付録 実行委員のおしごと
それは文化祭が始まる数週間前。準備の進捗もまだ半ばの頃……。
カタカタカタカタ……。
「……こんなもんか」
ここはパソコン室。俺は文化祭へと向けた準備作業の一環として、この部屋で実行委員の仕事をこなしていた。
「二駄木くんやーいっ……あ、いた!」
「なんだ、六町か。何の用だ?」
「クラスTシャツのことなんだけど、実はこの前集めた金額に間違いがあったみたいでね。多く貰っちゃったから返しに来たの」
「そうか。……ありがとう、わざわざ」
「いえいえ~」
やってきたのは六町だった。手に持っているのは封筒、その中に件のお金が入っているのだろう。
都立富坂高校の文化祭では、毎年各クラスでオリジナルのTシャツをデザイン・発注することになっている。最も高い評価を獲得したクラスには”Tシャツ賞”なるものも与えられるため、これもちょっとした戦いなのである。
「ところで、二駄木くんはいま何をしてるの?」
「文化祭当日に配るパンフレット、あるだろ。アレに載せる地図を作ってたんだよ」
俺は画面に今さっき完成した地図を表示した。興味を示した六町は、近くの椅子を持ってきて俺の隣に座った。
「こっちは見開き左ページになる予定のヤツだな」
「あっ、私たちのB組もあるね! 『怨霊屋敷』!」
六町の言う通り。我らがB組のお化け屋敷は2階のやや奥の方にあった。他のクラスと場所が違うのは、お化け屋敷をやるにあたって大きな部屋の方が都合がいいためである。実際、去年もお化け屋敷はこの教室に割り当てられていた。
「ちなみに、当日の朝の集合場所は分かってるよな?」
「それはモチロンっ、隣の教室でしょ?」
当日の朝は基本的に各クラスの出し物の教室に集まるが、例外的にB組は教室が真っ暗な状態であるため隣の教室に集まることになる。バルコニーがついてるトコね。
「んで……こっちが見開き右ページになる方」
「それから……こっちは、実技棟側の地図な」
「3階より上はなんだか小さい字が多いような?」
「出し物のタイトル凝ってるクラスが多いせいなんだよなぁ……」
「……二駄木くん、あのね」
六町は身じろぎすると、言った。
「もっと、寄っていい……?」
周囲に聞こえない程度に。耳元で、声を潜めて。かすかな吐息の感覚がこそばゆい。
「……まぁ、見づらいって言うなら」
「……ありがと。じゃあ、詰めるね……」
肩と肩が触れる。一瞬とかじゃなくて、ぺたっと。
「そ、そういえば……二駄木くんって当日どの時間帯が暇とかってある?」
「ああ。まだ不確定だが、たぶん初日の朝イチは少なくとも空いてるな」
「そうなんだ!……あのっ、じゃあさ。その時間……」
「……何でそんなくっついてんの??」
六町が言いかけたその時、割って入ってくる者がいた。雨海だ。
「あ、あぁっ愛依ちゃん? どうしたの?」
「どうしたって、あたしもここで作業してるトコだったから。さっきは実行委員本部にちょっと行ってたけどさ」
「愛依ちゃんは何をしてるの?」
「あたしはパンフに載せるための、体育館のスケジュールを作ってたんだよ」
雨海はそう言うと少し離れた席のノートパソコンを持ってきて、見せてきた。
「……っておい! 雨海、これ改訂前のじゃねーかっ」
「あっ! 間違えた! え~っと……コッチだったや」
「……つーか雨海、『改定』のとこ誤字だぞコレ」
「えっ、あぁっホントだ……作り直さなきゃじゃん」
小さくため息をつく雨海。
「へ~……体育館のスケジュール、変更があったの? 何かトラブル?」
「むぐぅっ! そ、それはぁ……」
「まぁちょっとしたトラブルっつーか、ブッキングがあったことが判明したんだよ。だから本庄先輩が必死に調整した結果、ぐちゃっとした感じになっちまった」
あの爆破予告に関しては、実行委員の外には漏らさないようにと言われている。六町にはダマすようで悪いが、ここは誤魔化させてもらう。
「というか、確かだけど2日目の10時って……」
「そうなんだよね。姉崎先輩のクラスの劇、軽音と被っちゃったんだよ」
そう、この点は本庄先輩も申し訳なさそうに言っていた。
3年C組である姉崎先輩、および本庄獅木先輩。二人は校内でも知名度が高いらしく、3Cの『シンデレラ』はそんな二人が主演をつとめるということで既に話題とのことだ。
一方で、毎年一定の人気を誇る軽音部。今年の文化祭2日目は爆破予告のあおりを受けて、これらがなんと同じ時間帯になってしまった。参加者ひとりひとりのスケジュールブッキングを回避しようと思案した結果、どうしてもこうなってしまったらしい。
「なるほどね~……ところで愛依ちゃん、コスプレ喫茶の件だけど」
「それはゼッタイ教えないっ! だって……恥ずかしいんだもんっ!」
話はすっかり流れていき、六町はなおも諦めず雨海のコスプレを見ようとしているようだった。
雨海は恥ずかしがって断固拒否を貫いているが……まぁ見てる限り、ガチで嫌がってるって感じでもない。じゃれあいの範疇だろう。仲がいいことは良いことだ。
「二駄木くんも見たいよね?」
「なぜそこで俺に振る……」
雨海は横目でこちらのことをチラチラと気にしている。なら、俺が答えるべきは……。
「まぁ、別にそこまで見たいってワケでも……」
「そう言われたら言われたでなんかムカつく」
「理不尽~~~~」
見られたくないんじゃなかったのかよ。この世は理不尽に溢れている。
……え、これどうやってオチつければいいの?
まぁそんなこんなで、何と言いますか~……こんな日もありましたっって感じっすねぇ。てなワケで次回・文化祭、始まるよー!!