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#67 ああ青春よ

「なんで、こんなことを……」


 俺がそう問いかけると本庄先輩は、無言でメモリーカードを手に取った。そして懐から取りだしたのは……姉崎先輩のデジカメだ。


 そのままカードを差し込み、カメラをカチャカチャと操作すると……その画面を俺に見せてきた。


「こ、これって……」


 そこに写っていたのは……本庄先輩の双子の弟、本庄獅木。それともう一人……見知らぬ女子生徒。


 この写真は……。


「……不純異性交遊、ってヤツですか」


 撮影場所は俺も見覚えがある。体育館の倉庫だ。


 写真にうつっているのは紛れもなく、二人のセックスの瞬間。本庄獅木は、学校の体育館倉庫を使って性行為に及んでいたのだ。


「それだけなら、まだマシだったんだけどね」


 再び本庄先輩はカメラを操作すると、写真をズームさせた。


 そこには……床に転がっている缶が写っていた。俺はまだ飲んだコトこそないものの、ソレが意味することの何たるかはすぐに理解した。


「未成年飲酒……」


 本庄獅木は学校内で性行為に及び、あまつさえ飲酒までしていた……?


「こんな写真……広まったらタダじゃ済まないですね」

「ああ。本当に……バカな奴だよ……」


 本庄先輩は拳をわなわなと震わせていた。


「二駄木君たちが初めて獅木に出会った日、あったろう?」

「はい……確かにありましたね」

「この写真は姉崎さんが撮ったモノなんだ」


 確かにこのカメラの持ち主はそうなのだが、姉崎先輩が……か。


「あの日の遅い時間……聞き忘れたことがあったのに気付いた姉崎さんは、体育館へ戻った。その時はもうダンス部の練習は終わってたんだけど……彼女はかすかに漏れる音を聞き取ってしまった。音を辿って倉庫を覗き見ると、そこには……」


 ……なるほど。この写真は扉の隙間から撮ったってトコか。


「彼女はどうすべきか迷って、兄弟である僕に相談してきた。その時に写真を見せられて…………『消さなきゃ』って、そう思ったね……」


 そう語る本庄先輩は、思いつめたような表情をしていた。


「でも……本庄先輩がここまでする必要なんて……!」

「ところがどっこい、そうとも限らないのさ。……僕たちは双子だからね。アイツが受ける世間的なダメージってのは、僕にとっての懸念にもなり得るんだよ」

「……そう、ですか」


 もはや、俺に言えることなど何もなかった。この感情は当人のみぞ知るところだろう。本庄先輩を見ると、その目は虚空をただ眺めていた。そしてやがて……独り呟き始めた。


「……アイツ、昔っから僕のことがコンプレックスだったんだよ。親のススメで始めた将棋も、勉強も、僕にはまるで敵わなかった。それから、次第にアイデンティティのためにファッションや化粧なんかを必死に凝るようになって……」


 ……不意に、死角から刺されるような心持ちがした。


「でも、それだけならまだ全然構わなかったさ。ただアイツ……これ見よがしに色んな女の子に手を出すようになってね。ホント女の子を、人をなんだと思ってるんだって。それで僕もアイツを軽蔑するようになったんだ」


 ……目を伏せる、本庄先輩。


「どこかできっと、分かり合える道もあったんだろうね。でも、お互いそんな発想はよく考えもしないうちに捨ててしまった。……っとと、ごめんね! てか時間時間っ!!」

「え……うわッ、もうこんな時間!?」


 気付けば、『ちょい芸』が始まる時間になっていた。トリとは言えど、俺の出番までかなりギリギリだ……。


「早く行かなきゃだ!」

「はいッ!」


 とりあえず事件のことは後回しだ。俺は化学室を飛び出し、階段へと向かった……のだが。


「な、なんだこの人の数……!?」


 階段を中心に、廊下があり得ない数の人でごった返していた。というかコレ、階段の下まで続いてそうだそ……?


「そ、そうか……ゴメンっ、僕のせいだ……!」

「先輩のせいって……まさかッ!?」


 そうか。本庄先輩が今まで人払いのためにブッキングさせていた劇と軽音の客、それがほぼ同時に解き放たれた結果……この有様というワケか。


「……こっちだ!!」


 本庄先輩は俺の手を引いて走り出した。というか……元の道を引き返している?


