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#63 オマージュ

「あ~、それにしてもなんで劇のスケジュール変わっちゃったんだろうね~」

「ほんとほんと」


 生徒会室へ戻るべく廊下を歩いていると、そんな話し声が耳に入った。


「姉崎先輩と獅木先輩の劇、2日目になっちゃったし」

「しかも軽音と被ってるし、最悪~」


 スケジュール変更に対する不満……やっぱり出てくるか。


 姉崎先輩と獅木先輩は同じクラスで、両者とも校内ではかなりの有名人らしい。そんな二人が主役とヒロインをつとめる劇、当然ながら文化祭前からかなり注目されていた。


 一方で軽音部は毎年人気。多くの人が集まることが予見される。元々の予定ではこれらが被らないようスケジュールも組まれていたのだが……爆破予告を受けて事情が変わった。


 爆破予告があった15時頃というのは、ちょうど姉崎先輩のクラスの番だったのだ。ゆえに時間帯の引っ越しは免れず、不本意ながら軽音とブッキングする時間帯になってしまった。不満がでるのも致し方ないか。


 人が行き交う廊下をすり抜けて、ほどなく生徒会室へと着いた。


「おっ、二駄木君も戻って来たね」


 生徒会室に戻ると、そこには数人の実行委員がいた。そんな中で俺に声をかけてきたのは……もちろん、本庄先輩だ。


「午前中はとりあえず校内を巡ってきた感じかな?」

「はい。先輩の方はどうでした?」

「僕は一番最初の時間帯にクラス劇があってね。それが終わったすぐ後はダンス部を見に行ったりして、午前中は他の場所に行く暇はなかったねぇ~」


 そう語る本庄先輩の顔はなんだか楽しそうだった。まぁこの人は祭りゴトが好きみたいだし、忙しさも楽しいって感じか。


「そういえば、監視カメラの方はどうですか?」

「バッチリさ! 姉崎さんがよこしてきたスマホ、機種変したとか言いつつ割と新しいヤツだったからね。公演中の暗闇でもだいぶ綺麗に映ってるよ」


 本庄先輩はパソコンを持って来て俺に見せた。画面には2か所で撮影している映像が同時に流れている。そのおかげか死角らしい死角は存在しない。


 ……というか、姉崎先輩2台もスマホ持ってきたのか。雨海の家の話聞いたときも驚いたが、なんかこっちも大概ブルジョワっぽいぞ。


「すごいな、下だけじゃなくてギャラリーまでしっかり見えてる……」

「だよね~、ほんとにすごいなぁ……」

「うわっ!?……って姉崎さんか、ビックリしたなぁ~」


 背後から顔を覗かせてきたのは姉崎先輩だった。


「これ、録画の追っかけ再生もできるらしいよ?」

「ほんと? じゃあ見てみようかな……」


 姉崎先輩はパソコンを操作して、映像を少し早回しで再生した。


「これは本庄くんのクラスの劇で……次がダンス部だね。あっ、本庄くん見っけ」

「……あ、姉崎さんも見てたんだね。ギャラリーの方だけど」

「当然だよっ。引退したとはいえ元ダンス部なんだから、後輩たちの活躍はゼッタイ近くで見たいもん!」


 今のところ、体育館で不審な動きは見られないようだ。まぁ予告があった時間にはまだ遠いしな。


「でも……まだまだ油断できないね。体育館の見張りも増やしたし、効果があればいいけど……」


 真面目な顔をして姉崎先輩は言う。


 その時ちょうど、ガラガラと扉が開いた。入ってきたのは実行委員だ。とはいえ名前は知らないし、文化祭準備が始まる前は顔すら知らなかったような相手だが。


「お疲れ様です。巡回、戻ってきました」

「お帰り~どうだった?」

