上がると……。


「二駄木とかいいんじゃないか?」


 ……俺の方を見て、そんなことを言った。もちろん俺と藤沢は普段、絡みなど皆無の間柄である。


「えっなんで?」

「一学期にバスケの授業あったろ? そんときから動きが経験者っぽいなって思ってたんだよ。あと地味にケッコー点決めたりしてたし!」


 俺の方に視線が集まる。普段目立たない人間が注目されるときの、ほんの少し異様なこの雰囲気……居心地はあまりよくない。


「……悪いが、俺はパスだ」

「えぇっ!、なんでだ?」

「やりたくないんだよ、バスケ。理由はそれだけ」


 藤沢もクラス委員も困惑していたが、やがて顔を見合わせて『仕方ないか』とでも言うように苦笑いした。


「そっか。まあ無理強いはしないよ」

「んじゃバスケは後回しにするとして、男子でサッカーやりたい人~!」


 俺への視線もすぐに立ち消え、教室はまたいつも通りの雰囲気に戻った。これでいいんだよこれで。


 そんなこんなで最終的には全員分の出場競技が決まり、今日は解散となった。


「それにしても、意外」


 俺が帰ろうと荷物をまとめていると、六町がやってきた。


「二駄木くんってそんなにバスケ上手いんだ?」

「別に大したもんじゃねぇ。ただ学校の授業でやるゲームは、ほとんどの相手が未経験者だから強く出れるってだけ」

「ということは……やっぱり経験者?」

「中学の頃バスケ部だったんだよ。……そんだけ」


 俺は鞄を背負って六町に背を向け、強引に話を切り上げた。六町は「待って!」と言いながら鞄を取りに行き、やがて駆け足でこちらに追いついてきた。


 六町は若干息を切らしながら、続きを口にした。


「それでなんだけどっ、二駄木くん」

「……なんだ?」

「今から一緒に、買い物に付き合って欲しいんだけど……いいっ?」



~~~



「お会計、1万2060円でございます。……1万2060円ちょうど、お預かりいたします」


 六町が財布を開き、お金をレジへと差し出す。


 俺たちがいるのは、以前もケーキを買いに行った複合商業施設。その中に入っている靴屋だった。


「ありがとうございます。またお越しくださいませ」


 買うモノを買って、店を出る。


 六町が今日買ったのは2足の靴だった。1つは屋内用の運動靴、もう1つは屋外用の運動靴だ。


「持つぞ、荷物」

「えっ……いいの?」

「おう。じゃんじゃん渡してくれ」


 六町は手に持った荷物を俺に渡し、どこか申し訳なさそうな顔で「ありがとう」と言った。


「つーかこれ、俺が来る意味あったか? 結局セール中の品から選んだだけだし……」

「そ、それはまぁー……でも、来る意味はあったよ。一人で来るより、二駄木くんと一緒の方がきっと楽しかったと思うから」


 六町は恥ずかしげもなく、柔和な笑顔でそんなことを言った。……ホント、唐突に刺しに来るなこいつは。


 今日俺が来た当初の目的は、六町のシューズを選ぶことだった。なんでも……


『ずっと使ってたシューズがもうボロボロでね。いい機会だから買いに行きたいんだけど、一緒に選んでくれないっ? 元バスケ部なら何かいいアドバイスもらえるかな~……なんてっ』


 ……ということらしかった


 しかし結局セール品の中から選ぶ感じになり、俺が決めたのは『ピンクと水色……どっちがいいかなっ??』くらいのことだった。というか第一バッシュを選ぶのとコレとは全然ワケが違うし……いや、これ以上はもはや野暮だろう。


 彼女が楽しかったと言うのなら、それで十分か。


「前のシューズってどれくらい使ってたんだ?」

「屋外のは1年半くらい前だよ。屋内のは、ええっと……たしか中2の春にダンスとかのレッスン用で買ってもらったやつだから、もうすぐ3年経つかな? 」

「だいぶ長いな」

「あはは……。とは言っても、事務所を辞めてからはしばらく使ってなくてね……。高校からまた履くようになったって感じだから、実際に使ってた期間は2年くらい?」


 そういえば事務所を辞めてからは高校受験のために、今までやってなかった分勉強に専念してた……とかいう話を聞いた。


 なんだかんだ、富坂高校はそこそこ頭のいい方の学校だ。中2の秋に事務所を辞めて、それまでやってこなかった分を巻き返すには生半可じゃない努力が必要だっただろう。本当に頑張ったんだろうな。


「あとは……せっかくだし、二駄木くんはどこか寄ってきたいとこある?」

「俺か? そうだな……」


 どこか行きたいトコあったかな~などと考えていると、正面から歩いてくる人にぶつかりそうになった。


「あっ、すみませ…………」

「…………もしかして、二駄木?」


 突然、名前を呼ばれた。


 声のする方を見やる。パーマをかけ染めた髪、改造した制服……いかにもギャルっぽい装いだ。それに何より……。


「樹里……か」

「えっ? 知り合い?」

「まぁ、中学時代の同級生ってとこだ」


 ……俺はコイツを知っている。


 目の前にいる彼女、その名を安中あんなか樹里じゅりという。俺自身がいま言った通り、中学の同級生だ。見るに制服姿ということは、こちらと同じく学校帰りってとこだろう。


「久しぶり……だね」

「……奇遇だな」

「まぁ、高校から近いからさ。よく寄んのよ。……あのさ、宗一」


 彼女は気まずそうに俺から視線を逸らして、言った。


「やっぱ、奈緒とはまだ……」

「……別に。ってか、樹里に話すようなことでもねぇし」


 俺はけだるげに頭を掻いた。自分でもなんでそんなことをしたのか分からない。……ささやかな、苛立ちの発露なのだろうか。


「”樹里”か、変わったね。……ごめん、引き留めて。それじゃ」


 樹里はそう言い残して場を去っていった。


 俺も、振り返ることなく再び歩きだす……。



 ……振り返りたくなんて、なかった。

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