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#62 世界一可愛い接客

 文化祭当日、朝。


 いつも通りの時間に登校……だが、靴を履き替えてから行く場所はいつもとは違う。ウチの場合は教室が既にお化け屋敷と化しているため、朝に集合するのはその隣の空き教室だ。


 また、ここの教室にはバルコニーがある。富坂高校には珍しい……というかここにしかないので、なんだか新鮮だ。


 ちなみにこの教室は俺たちが朝のミーティングを終え次第、文化祭の女子更衣室として使われるらしい。そう思うとなんだかドキドキしますね……。


「おはよう二駄木くん!」


 教室に入るやいなや俺に気付いたのは六町だった。窓際のほうで壁にもたれていた。荷物を置いて、六町のもとへと行く。


「……すまんな。結局本番まで全然手伝えなくて」

「それはまぁ、仕方がないよ」


 そう言うと、六町は壁から離れて俺の正面に立った。彼女の顔には、優しい微笑みがあった。


「……私も楽しみにしてるねっ、明日のピアノ」

「重いなぁ……」


 クラスへの貢献をほっぽり出した分だけ、求められるパフォーマンスが重く感じる。


 それからしばらく駄弁っていたが、話を聞くに六町は驚かす役ではなく受付らしい。何か特別な衣装があるわけではないが、見ればさっそく幽霊がよくつける三角の布(『天冠』というらしい)を頭につけている。でも今はちょっと気が早いんじゃねぇかな……。


「そういえば実行委員って、このあともミーティングに行かなきゃいけないんだっけ?」

「そうだな。こっちでの話が終わり次第移動しなきゃいけない」


 俺がそんなことを言ったちょうどその時、教室の扉が開いた。我らが担任、古河陽子先生である。先生が来た、ということはもうそろそろか。


 古河先生は連絡事項を手短に伝えると、教室を離れるよう言った。外を見ると、着替えに来た女子生徒が既に数人いるようだ。


 六町に別れを告げ、すぐに俺は実行委員の方へと向かった。



~~~



 俺は生徒会室の前に立っていた。


 文化祭当日は会議室が使えないため、ここ生徒会室を文化祭実行委員の本部として使うことになっているのだ。ちなみに会議室はコーラス部などが使う予定とのこと。


「だっからぁ~!!」


 ……壁越しにそんな声が聞こえてくる。やかましいな~朝っぱらから。


 俺が生徒会室の扉を開けると、そこには数人既に実行委員が集まっていた。そしてそんな中デカい声でわめいていたのは……我孫子だった。


「なくなったんですよ~っ! アルケミー研究会から!」

「……どういう状況?」


 俺は近くに立っていた雨海に声をかけた。


「あぁ、二駄木か。いや、なんかアビ子ちゃんがさっきからこんな感じで……」

「そこっ! アビ子って呼ぶなぁ!」

「え? ご、ごめん……。なーんかみんな『アビ子』って呼んでるから」

「『アビ子』だとカッコがつかないじゃないですか!!」


 鍵括弧はついてますけどね……。


「……で、『なくなった』って?」

「安息香ですよっ! 安息香っっ!」


 ドームですよみたいに言うな。ちなみに安息香というのは安息香酸を主成分とする樹脂のことだ。で、安息香酸というのはベンゼン環の水素原子1個をカルボキシ基で……って、何の話だったっけ?


「安息香……なんでそんなもの持ってたんだよ」

「そりゃあモチロン、錬金術の材料としてですよ」


 もう、なんだか頭が痛くなってきた……!


「あっ、いま内心バカにしてましたよね!?」

「してないしてない」

「アルス=マグナは実在するんですぅー! どうせ『もう、なんだか頭が痛くなってきた……!』とか言ってたのでしょうっ?」

「心読みました??」


 そろそろコイツの相手するのにも疲れてきた。……ちょうどそのとき。


「はいはーい、全員揃ったみたいなので始めまーす!」


 姉崎先輩がパンパンと手を叩いてそう言った。場が一気に静まり返る。


「……まず例の犯行声明ですけど。とりあえず、みんなは予定どおりに動いてください。それと……何も起こらないのが一番だけど、もし体育館で本当にナニか起こったときは冷静に、手筈通りに対処してください。よろしくお願いします」


 いつもの愛想を振りまく姿とは対称的に、真面目なトーンでそう述べる。しかし……それだけ伝えると、姉崎先輩は再び明るい笑みを浮かべた。


「……ごめんねっ、重~い雰囲気で! でも……何より大事なのは、私たちも含めてみんなが楽しむことだよ!」


 辛気臭い雰囲気から一変して、場の空気も再び少しずつにぎやかになっていった。流石は生徒会長、”空気感”を上手く支配している。


「それじゃあ今日から2日間、頑張っていきましょーっ!」

「「「オォーーッ!!」」」


 姉崎先輩の掛け声で、実行委員全体の士気は最高潮に達した。


 文化祭1日目、開幕である。



