#52 渚と制服と
前置くと、第十二話は例外的にミステリ要素なしでお送り致します。
全3節と短いですが、気楽にラブコメ回をお楽しみください。
花火大会から時は飛んで数週間。
8月、夏休み真っ盛りだが……思いの外、高校へ行く機会というのはある。
一つ目の理由、夏期講習。学校内で自由参加の夏期講習が行われる。俺もいくつか受けるため、夏休みではあるがこうして登校している。
二つ目の理由、文化祭の準備。正式には2学期が始まってから準備開始なのだが、それだと時間が微妙に足りない。故にほとんどのクラスは概ね夏休み開始前から計画を立て、夏のうちからゆっくり準備を進めていくのが通例だ。
だがしかし……例外的に今、”締め切り”に追われる者がここにいた。
「びえぇぇぇぇ!! 全っ然進まない~~~!!」
「締め切り、明後日なんだよな……? 大丈夫かよマリー……」
「だいじょばな~~~い!!」
泣き喚く東金、心配する雨海……そして未だ真っ白なB2の画用紙。
場所は2年D組の教室。文化祭の準備を進める者たちもいる一方……そんな目も気にすることなく、東金マリーはでけぇ声を上げているのであった。うるせぇ!
「東金さん、大変そう……。何か手伝えることがあれば……」
「やめとけ六町。どうせ徒労に終わるだけだ」
「え……ひど……」
感情を失った顔で俺を見る東金。
東金が今追われている締め切り……それは文化祭のポスターであった。
「でも、流石にちょっと締め切り早すぎなんじゃあ……」
「つっても印刷所の都合とか、ポスターを張らせてもらう近隣のお店の都合とか、色々あって早めになったらしいな」
「なるほど~」
もともとお堅い風景画を得意とし、それで実際様々な賞を獲ってきた東金。しかし近頃彼女がアニメ・漫画好きであり、そういった画風でも絵を描くようになってきていることが周囲に知られつつあった。そこで、このオファーである。最初は東金も乗り気だったらしいが……。
「机に……うつぶせになってます……今……」
東金は今、中々書き出せないでいる。本人曰く「インスピレーションが湧かない」とのこと。
「何か……私の心を突き動かすもの…………ハッ!!」
「おっ流れ変わったな?」
はっとした表情で起き上がった東金。その双眸は六町、そして雨海へと交互に向けられていた。
「制服……JK……そして海、青い空……これだッ!!」
「マリー、もしかして……行けそうかっ!?」
「でもまだムリ!!」
ズコーっ!!
「う~んイケそうなんだけどな~……そうだ!!」
「今度は何かな……」
「”本物”を見れば……!」
……嫌な予感がした。
~~~
翌日。
8月ともなると、外の熱さの酷いこと。電車の空調のありえん有難みが深い。そう、今乗っているのは電車。そんなことを独り言つうちに……。
「……あっ。見えたね、海!」
「天気もいいし、夏って感じがするな~!」
窓の外に海が見えた。水面に太陽光が激しく反射し、眩く光っている。
。
「でも、制服か~。まぁこれはこれで……って感じかなぁ?」
「マリーが『制服がいい』って聞かないんだし、しょうがないよ」
そして、もはや説明するもないのだろう……。同じく電車に乗り合わせているのは六町琴葉、雨海愛依。俺たちは東金の頼みで海へと向かっていた。
俺の仕事は『海で制服美少女2人の写真を撮るべし』とのこと。そして、それを即座に東金の元へと送信する。
「東金さん……今頃大丈夫かな、生きてるかな?」
「描き上がるまで禁固刑!とか言ってたけど、流石に心配になる……」
「まぁ大丈夫じゃないか?『締め切り直線のクリエイターに人権などない』とか自分で言ってたし……」
そんな与太話をしていると、電車が目的の駅に到着した。とはいえまだまだ。ここからバスに乗り、更にもう少しだけ歩く必要がある。俺たちは各々荷物を持って立ち上がる。
……電車の扉から外へ出た瞬間、真夏の熱気を感じる。ここはまだ屋根があるが、陽の下に出たらこんなものではない。せめて被写体となる2人は倒れたりしないよう、気をつけないとだな。
「ふ~暑いね~……」
「早いとこ、おつかい済ませちゃお!」
俺たちは海を目指して、バス停へと歩き始めた。
~~~
「着いたっ!」
関東某所。某海岸。
きらめく水面が目に映る。波の音が聞こえる。潮風を肌で感じる。あれからバスに乗り、歩き……俺たちは目的地の海へと辿り着いた。
「風が気持ちいい……暑さが紛れるね」
「ああ……さっきまでの道中より全然涼しいな」
寄せては帰す、波。それだけでもしばらく眺めていられそうだが……そうもしてはいられない。今この瞬間も、インスピレーションを求める絵描きがいるのだ。もっと早く言えよ! というのはまぁ、そう。
今回海での撮影をするにあたって、行く場所は俺たちで決めたワケではない。東金が指定した場所で撮ることになっている。
『昔連れてもらったことのある海岸なんだけど~、あそこがいい~!』
……という要望である。自分で行けない分、想像しやすい場所のほうが都合がいいとのことだ。
とりあえず砂浜に出て適当な場所にシートを広げた。荷物を置き、持ってきた傘で日差しから守る。必要なものは撮影用のスマホだけだ。
「おーいっ!」
「二駄木くーん!」
「今行くわ~」
二人は既に裸足になり、既に波打ち際の辺りにいた。ちなみに裸足も東金の注文だ。
「……よし、じゃあ始めるぞー」
スマホを構える。海と砂浜を背景に、制服を纏った少女たち。この画を写し、東金に送るのが今回の仕事だ。
「どう……かな?」
スマホのレンズを雨海に向ける。雨海はどこか恥ずかしさの抜けきらない様子で、顔をほのかに染めていた。暑さのせいもあるとは思うが。
彼女の染められた髪は初見こそ威圧感を与えるが、しかし実際の内面はそうでもない。むしろこの恥じらいを残した表情からは純真ささえ感じられる。
「じゃあ、私も!」
一方六町のほうは雨海よりも自然な、それでいて可愛さの溢れる構図だった。流石、撮られ慣れているなと思った。
かつて自分の魅せ方を学んできた彼女だからこその、この写り。見る者をドキリとさせるようなこの表情、角度、……そして距離感。唸らされる。
「あと……二人とも同時に写ってるのも欲しいって言ってたよな」
六町と雨海がお互いに、少し歩み寄る。…… 一つのフレームに、二人の少女が収まった。
「えーっと……『なんかいい感じに遊んでる雰囲気で』だとよ」
「えぇ……適当だなぁ」
「う~ん……こんな感じっ!?」
六町は両手で水を掬い上げ、雨海に向かって飛ばした。無論、手加減はして。
「あっ! やったな~!」
「……イイ感じだ」
一生における、”高校生”という限られた時間。そのまた更に限られた”夏”という季節。海で遊ぶ少女たちという取り合わせは、楽しそうな明るい雰囲気と共に、ある種の”儚さ”を同居させることに成功している。
……なんか写真撮り始めてからやたらポエミーになるな。将来はカメラマンになるべきかしら……。そんなことを思いながら、とりあえず十数枚の写真を撮った。
今思えば、途中から自分の方も楽しくなっていたような気がする。
”海”という俺にとっての非日常が、俺の心を軽くした。それはもう、海風に乗って飛んでいってしまうかの如く……。
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