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#58 孤高なる錬金術師

「……とりあえず、文芸部はこれでよしと。次は……化学部だな」


 あれからなんやかんやあり、俺は校内を歩き回っていた。各部活との書類の確認作業のためだ。


「いやいやセンパイ、見間違えてますよ! 次は将棋部です」

「いやいや、これでいいんだよ。将棋部の顧問はいつも大体部室にはいないからな」


 俺の横を歩いているのは、錬金術師アルケミスト深淵アビスこと我孫子里美あびこさとみ。クラスは1年B組らしい。俺のことをセンパイと呼んでいるのはそういうことだ。


 俺は将棋部を一旦飛ばして、その更に次の目的地である化学室へと向かった。階段を上り、化学室がある3階へ。廊下を歩き、立ち止まる。


 ガラガラ…と扉が音をたてた。


「失礼します」

「うん?……なんだ君か。どうした? また雨海に部室を追い出されでもしたか?」

「俺は雨海に部室を追い出されたことなんてないはずですけどね」


 化学室に入ってすぐ正面、黒板の前で椅子に腰かける女性がそこにいた。それは今朝も見た……というか、4月からほぼ毎朝見ている顔だ。


「ってそうじゃなくてぇ……今日は文化祭実行委員として来たんですよ、古河先生」


 我らが2年B組の担任、古河陽子。化学教師らしく白衣に身を包み、その下はスーツ姿だ。スーツとは言ってもボタンは外しまくりだし、かなり着崩している。とてもじゃないが、若手の教師の素行には見えない。


「あぁ、なるほど。しかし生憎だが……化学部の顧問は今日、席を外していてね」

「分かりました。じゃあ、将棋部の方をお願いします」


 俺はさっき一旦飛ばした将棋部の書類を古河先生に渡した。


「……ってちょいちょい! 待ってくださいよセンパイ、どういうことですか??」

「どういうことって……どういうこと?」

「この人、将棋部の顧問なんですか?」

「あぁ……富坂高校にはあともう一人化学の教師がいるが、化学部の顧問はそっちなんだよ。この人は将棋部の顧問だ」


 化学の教師といえば確かに、化学部の顧問をやっていそうなイメージである。将棋部の顧問ってのもやや奇妙な話だとは思う。


 とりあえず化学部はまた後日として、将棋部の書類確認を済ませてしまおう。俺が将棋部を一旦飛ばしたのも、きっとこの人は化学室にいるんじゃないかと思ったからだ。


「……書類に不備はなさそうだね。あとそうだ、二駄木」

「はい?」

「向こうに置いてあるプリントを一枚取ってきてくれ」

「はぁ、分かりました」


 古河先生の指さす先には、確かにプリントの束が平積みになっていた。風で飛ばされないようにするためか、ダンベルが乗っかっている。俺はそこから一枚とった。


「ありがとう。あともう一つ、そこのロッカーの中から私の鞄を取ってきてくれ。番号は0627だ」

「はぁ……そうですか」


 俺から受け取った紙の裏面にメモを取り始めた古河先生は、ロッカーを指さして言った。


 見たところ、ロッカー自体は鍵付きのモノではないが……その取っ手にはなぜか、ダイヤル式のリング錠が通されていた。自転車とかによく付けるヤツな。言われたとおりに番号を入力すると、確かに鍵は開いた


「ってか、いいんですか? 俺に鍵の番号バレちゃいますけど……」

「気にする必要はない。化学部員や本庄にも既にバラしてあるからな」


 鍵の意味とは……?