 そのまま化学室に入ると、本庄先輩はさっきのパーテーションの中に戻った。そのままガチャガチャとワイヤーやダンベル、自転車のリング錠をいじり出したかと思えば……ワイヤーを結び付けたダンベルをブン投げ、バルコニーの柵へと引っ掛けて見せた。


「……よしっ、二駄木君ッ! 掴まって!」

「ちょ……ま、まさかっ!?」


 本庄先輩に強引に手を引かれるまま、俺はその腕にしがみつくしかなかった。


「行くよおおおおおーーーーーッ!!!」


 そのまま俺たちは窓から飛び出し、ロープウェイの要領で滑り落ちて行った。


 二度目だからだろうか。本庄先輩は壁にぶつかることもなく、スイスイと移動していく。そしてバルコニーにぶつかりそうになる直前で……手を離した!


 勢いはそのまま、地面へとまっさかさま。


「……ぐッはぁっ!!!」

「本庄先輩っ!?」


 本庄先輩は俺の下敷きとなり、勢いのまま地面に擦られていった。幸い校舎裏の地面は土で、命に別状はなさそうだが……枝や小石で切ったのか、本庄先輩はところどころ体から血を出していた。


 体を痛めながらも立ち上がった俺は、本庄先輩のほうを振り返った。


 ……しかし。


「行けっ!! 行くんだあっ……!!」


 本庄先輩は、叫んだ。


「で、でも!」

「僕のことはいいからっ!! 妹さんのために、ピアノを弾くんだろうっ!?」

「……すみませんッ……!」


 俺は後ろ髪引かれながらも、本庄先輩に背を向け……走り出した。


「……ははっ、それでいい……」




「兄としては落第だったかもだけど……でも、せめて君の『兄としての先輩』になら…………」





~~~



 俺は走った。


 走り続けた。


 我孫子の捜索、化学室への道のり……そして今、この走り。それにさっきの落下の痛みもあるだろうか。


 度重なる疾走で体力的にもかなり限界が近づいてきた。だが……先輩がくれたチャンスを無駄にはできない……っ。


「……あっ、来たっ!!」

「二駄木くんっ!!」


 体育館の舞台裏……ようやく、到着したらしい。そこには雨海や六町がいた。


「ハァ…ハァ……」

「ピアノ、準備できてるよっ!」

「た、助かる……サンキュ……」


 肩で息をしながら返事をする。


 全力疾走から急に立ち止まったせいか、頭がなんだかクラクラする。……それでも、弾かなきゃいけないんだ。


 舞台裏から、壇上へ。


「……っ!」


 スポットライトの眩さに、思わず顔をしかめる。


 ……想定していた以上に客がいるな。いや、俺が遅刻したからだろう。次の時間帯の劇を見に来た人たちが集まりつつあるんだ。


(ギャラリーって……こんなに”おっかなかった”っけか……)


 疲れた。


 痛い。


 頭クラクラする。


 吐きそう。


 つらい。


 やめたい。


(実子は……どこだ……?)


 客席を見回しても……実子の姿は見つからない。


 それ…でも……。


(指……動いてくれ……ッ!)







「……やっぱり、無理してる」




 そんな言葉が、聞きなれた声が、聞こえた。


 振り返る。


「実子……?」

「ちょっと、右にズレて」


 そこにいたのは、実子だった。


 言われるがままに、椅子の座る位置を変える。実子は俺の左隣に座った。……少しずつ頭が冴えてきた気がする。


「兄さんが何を弾こうとしてたのかも、なんとなく分かるし……」

「お前……まさか?」


 実子は鍵盤を見やると、構えた。……つまりそういうことか。


「私に合わせて。……せーのっ」


 実子は音色を奏で始めた。……敵わないな。俺が弾こうとしてた曲、本当に読まれてるじゃん。


 戸惑いつつ、合わせるように俺も弾く。


 ……連弾だ。


「~♪……」


 実子の伴奏に旋律を乗せていく。ミスってしまわないかと緊張しながら弾く俺。一方実子はというと……実子は目を閉じたまま、軽やかに指を躍らせている。


 そして。


「苦い思い出を…呑み込んで~……」


 ……小さな声でささやくように、気持ちよさそうに歌っていた。


「いつか…口の中でとけーて消えた~」


 そんな姿を見ていると、俺の方もだんだんと呼吸が整ってきた。


「甘さを思い出して…いるのでしょう~……」


 ……すっかり忘れてたな。ピアノって、こんなに心地いいものだったけ。


 もはや人目は気にならなくなっていた。隣に座る妹と呼吸を合わせて、ただ音を響かせ合う。


 在るのは、それだけだった。

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