「特に問題はないですね。……あ、そういえば」

「そういえば?」


 その実行委員は何か思い出したかのように、付け加えた。


「文芸部がたしか、『部誌がなくなった』と訴えていました」

「部誌が?」

「はい。何でも、目を離した隙に十数冊の部誌がなくなったとか……大体30分くらい前のことらしいです」


 部誌がねぇ。そういえば我孫子も今朝そんなことを喚いていたなと思い出す。


「なるほどー ……報告ありがとう!」


 姉崎先輩がそう言うと、実行委員は腕章を外して生徒会室を後にした。一旦この時間帯のお仕事は終わり、ということだ。


「じゃあ今度は僕の番だね。十分休憩させてもらったし、そろそろ行こうかな」

「俺もこれから記録係があるんで、一緒に行きますよ」


 本庄先輩に続いて俺も扉の方へと向かう。


「待って!」

「うん?」

「え、えぇっと……」


 姉崎先輩が引き留めてきた。……が、何やら言葉に詰まっている様子。ならなんで引き留めたんだ……。


「……そ、そうだ。記念写真撮ってあげる! 先輩と後輩で!」

「そうかい? じゃあお願いしようかな」


 姉崎先輩は例の高~いデジカメを取り出すと、こちらに向かってソレを構えた。


「じゃあいくよ……はいチーズっ」


 カシャッ。


「……うん、いい感じだね」

「ありがと! 今度データちょうだいよ!」

「それじゃあ、姉崎先輩も頑張ってください」

「う、うんっ。犯行声明は午後だし、むしろここからが気の引き締めドコロだよっ!」


 そんなやり取りをして、今度こそ本庄先輩と俺は生徒会室を離れた。



~~~



 本庄先輩と一緒に校内を巡回しつつ、俺は記録係として写真をひたすら撮りまくっていた。


 記録係が撮った写真は今後、毎月発行される校内新聞や学校の広報、卒業アルバムなど様々な場で使われ得る。そう考えるとなんだか、シャッターを切る指がほんの少し重く感じるような気がする。


「……ここ、人少ないっすね」

「ああ、化学部かい? 化学部は基本、展示メインだからね。1時間おきにやってる実験ショーのとき以外は割とこんな感じだよ」

「詳しいですね」

「もう3年連続で実行委員やってるからね~。あ、ちなみに後ろのスペースが気になると思うけど……危険な薬品を文化祭の間あそこに集めてるらしいから、勝手に入っちゃだめだよ?」

「言われなくても入りませんよ。てかマジで詳しいですね……」


 ここは3階。化学室の後ろの方には、確かにパーテーションで区切られた謎のスペースがあった。なるほどなぁ。この前古河先生に会いに行ったときと比べて、やけに綺麗に片付いていると思った。あんなトコに隠してるのか……。


「てか先輩、1年の頃から毎年実行委員やってるんですか。受験生になってもやってて、そのうえ生徒会の副会長……」


 まさか、本庄先輩にこんな一面があったとは。


「なんで……そんなに頑張ってるんですか?」

「『頑張ってる』なんて、買い被り過ぎさ。ただ……」


 ……そこまで口にした本庄先輩が、言葉を止めた。前方に見えるのは……本庄先輩の双子の弟、獅木先輩だった。


「あっ! 獅木先輩だ~!」「顔も結構イイし、何よりダンスがかっこいいし! いいよね~」「でも姉崎先輩と付き合ってるって噂じゃない?」「同じダンス部で、しかもクラスもずっと同じなんでしょ? 美男美女って感じでお似合いだよね~!」


 そんなざわめきが聞こえてくる。


「……二駄木君、引き返そうか。面倒なことになりそうだし」


 本庄先輩の声も急にトーンダウンし、俺たちは獅木先輩を避けるように道を引き返すのだった。



