#66 点と点が繋がって
化学室の一角に隠れていた本庄先輩。
本庄先輩は片手に持ったダンベルを、傍にある机めがけて振りかざそうとしていた。しかし俺に見つかるやいなや、腕をゆっくりと降ろしてダンベルを机に置いた。
そして、机の上にあるのは……。
「……それ、姉崎先輩のカメラのメモリーカードですか?」
「さぁ、どうだろうね」
一枚のメモリーカードだった。……本庄先輩はこれを破壊しようとしていたのだろうか。
「それで……何か言いたげだね? 二駄木君」
「そりゃ、山ほどありますよ」
改めて、脳内で論理を束ねる。
文化祭実行委員に送られてきた爆破予告、一連のABC紛失事件……それらの犯人はきっと本庄先輩で間違いない。
……であれば、俺はそれを立証する必要がある。
「さっき我孫子に会ってきました。アイツが言うには……一連の紛失事件は『A、Bまでは我孫子がやったこと』で、『C以降は誰か別の人間がやったこと』らしいです」
「……そうなんだ」
「であれば、犯人はなぜそんなことをしたのか……目的は多分、”アリバイ作り”です」
依然、本庄先輩は目を合わせようとしない。
「……犯人の真の目的、それは最初から『姉崎先輩のカメラ』ただ一つだったんです。その盗みのアリバイを作るため、犯人は我孫子の計画を乗っ取った」
「えぇっと、あのさっ。なんでソレがアリバイ作りになるんだい? よく分からないんだけど~……」
「俺たちはみんな、一連の事件はすべて同一犯によるものだと思い込んでました。つまり、一連の事件について”一つでも”アリバイを持っていれば、ソイツは犯人じゃないと考えてしまった」
「…………」
「犯人は我孫子がやったAとBの盗みを知り、自分の計画に組み込んでしまうことを考えた。となると逆に犯人は、AかBの盗みについてアリバイを持っていた人物だったと考えることができます」
……そして、本庄先輩はBの盗みについて監視カメラのアリバイを持っていた。
「本庄先輩、あなたがやったんでしょう?」
「なるほどねぇ……でもさ、二駄木君」
こちらを様子見していた本庄先輩が、再び口を開いた。
「姉崎さんのカメラが盗まれた場所は”女子”の更衣室だよ? 僕がそこからカメラを盗もうものなら、中に女子が一人でもいたらアウト。少なくとも犯人は男子とは考えられないでしょ」
「だから……爆破予告なんて書いたんですよね。あれ、先輩の自演だったんじゃないですか?」
あの爆破予告は本庄先輩が発見したものだったが……実際は、自分で書いたものだったのだ。
「それとこれと、何の関係が?」
「昨日も校内で不満が出てましたよ。突然のスケジュール変更に対して」
・・・
『姉崎先輩と獅木先輩の劇、2日目になっちゃったし』
『しかも軽音と被ってるし、最悪~』
・・・
「爆破予告の真の目的……それは、劇と軽音をブッキングさせることによって更衣室から”人がいなくなるタイミング”を生み出すためだったんです」
実際。俺がここまで校内を走り回っている間も、昨日より人が少なくて走りやすかった。注目度の高い姉崎先輩の劇と軽音、それぞれに人が吸われていたからだ。
「なるほどね。……それでもさ、流石に校内の人はゼロではなかったじゃないか。仮に更衣室に女子が一人もいないタイミングができたとしても、それを待ち構えてるトコを見られるだけでもアウト。やっぱり無理があると思うけどねぇ」
確かに本庄先輩の言う通りではある。しかし……。
・・・
『…ウチの場合は教室が既にお化け屋敷と化しているため、朝に集合するのはその隣の空き教室…』
『…また、ここの教室にはバルコニーがある…』
『…この教室は俺たちが朝のミーティングを終え次第、文化祭の女子更衣室として使われるらしい…』
・・・
「あの教室にはバルコニーがありますよね。あそこなら誰にも見られず、更衣室から人がいなくなるのを待つことが可能です」
