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#56 お釣りをお忘れですよ

前置くと、今回は普段の倍くらい文量があります(区切りがどうしても悪く、こうなってしまいました)。

一応、ご留意下さい。

「メロンパフェ、パインパフェ、それからカップルセットの紅茶でございます」


 カートを引いてきた店員はパフェとティーセットをテーブルに置き、それからカップに紅茶を注いだ。


「どうぞ、ごゆっくり」


 ニッコリと笑みを浮かべながらそう言うと、店員は去っていった。きっとあの店員はカップル客を見る度にこうなのだろうな。


 六町はスマホでパフェや紅茶の写真を撮り、それから食べ始めた。


「おいしい~!」


 一口食べた瞬間、六町は満足気に顔をほころばせた。見ている側としてもどこか満足感のある画だった。


「ところで二駄木くん、せっかくここまで来たなら他に寄りたい場所はない?」

「いや……今日はないな。本屋に行こうとも思ったけど、東野吾郎の新刊いつだったっけな~って確認したら来週だったし」

「えぇっと、有名なミステリ作家だっけ? あっ、ミステリと言えば……」


 二人でそんな話をしていると、六町は急に何か思い出したかのような顔をした。


「二駄木くん、私さ……最近推理を聞いてない気がするよ」

「……は?」

「慧明付属中のときは肝心なところで蚊帳の外だったし、あれから謎らしい謎も見てないし」

「平和なことはいいことだな」

「物足りないよ~!」


 まぁ確かに。最後にそれらしいことをしたのは花火大会のときで、そのときも六町はいなかったからな。


 六町はたちまち不満げな顔をしたが……それから、何か思いついたかのように手を叩いて言った。


「じゃあさ、ゲームしよっか」

「ゲーム?」

「うん。ある出来事からスタートして、なんか面白い推理してみてよ! 別に合ってる必要はないからさ」

「無茶苦茶だな……酒の席で上司に言われると嫌なやつだろソレ」


 未成年だから知らんけど。


 そんな俺の憂鬱をよそに、六町は目を輝かせてこちらを見つめている。


「……はぁ。で、『ある出来事』ってなんだ?」

「それは……あっ、じゃあさっきレジで注文したとき、私たちの直前に会計してた人の会話とかどう?」

「いやどうって言われても……つーか、よくそんなの覚えてるな」


 さっき俺たちの直前にレジにいた人……たしか女性だったな。一人客で、持ち物はごく小さなハンドバッグ一つ。それ以外は覚えていない。


「ちょっと待ってね……はいっ、文字起こししたよ」


 六町はスマホをポチポチさせるとそれを俺に見せた。



『……4128円でございます。お支払い方法はどちらでしょうか?』

『現金でお願いします。あとこの駐車券、お願いできますか?』

『はい……5時間無料ですね。それとこちらお品物と……5900円のお返し……お客様っ、お釣りをお忘れですよ!』



「あはは、ごめん。途中からしか覚えてなかったや」

「まぁ別にいいけどよ。けど……なるほどな」


 おそらく六町としては特に何も考えず、さっきの女性客を出してきたのだろう。しかし、これらのセリフには奇遇にも、既に違和感が生じている。


「まずは言葉の意味をはっきりさせておくか。『駐車券』、これはこの商業施設の地下駐車場で発券される駐車券で間違いないだろう」

「たしか、ここに入ってるお店で買い物したり、飲食店を利用すると何時間か無料になるんだよね。2000円使うごとに1時間無料だっけ?」

「そうだ。この駐車料金を無料にする手続きは全店舗でできるはずから、女性客の発言もそういうことだったんだろう」


 とりあえず、これで必要な情報はそろったな。じゃあまず”最初の違和感”について考えてみるとするか。


「今お前が書き起こした3つの台詞だが、これは明らかに女性客と店員の会話だな」

「うん。……自分で言うのもなんだけど、すごい普通の会話だね。やっぱり相当ムチャブリなような……」

