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#68 甘くて、苦くて……

『2日間の文化祭、ご参加ありがとうございました。令和…年度、第…回文化祭はまもなく終了となります。忘れ物などございませんよう、お帰り下さい』


 そんなアナウンスが鳴り響く。今年の文化祭も終了間際。まだ終了というワケではないのだが、文化祭実行委員の撤収作業は一足先に始まっている。


 ちなみにあの後、俺はピアノ演奏を終えるとすぐに本庄先輩を助けにいった。結論から言えば、軽い怪我の数々は気になるものの重傷には至っていなかった。


 本庄先輩は事情を説明し、コーラス部と姉崎先輩に盗んだモノを返した。必死に頭を下げて謝罪を尽くし……それは受け入れられた。きっと、あの人が1年生から続けてきた生徒会長や文化祭実行委員、その頑張りや積み続けた徳があったからなのだろうと思う。


 そして、本庄獅木。彼のやったことは後日、教師陣にも報告することが決まった。ここまで知っているのは今の時点じゃ俺、本庄先輩、そして姉崎先輩しかいないが……じきに全校生徒が知ることとなるだろう。


「ふぅ……こっちは終わりか。次は……」


 俺は実行委員として一仕事終えたところだった。次はたしか、受付の撤収作業だったはず。俺は外へ出ようと廊下を歩いていたのだが……そのとき。


「……う~!」


 生徒会室を通りかかったのだが、誰かいるのか?


「私のバカぁ……っ!」


 気になって扉の窓から中を一瞬だけ覗き見た。中にいたのは……姉崎先輩。手に持っているのは……便箋びんせん


 壁にもたれて、聞き耳をたてる。


「……結局、渡せなかったなぁ」


 吐息混じりに、どこか沈んだような声で呟く。……そうか、そういうことだったのか。


 俺は思い返す。


・・・

『このカメラ映像の様子を見張っておく人員も用意するべきかと思うのですが』

『なら、私がなるべくやるよ。言い出しっぺだしね』

『(本当はあの人も色々行きたい場所があるだろうに、よくやるなぁ。)』

・・・


 あの人は、生徒会室で監視カメラをチェックするという退屈な仕事を自ら引き受けた。


 そして……。


・・・

『待って!』『え、えぇっと……』

『……そ、そうだ。記念写真撮ってあげる! 先輩と後輩で!』

・・・


 あのとき姉崎先輩は、俺と本庄先輩をかなり不自然に引き留めていた。


「……『その人と初めて出会った場所で、想い人に恋文を渡すと結ばれる』、か」


 いつか六町が言っていた、文化祭の『恋愛成就のジンクス』だ。初めて内容を聞いたあのとき俺は……。


・・・

『想い人と「初めて出会った場所」っつーと、多分一番多いのが「教室」。次いで「部室」になると思わないか?』

・・・


 ……こんなことを考えた。


 しかし……学内では限りなく少数派ではあるが、中には確かにいたのだろう。『想い人に初めて出会った場所』が、()()()()()()()()()()()()


「……どうりで、わざわざ生徒会室に居座るような真似を……」


 これ以上の盗み聞きをする気には、ちょっとなれなかった。俺はもたれる壁を離れ、静かに歩き出した。廊下の向こう側を見据えると……。


「……二駄木君っ」


 ……こちらへと向かって歩いてくる男子生徒の姿があった。本庄先輩だ。


「今日はなんと言うか……ごめんね。それと、ありがとう」


 先輩はあっはは、と力なく笑いながら言った。


「本庄先輩……ちょっと、生徒会室に寄っておいてください」

「え、なんで?」

「それは……行けば分かると思いますよ」


 ポカンとした本庄先輩の顔を後目しりめに、俺はその場を去っていった。しばらくすると、後方でガラガラと扉を開ける音が廊下に響いた。


 その後何か話し声が聞こえたような気もしたが、もはや遠く離れすぎて、ほとんど聞き取ることはできなかった。



~~~



 文化祭へとやって来た一般客が、少しずつ帰っていく。そんな様子を見ながら俺は、校門からほど近い受付の撤収作業に従事していた。


「まだですか~センパイおそーい」

「うるせぇ口だな。コレ結構大変なんだよ……」

「イヤイヤ~私の身長じゃそれムリでしょう?? 見れば分かると思うんですけど」

「別に手伝えとまでは言ってねンだわ」


 ちょっかいをかけてきたのはアビ子、もとい我孫子だった。


「だからアビ子って呼ぶなぁ!」

「心読みました??」


 ……にしても、元はと言えばお前が盗みの計画なんか実行したせいでややこしくなったんだぞ。ふてぶてしい奴だなホント……。


 俺の仕事は、受付のテントの解体・回収。よく学校の運動会とかでも使われるタイプだな。他の先生たちや実行委員と一緒にポールを外し、地面に降ろして解体し、元あった場所に戻す。受付で使ってるテントは3つもあるので、結構骨が折れる。


「よいしょっと。おい、降ろしてからの作業は身長関係ないだろ? 暇なら手伝え」

「えー……」

「まぁいいけど。どうせ手先とか大して器用でもなさそうだしな」

「ふふっ……いいでしょうーッ! この錬金術師・深淵アビスの実力、見せてあげますよーっ!」


 我孫子は俺の言葉を聞くと、見せつけるようにテントの紐を次々へとほどいていった。まるでBTTF2で急に生えてきたマー〇ィの設定みたいだぁ……。


 あとは外したパーツを一か所に集めて、ヒモで束ねるだけ。奥からヒモを取ってきて2重、いや3重にヒモを巻く。あとはこれを結んで……。


「あの……落とし物を拾ったんですけど」


 そのとき突然、背後から声をかけられた。実行委員の腕章を付けて作業していたからだろう。俺は反射的に振り返った。




 ……思えば、なぜこの時点で、声を聞いた時点で、気づけなかったのだろう。


 苦い思い出だ、辛い過去だ、と反省している風を装いつつ、実のところ無意識に記憶に蓋をしようとしていたのだろうか。


 忘れようとしていたのだろうか。


 ……そんなこと、許されるのだろうか。


「…………なっちゃん?」

「そ…そーくん……」


 実子との連弾ですっかり心穏やかだったところに、冷や水を浴びせられた気分だった。


 高校二年、文化祭。去年よりもずっと、素直に楽しめたと思っていた文化祭。


 その暮れに、俺は…………なっちゃん。


 幼馴染・朝霞あさか奈緒なおとの、嬉しくない再会を果たしたのだった。

物語も佳境に入ってきました。

完結まで残り僅かです。ぜひ、お付き合いください。

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