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#59 獅子と虎

「戻りました」

「ただいまで~す」

「あっ、おかえり二駄木」


 本部に戻った俺を出迎えたのは雨海だった。雨海は俺と一緒に戻ってきた我孫子に近づくと、その顔をまじまじと見つめた。


「……大丈夫だった? コイツに何かされたりしなかった?」

「え? 別になんにもないですけど」

「お前はマジで俺をなんだと思ってるんだ」


 ……本当はなんとなくその真意にも、気づいているのだが。


「って、それよりも姉崎先輩は? 報告しに戻ってきたんだが」

「あたしもそう。でも、今はダンス部の視察に本庄先輩と行ってるらしくって……一緒に行かない?」

「ああ、そうするか」


 俺たちは姉崎先輩に会うべく、ダンス部の練習する体育館へと向かった。



~~~



 体育館に近付いて行くにつれて、激しめの足音が少しずつ聞こえてきた。ダンス部だろう。


 ダンス部はここ富坂高校の部活の中ではもっとも実績を持つ部である。無数の足音は全てピッタリと息が合っており、そのレベルの高さを感じさせる。


「……ん? どうしたんだい、二人とも?」


 俺たちに気付いて真っ先に振り返ったのは、本庄先輩。それから隣にいる姉崎先輩もこちらを向く。


「これ……報告です」

「わっ、もう? 早いね~!……うん、オッケー! ありがとうっ」


 姉崎先輩は嬉しそうに書類を受け取り、さっと目を通した。むしろ我孫子による色々でロスがあったくらいなのに……きっとこの人は褒め上手なんだろうな。自己肯定感が低い人でも安心!


 それから書類を小脇に挟むと、姉崎先輩はデジカメを取り出した。ダンス部の方へと近づき、練習風景にレンズを向け始めた。


「……なんか、高そうなデジカメですね。レンズでっか……」

「分かっちゃう? これは私の趣味でね、実際けっこうお値段張るヤツだよ~」


 お値段張るんだ……〇ドバシのカメラ売り場とか行くと、レンズだけで平気で5桁超えてるからビビるんよ。


「……そうだそうだ、二人にも相談なんだけどさ」

「えっ、何ですか?」


 唐突に、本庄先輩が俺たちに尋ねた。


「時に、毎年文化祭でやってる”ちょい芸”って知ってる?」

「はい。お昼の休憩時間とか、体育館が使われてない間にやってたやつですよね? 1組5分くらいで」

「あれって有志らしいっすけど、よくやるよなぁ……。去年は確か漫才とか、ギターの弾き語りとかやってましたっけ」

「そう! なんだけど……今年はちょ~っと参加人数が足りないんだよね。だから、誰か参加してくれそうな人がいないか周りに聞いてみてくれない? お礼は弾むからって!」


 本庄先輩は、両手を合わせて頭を下げた。


「足りないって……どれくらいですか?」

「最低でも、あと1枠さえ埋まれば十分かなって感じなんだけど……」

「……あの」


 ……声をあげたのは、俺だった。俺はおそるおそる、本庄先輩に尋ねる。


「ピアノ演奏って……アリですか?」

「ピアノ? 多分余裕だと思うよ。体育館の舞台袖にピアノが1台あるからね。誰か宛てでも?」

「……俺、やります」

「なるほど~二駄木君がピアノを二駄木君がピアノォっ!?」

「驚きすぎです」


 そういや俺が弾けるって知ってるのは、学校だと六町だけだったか。雨海も鳩が豆鉄砲でも食ったかのような顔をしていた。だから驚きすぎだろ。


「ふ、二駄木が……自分からそんな目立ちに行くみたいな真似するだなんて……」

「びっくりだよね……いや、いいと思う! 何か弾きたい曲とかあるの?」

「まぁ、はい。……『ビタースイート・ホーム』って曲、知ってますか?」


 その名前を聞いて、雨海が反応した。


「それって……主題歌だよね? その……」

「……ああ、『青井家の300日間』だ」


 『青井家の300日間』。かつて六町が子役として出演していた、世間で大注目を浴びたドラマだ。