「これらの台詞でまず違和感があるのは……ここだ」


 『お支払い方法はどちらでしょうか?』


「このあと女性は『現金で』と答えてるよな。……でもそれ、少し変なんだよ」

「変って……なんで?」

「現金で払おうとしている人間に、本来こんな質問をする必要はないからだ。例えば、客が1枚で複数の決済方法を選択できるタイプのカードを出したとかならまだ分かる。質問の返答によってレジの操作が変わるからな。でも現金はそうじゃない。現金を出されたら決済方法は現金以外ありえないのだから、無意味な質問だ」

「でも、じゃあなんで店員さんはそんな質問をしたんだろう?」


 その通り。グダグダと語ったが、しかし実際のところ女性客は店員に質問をされている。現金で支払うつもりだったのにも関わらずだ。


「もしかしたら女性客はそのとき、スマホを手に持っていたのかもしれない」

「えっ、スマホ?」

「ああ。スマホを用いた決済方法ってかなり多いだろ? で、その種類によってレジ操作も変わってくる。だから決済方法を聞く必要が出てくる。カードを店員に見せておきながら、それで支払わないってのは不自然だが……スマホで決済するつもりはなかったけれど、レジ前でいじってたら誤解されたというのはあり得る話だ」


 六町は俺の言葉を聞き、感心していた。


「す、すごい……正直だいぶ無茶なお願いのつもりだったのに、まさかスマホを持ってたなんてことが分かるなんて……!」

「まぁ、なんでレジ前でスマホを手に持ってたのかはまだ分からないけどな」


 会計中にまでスマホね……現代人の悪いトコ出てるなぁ。


「……それに、よくよく考えると他にも引っ掛かるとこがあるな」

「引っ掛かるところって?」

「ここだよ」


 『はい……5時間無料ですね』


「ここから分かることは二つだ。一つ目は、女性客は帰ろうとしているということ。二つ目は、女性客が今日買い物した大体の金額」

「金額?」

「2000円使うごとに1時間分の駐車料金が無料……つまりこの女性客が今日ここで使った合計額は1万円以上、1万2000円未満ってことだ」

「それは分かるけど……だからどーしたの?」

「あの女性客、荷物らしい荷物はなかったよな? せいぜい小さなハンドバッグくらいで」

「うん」

「そんで、買ったケーキは4128円……これだけじゃ5時間も無料にはならない。十中八九、他の店でも買い物をしたんだろうが……」


 であれば、他の店で買ったモノはどこに? あのサイズのバッグに入る量などたかが知れてる。あとの約5800円~7800円分、買ったモノはどこにやったのか……いや、もしかすると……。


「……おそらく女性客には他に”連れ”がいたんだ。で、その”連れ”が他の荷物を持ったんだろう」


 一応モノが残らない”飲食店を利用した”という可能性も考えはしたが、それでも女性一人で飲食店に5000円以上も使うのは難しいだろう。いずれにせよ”連れ”がいたと考えるのが自然だ。


「でも……だったらその”連れ”の人は、なんで一緒じゃなかったのかな?」

「……そうなんだよなぁ」


 六町の言う通り、女性客は一人だった。連れの人間と買い物に来たのなら、一緒に回るのが普通だろう。


 ……そのとき、俺はひとつの可能性に思い当たった。


 これまでの俺の考えともなんだか合致するし、これは”もしかする”かもしれないぞ。少なくとも……これはゲームであり、六町にとって面白ければ当たってなくてもいいという観点では十分なんじゃないか。


「……あの女性客、もしかしたらサプライズでケーキを買ったんじゃないか?」

「サプライズ……あっ、だから連れの人を先に車へ戻らせたってこと?」


 六町の返答は概ね想定通り。だが、これで終わりではない。


「けどな、この店はサプライズにしてはちょっと有名すぎる。俺でも名前を聞いたことくらいはある超有名店だ。買ったケーキを持ち帰るための紙袋には店名が書かれてるし、そのせいでサプライズは成立しにくい」