~~~



 時は飛んで、時刻は15時……つまり、例の爆破予告の時間だ。


「さてと。僕はそろそろ体育館に行こうかな。今やってる劇がもう終わる頃だから、体育館にいる人たちを離れさせないと。万が一ってコトもあるからね」

「俺は行かなくていいんですか?」

「大丈夫、人手は足りてるから。それより二駄木君は記録係、引き続き頼むよっ!」


 そう言って本庄先輩は体育館へと行ってしまった。それにしても、あの爆破予告は現実となってしまうのだろうか……今更ながら、身が引き締まるような心持ちになった。


 それからしばらく経ち、俺は一人黙々と文化祭の様子を撮り続けていたのだが……。


「さあさあ! 稀代の錬金術師・深淵アビスのアルス・マグナ! 30分後にアルケミー研究会でお見せ致しましょうっ!」


 ……ソレはいた。


「げっ、二駄木センパイ……」

「『げっ』とはなんだ『げっ』とは。失礼だな」


 目の前に現れたのは、我孫子里美。


 今日の我孫子は黒い三角帽子にこれまた黒いマントを身に付けた魔女スタイルだった。痛々しさが中々もっていい感じだ。


「って、そうだ! このあと30分後にアルケミー研究会で錬金術を披露するのですが、センパイ来ませんか!?」

「『げっ』とか言っといてなんなんだその面の皮の厚さ……」

「だって午前の部も全っ然人来なかったんですもんっ!!」


 だいいち30分後となると、そろそろ俺は生徒会室に戻らなきゃならない時間だ。どの道無理な話だな。


「つーかこんなところで何してるんだ? 1年B組ってここ、お前のクラスの出し物だろ」

「ふふっ……現在クラスの方で受付のお仕事をしているのですが、せっかくなので受付をやりつつこうして自分の宣伝もしているのですよ!」

「なんというか……たくましいな」


 俺はめちゃめちゃ言葉を選んだ。


 そんな風にぼやきつつ我孫子の姿を観察していると、彼女が何故か背中に壺を背負っていることに気が付いた。


「……てかその壺、なんなんだ? 邪魔くさそ~」

「あんまりバカにしないで欲しいですね! これは『錬金釜』と言って、錬金術には欠かせないアイテムなんですから!」

「はぁ。で、中に何が入ってるんだ~……?」

「って見ちゃダメーーーッ!! 企業秘密なんですからっ!」

「ブぐヘッ!!」


 背負った壺で顔面をブッ叩かれた。なるほどね……”そういう”使い方もアリってワケか……いたい……。


「……って、もうこんな時間! 受付はこれで終わりで……錬金術の準備をしなくっちゃ!」

「あっ、アビ子ちゃんお疲れ様~、あとは任せて~!」

「だからアビ子って呼ぶなぁ!」


 教室から出てきたクラスメイトにセリフを返すと、我孫子は颯爽とこの場を去っていった。


 ……てか本当にアビ子呼びで通ってるのな。俺も今度そう呼んでやろうかな。



~~~



 それから引き続き校内の撮影を続け、やがて時間になったので俺は生徒会室へと戻ったのだった。


「……特に何も起こらなかった、ですか?」

「そう! なんだか肩透かしって感じだよね~」


 生徒会室へと戻ると、そこにいるのは本庄先輩と雨海だった。俺は体育館で何か変化はあったかと尋ねたのだが……。


「ま、でもホント何も起こらなくてよかったよね」


 なんと予告した時間になっても、特に物騒なコトは起きなかったらしい。結局何だったんだろうな、あの犯行声明。


「こっちも特に変わったことはなかったっすよ。……変わった奴はいましたがね」

「変わったこと……あ、そういえば」


 雨海は何かを思い出したかのように軽く手を叩いた。


「さっき実行委員の仕事で校内を回ってたらコーラス部の人に声を掛けられたんだけど……」

「何かあったのかい?」

「それが、目を話した隙に練習用のCDがなくなったらしいんです」


 ま~たそのパターンか。今日は紛失物の報告がやけに多……。


「……待てよ?」


 『アルケミー研究会』からは『安息香』がなくなった。

 『文芸部』からは『部誌』がなくなった。

 そして『コーラス部』からは『CD』がなくなった。


「『モノをなくした部』の頭文字……そして、『なくなったモノ』の頭文字……」

「あ……もしかして、本庄先輩も同じコト考えてる感じですか?」

「そうかも……しれないね」

「ど、どういうことっ?」


 雨海は依然状況を呑み込めていないようだ。だが……。


「二駄木君、これって……」

「はい、本庄先輩……」


 一呼吸置き、同時にその言葉を口にする。



「「完全に『〇ドリャフカの順列』だコレ!!!!!」」

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