「……二駄木君さ。ちょっと考えれば分かるけど、バルコニーに行くためには結局更衣室の中を通らないといけないんだよ? それは本末転倒だって!」
「だからトリックを使ったんですよ」
本庄先輩が、更衣室の中を通らずにバルコニーへ行った方法。それは……。
「……用いた道具は『ダンベル』『自転車のリング錠』そして『ワイヤー』。これらを組み合わせることで、先輩は化学室の窓から校舎の外を通ってバルコニーに渡ったんです」
「……っ!」
本庄先輩が先ほど机に置いたダンベルの他にも、よく見ると足元にはぐるぐると巻かれたワイヤー、自転車のリング錠などが落ちている。いずれも、古河先生が廃品倉庫から集めてきたジャンク品だ。
「まず、ワイヤーを化学室の窓枠にくくり付ける。次に、ワイヤーのもう一端をダンベルに結び付ける。これで準備は完了です」
おそらく出発地点は……まさにここ。ちょうど今いる、パーテーションで区切られた場所だろう。
「振り子の要領でワイヤーを揺らし、バルコニーの柵にダンベルを引っ掛ける。こうすることによってバルコニーと化学室をワイヤーで結び、あとは自転車のリング錠にぶら下がって……言ってみれば”ロープウェイ”の要領で移動したんです」
本庄先輩がこんなところにいたのも、おそらくトリックの後片付けをしに来たからだろう。
……しかし、俺の言葉を聞いてもなお本庄先輩は食い下がる。
「でも、根拠もなしにそんな話を信じろって言われてもねぇ。第一そんなコトしたら、他の教室の窓から絶対に目撃されるよ。今頃ただゴトじゃ済んでない」
「そう言うと思ってました」
だが……それも既に織り込み済みだ。
「まず目撃されるリスクについて、これはほとんど心配なかったはずです。なにしろ……更衣室の隣は『お化け屋敷』ですからね」
文化祭のお化け屋敷といえば……そう、室内を暗くするために窓をふさぐのが普通だ。というか実際ウチもそのようにしている。
「化学室から更衣室へと移動する経路を考えれば、窓から姿を見られるリスクはほとんどなかった。なぜならそこはお化け屋敷だったから……違いますか?」
「…………」
反論はないらしい。であれば次は……トリックが行われたという”根拠”について。
「ところで俺、今日の午前中にそのお化け屋敷に行ったんですよ。雨海と一緒に」
あの時のことを思い出す。
「たしか入ってすぐ、雨海は……」
・・・
『「ドンッ!!!!」』
『ひゃあっ!!』
『鈍く大きな音が響くと同時に、雨海が俺の腕に抱きついてきた。』
・・・
「……一番最初のデッカい物音にひどくビビってたんですよ。でも一方で六町は……」
・・・
『……「一番最初」の、「デッカい物音」……?』
『計画だと、最初のおどろかしは「蛇のおもちゃ」のはずなんだけどなぁ……』
・・・
「……そんな俺の話に対して、違和感を覚えていたんです」
「それがどうしたのさ?」
あの時の謎が、これでようやく解かれる。
「……要するに。あのとき聞いた物音の正体は、本庄先輩が外を移動する途中で、運悪く窓にぶつかった音だったんです」
きっとリハーサルもなしの一発勝負だったはずだ。そんなミスをしても全く不思議ではない。
俺の話を聞いた本庄先輩は……俯いていた。
そもそも本庄先輩には、こんな場所で隠れて、メモリーカードめがけてダンベルを振りかざしていた……という事実がある。正直これだけでも相当怪しい。
俺はただ、必要な立証をしたまでだ。これに対して『根拠が薄い』と返すこともできるだろうが……であればまずは、先に向こうが納得のいく申し開きをするのがスジだろう。
「……あっはは。ここまで来たら……潔く折れるのが多分、一番かっこいいんだよね」
本庄先輩は顔をあげ、ようやく目を合わせてくれた。
「流石だね、二駄木君。大正解。全部ぜんぶ……君が見抜いた通りさ」
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