「えぇ~……。じゃあ結局どっちなの? 二駄木くん」


 口をとがらせ、ジト目で見つめてくる六町。そしてそんな様子をよそに、パインパフェに口をつける俺。うめぇ~。


「……だが、もしその相手が『子供』だったら? ケーキ屋の名前なんて知らなくても不思議じゃないし、サプライズとして成立し得る。そして、さっきから言う”連れ”ってのは、よくよく考えてみれば()()()()()()()()()()

「あっ! それってもしかして!」

「ここまで来たら”連れ”なんて呼ぶ必要はないだろうな。女性客がサプライズの対象としていたのは子供。そしてその子供と一緒に、先に荷物を持って車に向かったのは女性客の夫だ。」


 当然、その子供は二人の間の子供と考えるのが自然だろう。ここで買っていたケーキは誕生日ケーキか何かだろうか。


「更に、こう考えると最初の女性の素行にも説明をつけることができるんだ」

「最初の女性の素行……レジ前でスマホをいじってたって話?」

「そうだ」


 ここで重要になる文言は……ここだ。


 『5900円のお返し……お客様っ、お釣りをお忘れですよ!』


「会計は4128円で、お釣りは5900円……つまり女性は現金で、10028円出したってことになる」

「余計に28円出すことで、お釣りの細かい小銭を減らしてるってことだよね。みんなよくやるやつ」

「ああ。だが女性客はそんなことをする割に、お釣りを受け取り忘れている」

「うーん、急いでたのかな……?」


 六町はさらっとクリティカルな説を口にした。話が早くて助かるな~。


「俺もそう思った。だがあの女性客はお前も言った通り、小銭を減らそうとわざわざ28円だす程度に、()()()()()()()()わけだ」

「あれっ……? 最初はそれだけ悠長だったのに、会計が終わってからはお釣りを忘れるほど急いでた……なんだか変だね」

「ああ。だから多分、その間に女性客を急かせるような何かがあったんだ。そしておそらく……それは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 あの女性客は会計中にスマホを手に持っていたという推理を最初にした。女性客はそのとき、お釣りを忘れるほど急かされるような”何か”をスマホで見たのではないか。


