#53 温泉回
「ここらで一回、休憩にするか」
先ほど敷いたシートに戻る。持ってきた傘で日差しを遮りつつ、俺は写真を確認した。
後から六町と雨海も画面を覗き込んできた。
「二駄木はどう思ってる? これ」
「いいんじゃないか。ま、モデルが良かったからな」
「そ、そう……。そんなに良かった……?」
「えへへ、ありがとっ。 ……でもね、写真ってモデルだけでつくるモノじゃないんだよ?」
そう言って六町は俺の顔を見つめ、優しく微笑んだ。……日差しが、暑いな。
「まぁ、そうだよな。才能あるんじゃない? カメラマンの方も」
「バカ言え」
そう軽口を叩きながらも指を動かす。ひとまず撮った分を東金へ送信…… 一瞬で既読がついた。切羽詰まってるな~、まぁ締め切り明日までだもんな。
それから帰ってきた返事は、一枚の画像だけだった。
『満足したぜ……』
お前ここ1年でアニメ・漫画に興味持ったって絶対嘘だろ。普段インターネッツのどんな文化圏に身を置いてるんだよ。
「というわけで、東金は満足したそうだ。これで絵の製作に取り掛かれるだろう」
「よかったよかった!」
「まぁ、今から描き始めて明日の締め切りに間に合うかは知らないけど……」
「……」
「……」
「ごめんって!」
お話が暗いよ~。お空はあんなに明るいのに……。
「で、でも……ここって意外と風が涼しくて気持ちいよね! せっかく海に来たんだし……もうちょっとここにいたいかも」
「うん、あたしもっ」
そう言って、二人は再び海へと駆け出した。俺はそれを追いかけることはしなかった。シートに座り込んで、傘を片手に彼女らの戯れを眺める。
しかし、しばらく経ってから……それは起こった。
「きゃっ!?」
六町が転び、尻もちをついた。それだけならよかったのだが……。
「あっ……」
タイミング悪く、波が押し寄せてきた。
「うわぁっ!?」
「おいおい、大丈夫かっ?」
俺は六町が置いて行ったタオルを手に取って駆け寄った。
「や、やっちゃった~……あはは」
「だ、大丈夫かよ? あたしの着替え、使う?」
「大丈夫っ! 私も一応持って来てる……けど……。ここ、着替えられる場所がないよね……」
六町は立ち上がり、スカートを絞りながら言った。その通り。ここは小さい海岸で、いわゆる海の家も、着替える場所もない。どうしようか……と思った矢先。
ブブッ……とスマホが振動した。……東金からだ。
送られてきたのはリンクだった。中身は……。
「……温泉宿?」
東金から送られてきたリンクは、とある温泉宿のHPにつながっていた。場所は……ここから歩きで十分行けそうだ。
六町と雨海もスマホの画面を覗き込んできた。
「え、近くに温泉なんてあるんだ!? せっかくだし、行ってみたい……」
「切り替え早っ! でもまぁ、あたしも興味ないことはないけどさ」
かくして俺たちは、予定外の温泉宿を目指すこととなった。つーか東金の奴、タイミングよすぎだろ。何? 覗かれてる? スマホにもアルミホイル巻かなきゃ……!
~~~
カコーン(桶の音が響く)
「ふぅ……」
熱い湯の中、ごつごつとした岩に背中を預け、息を深く吐き出す。
俺たちはあれから温泉宿に移動し、部屋に荷物を置いて早速温泉に入ることにした。幸い一つの客室に複数の部屋があったため、二部屋取らなくてもなんとか大丈夫そうで助かった。お財布的に。
今入っているのは、露天風呂。外はまだまだ明るく、見上げれば澄んだ青空が広がっている。今の中途半端な時間帯はかなり空いているようだ。
「……」
こうして目を閉じ、耳を澄ますと、普段は拾わないような様々な音に意識が向けられる。流れる湯の水音、風に靡く草木の音、夏を感じさせる蝉の鳴き声。そして……。
「っていうか……デカくない!?」
「愛依ちゃん!?」
……そして、女湯からかすかに聞こえてくる声。いやいやこれは風情とかいう話じゃないだろ。
「琴葉ってめっちゃ着痩せしてたんだな……ふかふかだぁ」
ふかふかなんだ……。
「いや……でも私よりおっきい人なんて、いくらでも……」
「うぐっ! それに比べてあたしは、なんてちっぽけな……うぅ」
小さくすすり泣くような音が聞こえた気がした。いや、壁越しだから全部聞き間違いかもしれないんだけども。しかしながら俺は耐えかねて、露天風呂から屋内に戻ってしまった。
それから別の風呂に入ったり、サウナに入ってみたり、そこそこリラックスしたところで風呂場を出た。館内着の浴衣に着替えようとも思ったのだが、なんとなく億劫に思えてしまった。結局、元の洋服に着替えることにした。
「……コーヒー牛乳か、フルーツ牛乳か、それが問題だ」
着替えを終え、更衣室を出てすぐそばには自販機があった。
しばし迷った挙句、選ばれたのはイチゴ牛乳でした……。二者択一ってどっちを選んでも後悔しがちよな~。内心独り言ちつつ、俺はイチゴ牛乳をぐびっといった。
そんなことをしていると、女湯の暖簾をくぐって出てくる人影に気づいた。六町と雨海だ。
「二駄木くんっ。……待たせちゃったかな?」
「いや……全然」
二人は館内着の浴衣を着た姿だった。
俺に声をかけた六町は、普段のおさげを解いてストレートになっていた。飾りっけのない髪型だが、それ故に髪の美しさが際立つ。
雨海の浴衣は花火大会に続き二度目だが、華やかだったあの時とはまた違った魅力があった。風呂上り独特の艶っぽさは、普段の雨海とのギャップでドキリとさせられる。
「……取り敢えず、部屋に戻るか」
それは見惚れそうになるほどに、どうしようもなく……綺麗だった。
~~~
それから……食事処で甘味を頂いたり、家族や東金への土産なんかを買ったり、まぁ色々とあった。
とはいえ、ここから東京へ帰ろうとすると3時間ほどかかる。あまり遅くなるのも女子的にはよろしくないだろうし、バスの都合もある。俺たちは少し早めに宿を後にした。
「今日はまぁ、お疲れさん」
「どーも。まぁ、でも楽しかったよ。海にも行けたし、あと温泉にもな」
「そうだね~。夏らしいことができて私もよかった!」
俺たちは今、バス停へ戻るべく歩いていた。周りの景色を改めて見ると、来たときと比べて日が傾いているのが分かる。
「夏らしいこと……か。去年はアルバイトと勉強しかしてなかったな。夏休みに誰かとお出かけなんて、3年ぶりだ」
「えっ、むしろ中学生の頃には一緒に行く人いたんだ……」
「メチャクチャ失礼なこと言うよなお前」
……自分から話題に出しておいてなんだが、やっぱり思い出して気分のいいことではないな。
「……さっさと行くぞ。ちょっとバスの時間微妙だしな」
歩みを早めた。本来ここれだけ早めに出発していれば、正直バスの一本程度逃したって平気だったはずだ。でも、そうしなかったのは……何故だろう?
「ちょ、ちょっと……坂道は手加減してぇ…!」
「あ、ああ。すまんすまん」
俺はそんなわだかまりを抱えながら、まるで何でもないように取り繕う。もう慣れたことだ。
それはまだ、夕日というにはまだ高い日の下で。
かくして俺は……今日も欺瞞した。
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