#57 そして夏が明け、新たに始まる
夏休みが明けた。
九月一日。
「……あっ、おはよう!」
それは、数日振りに見た顔だった。
「六町、おはよう」
「二駄木くん……この前会って以来だけど、あれから大丈夫だった?」
「ああ、あれか。全然大丈夫だ。心配には及ばん」
六町は心配そうに俺を見つめていた。あの日、六町の前で体調を崩してから1週間ほど経った。嘘とかではなく翌日には快復したのだが、なんだか人に会う気がしばらくしなかったのだ。
「そっか、なら良かった。そういえば……今日から本格的に始まるね、文化祭準備!」
その通り、今月は文化祭がある。本番まであと3週間余り、それに向けて色々と準備を進めていくことになる。
俺たち2年B組の出し物は『お化け屋敷』、まぁよくあるヤツだな。六町とそんなことを話しながら、俺たちは教室へと向かった。
ほどなくして、朝のHRが始まる。
「あ~、久しぶりだ諸君。元気してたか?」
新学期の一日目に似つかわしくない、覇気のない声が聞こえてくる。
声の主は我らが2年B組の担任、古河陽子。化学担当、20代後半のダウナー系女教師だ。
「今日から君らは文化祭準備だな。4月に文化祭実行委員を決めたと思うが……今日の放課後、会議室で集まりがあるらしい。実行委員は出向くように。以上」
この学校では4月のうちに、委員会だけでなく体育祭・文化祭の実行委員、あと生徒会総選挙の際に働く選挙管理委員などを全て決める。ちなみに俺は選挙管理委員だ。
理由は、選挙期間しか仕事がないしラクそうだったから……というか実際ラクなのである。1年の頃にやってみて、結果その味を占めて今年も……というワケだ。
「……ああ、そうだ。伝え忘れてたな。二駄木」
話を終え、教室を去ろうとした古河先生が振り返った。呼んだのは……俺の名前。不吉な予感がした。
「選挙管理委員なんだが……『仕事があまりに楽すぎる』という声が以前からあってな。今年から文化祭実行委員の仕事もすることになったから、そのつもりで。よろしく頼むよ」
……はい?
~~~
放課後。
楽だと思ってた選挙管理委員が、突如として面倒なことになった。
同じB組の実行委員はほとんど話したことがないが、まぁコミュニケーションは必要になってからとればいいか……などと考えながら、渋々俺は会議室へと向かっていた。……着いた。
ガラガラと音をたてて、扉を開く。
「……あれっ、二駄木じゃん」
「おお~っ!」
そこには見知った顔があった。
「雨海、それに本庄先輩も。もしかして……」
「うん、文化祭実行委員だよ! それにしても意外だね~、まさか二駄木君が来るとは」
「いや。実は俺、選挙管理委員で……」
「あっはは! 災難だったね~」
本庄先輩はカラっと笑った。そんなことを話している間にも、教室には次々と実行委員が集まってきている。
そんな中……ひと際目立つ女子が一人、中に入ってきた。
「……あっ、本庄くん!」
女子生徒は長いストレートの茶髪を揺らし、その美しい容貌を振りまいていた。背は女子としては高めか。俺と大体同じくらいだ。
「えぇっ、姉崎さんも実行委員に!? 大丈夫かい……?」
「ふふっ。それを言うなら本庄くんの方こそ、でしょ」
「あっはは! それはそうだね!」
何やら親しげだが……どういう関係なんだ?
「ほんとですよ! 本庄先輩、受験生で生徒会で……しかも文化祭実行委員までやるとかっ!」
「仕方ないじゃ~ん、誰もやりたがらないんだし」
「私は推薦が決まってるからいいけど……心配だなぁ」
……ん?
「えっと……生徒会? え?」
「あれ、二駄木君には言ってなかったっけ? 僕、生徒会副会長なんだよ」
「そして知っての通り、私が会長! 3年C組、姉崎真衣です。よろしく!」
え、えぇ~……。
「……雨海は知ってたのか?」
「当たり前でしょ。まぁ確かに、二駄木は将棋部入ったの2月だけど……でも普通副会長くらい知ってるでしょ、選挙管理委員だったんなら!」
「返す言葉もございません……」
よっぽど興味なかったんだな~俺。
そんな話をしているうちに、どうやら人が集まったらしい。
「はいはい~全員そろったみたいなので始めま~す! 適当な場所に座って~」
先生が声を上げ、俺たちは近くの席に着いた。
こうして遂に、文化祭実行委員は始まったのであった。
~~~
「……とこんな感じで、これからお仕事を進めて行きたいと思います。それじゃあみんな、これからよろしくね!」
初日にまずやることと言えば、役職決め。特に、場を仕切る”実行委員長”は普通真っ先に決めることとなるだろう。そんな役目に名乗りを上げたのが……姉崎先輩だった。
姉崎真衣。雨海によれば……その容貌、スタイルの良さ、文武両道っぷりから学内ではかなりの有名人らしい。いや、俺は知らんかったけど……。
姉崎先輩はそれからバリバリとやるべきタスクをまとめ上げ、当面の仕事を割り振り始めた。きっと生徒会でもこんな調子だったのだろう。素直にすごいと思った。
「それで次は……本庄くんの後輩くん!」
そんな中、やはり俺にも仕事が振られてしまったらしい。
「……俺ですか?」
「うんうん! この書類を渡すから、君はこれからリストにある部活動を訪ねて、間違いがないか確認してきてくれる?」
「はい、分かりました。……けっこう量ありますね」
「だよね~。だから誰かもう一人……キミっ、手空いてるかな?」
姉崎先輩は近くの暇そうな女子生徒に声を掛けた。
「……ええ、いいでしょう」
ククク……と笑いながら、女子生徒はこちらを向いた。ちなみにマジで「ククク」って発音してるからね。嘘だろ。
「あのー。ところでお前、名前は……」
「なるほどなるほど、やっぱり気になりますかぁー! ならば名乗ってさしあげましょうっ!」
紫がかった髪色に、ツインテール。顔こそ可愛らしいものの、全身からただならぬ”残念”オーラが出ている……。
「そうっ! 私こそは……稀代の錬金術師、深淵・サトミッ!」
「サトミ……たしかに名簿で見たねっ。我孫子里美さん、で合ってるかな?」
「なぬっ!?」
その女子生徒は面食らった顔をした。つーかもう実行委員たちの名前を覚えてるのかこの人。すごい記憶力だ。
……にしても。
「またヤッバイの来ちゃったなぁ……」
「そこっ! 聞こえてますからねぇ~!」
我孫子里美というその少女は、額に手のひらを当てる決めポーズをとりながら声を上げたのであった……。
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