「でもなんで……」

「妹が好きだったんだよ、この曲」


 俺は実子の顔を思い浮かべた。俺は慧明学園付属中で起きた事件をきっかけに、実子との仲直りのきっかけを一度は掴んだ。


 確かに一切口を利かなかった頃に比べれば前進はしたが……それでも、俺たちは未だに距離感を取りあぐねていた。


「だから……妹を文化祭に呼んで、俺のピアノを聞いてもらって……歩み寄りの一助になれば、みたいな……」


 なんだか恥ずかしいことを言ってるように思えてならなかった。ああ、やっぱ言わなかったことにしたい……。


 しかし雨海はそれを聞くと、いつになく優しい顔をした。


「……うん、いいんじゃない。やりなよ。ピアノ」

「素敵だと思うよ! 妹さんにも伝わるさ、きっと! えーっと……他に参加者が来なければ多分、二駄木君の番は2日目の昼の最後になるかな? 」

「えぇ……トリってことっすか。やだなぁ」

「あっはは! 頑張れ~!」


 そんなことを話しているうちに、姉崎先輩がこちらに戻ってきた。


「ふふっ、なんだか楽しそうだね?」

「まぁね。あと姉崎さん、ちょい芸の件だけど…… 一人見つかったよ!」

「ほんとっ!? ちょっと数が少なすぎると思ってたから、とりあえずよかった~!」

「ん? どうした、何かいいことでもあったのか? って……」


 姉崎先輩が喜んでいるところで、その後ろから声が聞こえてきた。一人の男子生徒だ。背丈は俺より少し高め。そして何よりイケメンと言って差し支えない、このさわやかフェイス……。


 その男子が視線を向けているのは……本庄先輩だった。


「……隆兄たかにぃじゃん。何しに来たんだよ」

「ああ、獅木しきか……。僕も文化祭実行委員なんだよ」


 そう言葉を返す本庄先輩の目は、冷めていた。


「隆兄って……もしかして?」

「うん。コイツの名前は本庄獅木ほんじょうしき。僕と同じ3年生で、双子の弟なんだ」

「双子……なんて、いたんですね」


 にしちゃ、雰囲気がかなり違うな。こっちは兄と違ってなんというか……軽そうな感じだ。あまり得意なタイプではない。


「っていうかソレを言うんならそっちこそ、なんでこんなとこに? ダンス部はとっくに引退したろう……」

「後輩たちの練習に付き合ってんの。……つーかさ、真衣もこっち来ないか? ちょっとくらい手伝ってくれよ~」

「ごめんっ、しきしー! 私は実行委員で忙しいから無理かな……あはは」


 姉崎先輩は獅木先輩に頭を下げ、申し訳なさそうに苦笑いした。『しきしー』……獅木先輩のあだ名か? にしても、これってつまり……。


「……もしかして、姉崎先輩ってダンス部だったんすか?」

「え、知らなかったの……?」

「ああ。何か問題でも?」

「アンタの学内のことへの興味のなさは問題かも」


 今日も雨海はそこそこの辛辣さ。この程よい感じがいいですねぇ。


 しかし、そんな有名だったのか……まぁ確かに。姉崎先輩はスタイルいいし、美人だし、それでいて生徒会長なんてそりゃ有名人なのは分かるが……そこまで言うほどか。


 それから、話もほどほどに俺たちは体育館を切り上げた。


 取り敢えず今日のタスクはこれにて完遂。しかし実行委員長である姉崎先輩は、まだやることがあるらしい。足早に俺たちを追い抜いて、先に戻っていった。


「……本庄先輩、なんか雰囲気が違いましたね」

「えっ? 何が?」

「さっき、獅木先輩に会ったときですよ。なんか冷たかったというか……」

「……分かる?」


 体育館から戻る道の途中、将棋部の3人で並んで歩く。俺はあの、双子の弟とかいう男子生徒のことを聞き出そうとした。


「いや~、アイツとは昔っからソリが合わないんだよー! 困った困った!」

「……」


 しかし、この人が多くを語ることはなかった。

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