 じゃあ、その”何か”とはなんだったのか。


「スマホってことなら……何か通知とかメッセージを見たんじゃないかな? その内容が急かされるようなものだったとか」

「今日は日曜日で、こんなところに買い物しに来てる感じからも今日が女性客にとって休日だったのは間違いない。なら少なくとも仕事の連絡ではないな」


 ない……ないよね? とりあえず、女性客の勤め先が労働基準法無視の職場である可能性はなんだか悲しくなってくるので考慮しないことにしよう。


「さらに言うと、それは緊急性のある内容だったんだろう。それも、レジ前で見て()()()()()()()()()()()()案件。となると……」


 ここまで推理してきた事柄を総合したうえで、妥当性の高い仮説……。


「……『子供が迷子になった』という旨の、夫からの連絡だったんじゃないか?」


 これが最終結論だ。


 女性客は夫と子供、少なくとも3人以上でショッピングに来た。その帰り際、女性客は子供に内緒でサプライズにケーキを買おうとし、夫は先に子供を連れて車へ戻った。


 しかしその途中で、子供が父親からはぐれてしまった。夫はそれに気づくと妻に連絡をした。その連絡が女性客に届いたのが、ちょうどレジでの会計中。


 子供が迷子になったと知った女性客は慌てて子供を探しに行こうとし、その焦りでお釣りを受け取り忘れた。


 俺はまとめの推論を六町に聞かせた。


「子供が迷子、かぁ……。まさか会計中のセリフから、そんなことが分かっちゃうなんて!」


 六町は満足げに笑った。


「言っとくが、これがただのゲームだって言ったのは六町の方だからな? 現実にこれが正しいって保証はないぞ」

「分かってるよ~。……ところで私たち、なんでこんなことをしてたんだっけ?」

「見立てが偶然当たることなんて、なんら珍しくなんてないって主張するためじゃねぇかな」


 そのとき、建物全体に突如『ピンポンパンポーン』という音が鳴り響いた。館内放送だ。店内のほうにもうっすらと聞こえてくる。


『本日も……にお越しいただきまして、誠にありがとうございます。

 ご来店中のお客様に迷子のお知らせです。

 ……を着た……歳のお子様がお連れ様をお待ちです。

 お心当たりのお客様は、3階インフォメーションカウンターへお越しくださいませ』


「……これって、もしかして!?」

「さぁ、どうだろうな」


 これはゲームだ。当たってようがいまいが、どうでもいい話。


 思えば俺の口はベラベラと喋るばかりで、あまりパフェを堪能できていなかった。俺は甘味に舌鼓をを打ちつつ、それから六町とたわいもない話をしているのだった。



~~~



 それからしばらくケーキ屋のカフェで過ごし、帰り際におつかいを頼まれていた限定のケーキを買って、俺たちは店を後にした。


「六町は他に寄りたいトコないのか?」

「ううん。……あっ、でもちょっと待って」


 六町はすぐ前方のエレベーターに近づいた。こちらへ振り向き、小さく手招きする。


「せっかくだから、あっちの方に寄ってきたいな」

「……あ、ああ。分かった」


 エレベーターに乗り、4階に上がる。きっと六町が言っているのは……あそこだ。


「う~ん、やっぱり気持ちいいね……!」


 建物4階にある、屋上テラス。やっぱり……ここだったか。気分良さそうに体を伸ばす六町。目をつむり……しばらくすると目を開けて、こちらを振り返った。


「……夏休みも、残り短いね」

「ま、確かに。もうそんな時期だよな」


 六町は遠い目をして空を見つめ、呟いた。


「海に行ったり、温泉に行ったり……こうして二駄木くんとお出かけしたり。他にも語りきれないことが色々……楽しかったなぁ」


 そう言う彼女の笑顔は、見ていて心が洗われるような気さえする。俺も、去年の夏はバイトと勉強くらいしかしてなかったが……今年は違った。新たな人間関係ができて、そして色々な思い出ができた。


「……よかったよ、俺も。今年の夏は」


 思いのタケが、不意に零れた。そんな俺の言葉を聞いて、六町は柔和な微笑みを浮かべる。


「……聞いてる私の方も、なんだか嬉しくなっちゃった」

「なんだよそれ……。いや、まぁこれも六町のおかげって面はあると思うし、感謝はしてる」

「ほ、ほんとっ!?」


 六町は食い気味に寄ってきた。その顔に見えるのは喜びと……安堵だろうか。


「『嫌なことがあったなら、気にならないようにしてあげたい。もらってばっかりだから、何か返したい』……当然それだけじゃないくて、なにより私がそうしたいから君と一緒にいたワケだけど……やっぱり嬉しいよ」


 ……恋愛なんて、ロクなことがない。そう言った俺を、六町が案じていたのを思い出した。


 恩返しなどいらないと言っても、構わず俺に関わってくれた六町。そんな彼女の笑みに目を向ける俺は……。


「……ッ!」


 ……足が竦んだ。


「えっ……ど、どうしたの二駄木くんっ!?」


 不意に、掘り起こされる記憶。

・・・

『俺……俺っ! なっちゃんのことが……好きだ!』

・・・

「あ、あぁ……ッ!」


 俺は膝をついた。


 それから六町に助け起こされ、六町の家へと戻った。彼女は俺の体調を心配しているようだった。


 休んでいくかと聞かれたが、お構いなしに俺は自転車を押して自宅に帰った。




 ……以降、夏休みが終わるまで誰かと会うことはなかった。

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