~~~



 文化祭1日目、午前。


「六町はどこに行きたいんだ?」


 1日目の午前は実行委員の仕事が特になく、また六町も同様に受付の仕事がないタイミングだ。


 お互いスケジュールは早めに確定していたため、この時間帯は一緒に巡ることにしようと六町が前もって誘ってくれていた。


「そういや、もうすぐ体育館でダンス部が始まるな。ダンス部は毎年クオリティが高くて人気だが……」

「ダンス部もいいんだけど……それより、今の時間帯はもっと”イイもの”が見られる場所があるらしいんだよね~!」

「『イイもの』? なんだそれ」


 六町は予め行きたい場所を決めていたようで、俺の手を引いて歩き出した。そうして辿り着いた場所というのは……。


「これは……まさか」


 六町に連れられ、そのまま教室の中へと入る。


「いらっしゃいま……って!!」


 入ったのは2年D組の出し物、『コスプレ喫茶』。


 そして出迎えたのは……そう、雨海だった。


「えへへ、ごめん! 東金さんに愛依ちゃんがいる時間教えてもらっちゃった~」


 口ではそう言うものの、特に悪びれる様子はない。


 雨海の方へと目を向け、じっくりと観察する。雨海は洋風の町娘といった雰囲気の衣装に、真っ赤な頭巾を被っていた。


「もしかして……『赤ずきん』か?」

「うぅ……恥ずかしすぎる……」


 雨海はそう言ってこちらから顔を背けた。


「そんなに恥ずかしがることないのにね~。髪の色も衣装によく馴染んでるし、愛依ちゃん小柄だし。赤ずきんよく似合ってると思うんだけどな~」

「だとしても~……」

「二駄木くんだってそう思うよね?」


 六町は俺の方に振り返って言った。


「……まぁ、俺も同意見だ」


 雨海は背けた顔を少しずつこちらに向けてきた。


「……ほんとにそう思ってる? 似合ってる?」

「ああ」

「……っ!」


 頭巾の色に負けず劣らず、顔を紅潮させる雨海。何を思ったのか、そのまま俺たちに背を向け奥へと歩き出す。


「お、お席にご案内いたしますっ……」


 しかし、ちらと見えたその横顔はどこか嬉しそうにも見えるのだった。



 それから俺と六町はコスプレ喫茶を堪能し、やがてここを後にした。


 せっかくなので、他のクラスの出し物も巡って校内を歩き回ったりもする。


 ……しかし文化祭の出し物の幅というのは、やはり限度があるものだ。ゆえに各クラスの催しを見ていると、去年もこういうのあったな~などと思ったりもする。中には去年俺が属する1年D組がやっていた『遊技場』にほとんど酷似したものもあったし。


 ただ……それでも。


「あっ65万分の1ロイヤルストレートフラッシュ

「ええええええええええぇ!?!?!?!?!?!?」


 こうして一緒に巡る人がいるから、文化祭というのは楽しいのだと再認識させられた。


 教室を出ると、六町はスマホを取り出して時間を確認した。現在時刻は12時前。


「あっ、そろそろお化け屋敷に戻らなきゃ」

「受付だっけか? まぁ頑張れよ」


 六町はバイバイと手を振り、去っていった。俺の方も一旦実行委員に戻らなければならない頃だ。俺は実行委員本部……生徒会室へと向かった。

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