#61 総ては幕を上げるために
実行委員に爆破予告が届いてから2日後。
本庄先輩によるスケジュール調整、および姉崎先輩による各所への通知も完了。また、監視カメラの方も完成しているようだった。
「じゃじゃーん、彼らが一晩でやってくれたんだよー!」
「これくらい造作もありませんね」
「フッ……」
メガネをクイクイッとする男子たち。だからコイツらは誰なんだってばよ……。
「我らが富坂高校のWiFiを利用することにより、姉崎委員長のスマホを監視カメラ化してその映像をPCから確認できるようにしました」
「へぇ~っそんなことまでできるんだ、すごいね~……」
本庄先輩も感心しているようだった。
「ちなみに……一応このカメラ映像の様子を見張っておく人員も用意するべきかと思うのですが」
「……なら、私がなるべくやるよ。言い出しっぺだしね」
メガネの発言に対し名乗りを上げたのは、姉崎先輩だった。本当はあの人も色々行きたい場所があるだろうに、よくやるなぁ。
「ただ……初日のダンス部を見に行くのと、2日目の劇に出るときだけは他の人にお願いしたいんだけど、誰か大丈夫かなっ!?」
「なら私がやりますー」
「俺もいけます!」
穴埋め要員も、姉崎先輩の人徳ゆえかすんなりと決まった。本当に人気者なんだな……この人。
大きな連絡事項はそれくらいで、話が終わるとまたいつものように実行委員の仕事が始まる。
しかし、俺にはピアノの練習というタスクもある。俺は毎日割り振られた業務をなるべく早く終わらせることに精を出した。
「……終わりました」
「おっ、今日も早いね~二駄木君!」
「本庄先輩。それで、今日の実行委員の仕事ですけど……」
「うんうん、分かってるさ。ピアノの練習だろう? 行っておいで」
高校に入ってからは人との関わりも薄く、ひたすらゆるーく過ごしてきた。だからこそ、この数日間の忙しさは特にめまぐるしく感じられた。
実行委員とピアノの二足わらじでも大変なんだから、加えてクラスの準備までやる三足わらじなど、きっとキャパオーバーだったに違いない。六町の心遣いが身に染みる。
再び音楽室へと向かい、今日の練習。
「……意外と体が覚えてる部分もあったりするよな。サビとか」
しかし、やはり習い事をしていた頃の感覚を取り戻すのは大変だ。多分人前でピアノを弾いたのは中学の合唱コンが最後だったと思うが、そのときも似たようなことを思った覚えがある。
それに以前少し弾いてみたときも思ったことだが、久しぶりに触る鍵盤というのは”重い”。何度も何度も同じ箇所を弾いて指も痛くなってくる。
しかし……それでも練習をやめることはなく、そろそろ最終下校も迫ろうという時刻。
「……はぁっ、やっと……できた……っ!」
斜陽差し込む、薄暗い音楽室の中。
まだ通しではやっていないが、なんとか全パートが完成した。ボーリングで言うと”スペア”だろうか。あとは通しでやりたいところだったが……時刻は17時58分。流石にこれ以上はいられない。
もう帰ろうと荷物をまとめて、下駄箱へ。
靴を履き替えていると、見知った顔に再び出会った。
「六町……それに雨海か」
「アンタも帰りなんだ。練習、大変そう?」
「ああ……でも、意外となんとかなりそうかもな」
六町と雨海もこの時間の帰りのようだった。
「つーか、そっちこそ時間ギリギリまで出し物の準備だろ? 大変だろうな」
「愛依ちゃんのクラスは確か……コスプレ喫茶だっけ? もしかして愛依ちゃんも何か着るの?」
「え。まぁ……そんな感じだけど……」
「どんな衣装着るのっ!?」
「そ、それはナイショっ! 恥ずいから!」
詰め寄る六町に、赤くした顔を背ける雨海。気付けばコイツらも結構仲良くなってるよな。
「……ところでさ。今日、小耳に挟んだんだけど」
雨海から離れた六町が、不意にそんなことを言う。
「うちの文化祭、恋愛成就のジンクスがあるらしいね?」
あぁ……ウチにもあるのか、そういうの。毛ほども興味はないが。
しかし俺とは対照的に、六町は何やら興味深そうな様子だった。
「あ~ソレ、あたしも知ってるかも」
「私は今日初めて知ったよ。なんでも『その人と初めて出会った場所で、想い人に恋文を渡すと結ばれる』だって~」
にしても恋愛成就のジンクス、ね。……くだらないな。察しは付くだろうが、雨海と出会うまで学内の人間関係が虚無だった俺は当然のように知らない。
「どうせ、誰かが作ったデタラメだろ。目的は1,2年や文化部の出し物、その客入りの活性化……ってトコか」
「えっ、どうして?」
六町は不思議そうに首をかしげた。
「想い人と『初めて出会った場所』っつーと、多分一番多いのが『教室』。次いで『部室』になると思わないか?」
「それは……確かにそうかもっ」
「ウチの学校の文化祭は昔から『3年は劇』『1,2年や文化部は出し物』が通例だ。でもって例年3年の劇は人気があって、体育館は結構ヒト入りがいい」
「だからデタラメを流して『想い人に初めて出会った場所』、つまり多くの生徒にとっては『教室』や『部室』の方にもみんなが行くよう誘導した……ってこと?」
俺の言葉をゆっくり飲み込むように、顎に指をあてて真面目に考え込む六町。……一方で。
「うーっわ……」
雨海の顔には”ドン引き”と書いてあった。
「捻くれすぎでしょ、アンタ……」
「日めくりカレンダー?」
「ひねくれ!」
ぷんすこと腹をたてた雨海は、足早に先へと行ってしまった。
雨海を追って歩みを早める六町。俺も六町に続く。
「ま、待ってよ~!」
そう言う六町の顔には戸惑いこそあれ、楽しさのようなものもあるように見えた。
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帰宅すると、リビングに明かりが点いていることに気付いた。
扉を開ける。
「……お、お帰りなさい」
中にいたのは実子だった。
「ただいま」
「……最近。なんか帰り遅いけど、何しているの?」
その表情は、どこか不安げにも見えた。心配……させてしまったのだろうか。
「……文化祭、2日目の12時半」
「えっ?」
「俺、ピアノ弾くからよ。来てくれないか?」
実子はとても驚いたような顔をした。
戸惑い、顔を背け、髪をいじくりまわす。目線こそ、こちらに合わせることは叶わなかったが……。
「……うん、分かった」
実子はそう言って頷いた。俺はほっと安堵し、荷物を置きに自室へと向かった。
……それからめまぐるしく時は過ぎて行き、俺はひたすら実行委員やピアノの練習に追われ続けた。
そして……遂に幕が上がる。
年に一度の文化祭が、始まろうとしていた。
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