 俺は取りだした鞄を古河先生の近くに置いた。


「ありがとう。あともう一つ……干してある白衣を取り込んでくれ」

「もしかしなくてもパシられてますよね俺? それくらいは自分でやってくださいよ……」

「本庄はいつも口答えせずやってくれるぞ」

「おいたわしや本庄先輩……」


 この人どんどんつけ上がってくるじゃ~ん……。こういう手合いにははっきりとノーを突き付けてやるのが”礼儀”ってもんだ。


 まぁ一応、窓の方を見ると、確かにそこでは白衣が何着か干されていた……のだが。


「なんなんすか、このワイヤー。にしても、あのダンベルとか自転車の鍵とか、なんでこんなモノが化学室に……」


 ワイヤーは化学室の端から端へと、教室の窓枠に結び付けられていた。そのワイヤーを物干し竿代わりにして、白衣は干されていたのであった。


「ああ、それらは全て廃品倉庫から持ってきてるのだよ」

「廃品倉庫、ですか?」

「廃品倉庫は校舎裏にあるんだけどね。その名の通り、学内でいらなくなったモノ……特にこういう捨てるのが面倒なのが出た際に、ソレを集める場所なのさ」


 つまり、重し代わりのダンベルも、ロッカーの鍵代わりの自転車の鍵も、物干し竿代わりのワイヤーも、全てそこから持ってきたジャンク品ってワケか。


 雑談もそこそこに、ここでの俺の用はもう終わった。リストを見るに……次で最後か。


「最後は……『アルケミー研究会』?」


 俺がその名を呟いた瞬間、さっきまで蚊帳の外だった我孫子が額に手を当て、決めポーズを取り出した。


「ふふふ……遂にッ! 辿り着きましたねぇー!」

「辿り着いたって、何にだよ……」


 不敵に笑う我孫子。急になんなんだ?


「何を隠そうっ! この私こそがアルケミー研究会の部長なのですから!」


 アルケミー……だと!?


・・・

『そうっ! 私こそは……稀代の錬金術師アルケミスト深淵アビス・サトミッ!』

・・・


「さっきの『錬金術師』って、まさか……ッ!」

「ふふっ、分かってきたじゃありませんか……恐れおののけ~っ! 我こそは……」

「まさか……お前並みに頭がおかしい部員が他にも!?」

「頭おかしいとかゆーなぁ!」


 我孫子は頬を膨れさせて怒った。……しかし、なまじっか顔面が可愛らしいからだろうか。こちらとしては正直何も怖くない。


 しかし怒ったかと思えば今度はトーンダウンし、しゅん…となった。だから急になんなんだよ。その熱量の差で発電とかできそうだな。


「部員……部員は……いないのです……」

「いない……? でもリストに名前があるってことは、部としては認められてるってことだよな?」

「正確には、4月はまだ部員がいたのです。アルケミー研究会は私が立ち上げた部で、何人か応じてくれた男子がいたんですけど……いつの間にか全員幽霊部員になってしまって……」

「は、はぁ」


 多分、顔面に釣られてホイホイ承諾してしまったんだろうな。しかし一人残らず逃げ出すレベルとか、こいつが如何に頭おかしいかが分かるな……。


「つーか。部員集めもそうだが、よく顧問を用意できたよな」

「それは~……ふふふっ! まだ気が付いていないみたいですねっ?」


 我孫子は更に一転して、いじわるそうな顔で言った。


「もしかして顧問って……古河先生か?」

「おっ、流石だな二駄木」

「えぇ……マジですか……」


 この人も大概いい加減な人だと思ってたが、まさかこんな得体のしれない部の顧問も兼任していたとは……。


「ちょーっと待ってくださいよ! 気付くの早すぎないですか!? 私はもうちょっと悩んでるセンパイを見て優越感に浸っていたかったんですけど~!!」

「めんどくさ……つーか『まだ気が付いてない』なんて言い回しをされれば、なんとなくこの場にいる人間なんだろうなとは思うだろ」

「た、たしかに……!」


 なんでそこで感心しちゃうんだ。愉快な奴だなぁ。


 ……しかし、今になって覚えば。


・・・

『……ってちょいちょい! 待ってくださいよセンパイ、どういうことですか??』

『この人、将棋部の顧問なんですか?』

・・・


 あれは『化学の教師が、化学部ではなく将棋部の顧問をやっている』ことに対する驚きではなく、『アルケミー研究会の顧問のはずなのに?』という驚きだったんだろう。


 とにかく、俺たちは古河先生にアルケミー研究会の書類にも目を通してもらった。


「……問題はなさそうだな。実行委員の仕事、頑張りたまえ」

「ありがとうございます。……んじゃさっさと報告に戻るぞ、我孫子」

「はいは~い」


 俺たちは化学室を去り、実行委員の本部へと戻ることにした。

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