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#51 大切だから、それ故に

「なるほどな……言いたいことは分かった。けれどもアイツがそんなことをする理由など……」


 まだ納得しきれない様子の富岡さん。まぁそりゃそうだろうな。


「多分、マグロウをかくまうためだったんです」

「何……?」

「今日の昼休み、富岡さんはトイレに籠っていたと言ってましたが……おそらくマグロウは今日の昼もいつもの場所にやってきたんです。けど、いつもマグロをくれる人はいない。そんな中、あなたの親友は主任が突如戻って来る声を聞いたんだと思います」


 大の猫嫌いの主任。主任らはお店に昼食を食いにいくことが多いそうだが、この日は偶然引き返してきたのだろう。


「……マグロウを飼おうって話、親友の方には話してましたか?」

「ああ、何日も前からな」

「でしょうね。だからあなたの親友は主任からマグロウを匿うため、とっさにさっきの方法を思いついた。主任が戻ってくる前に仮設トイレの中に閉じ込めたんです」


 そしておそらく、今日の作業が終わってから仮設トイレを元に戻した。鍵を開けてマグロウを解放したのだ。


「パイプの束の話、あったじゃないですか」

「たしか午前にはトイレの右にあって、午後は左に移動してて、今は元に戻ってる……だよな?」

「富岡さんはパイプの束が移動したと言ってましたが……おそらく()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んです」


 つまり隣に置かれたパイプの束を乗り越えて回転した、ということだ。1回目……鍵をかける回転でパイプの右側へ移動し、2回目……鍵を外す回転でパイプの左側にまた戻った。


「……ところで鍵のバーに取り付ける『重り』ってさ、何だったの?」

「まぁ工事現場だからいくらでもあるだろうけど……多分、”マグロウ自身”を使ったんじゃないかと思う」

「マグロウ……自身?」

「コンビニで弁当を買うならビニール袋は簡単に手に入る。猫は袋に入りたがるって言うだろ? 主任が来るまで時間に余裕はなかっただろうし、だから”マグロウを袋に入れたモノ”を重りに使ったんじゃないか……って」


 俺の言いたいことは全て言い尽くした。しかし、今回は我ながら本当にバカみたいな発想をしたな……きっとこの夏と祭りの熱気に浮かされたせいだろう。あとかき氷を食わなかったから。そうに違いない。


「……中々面白い説だった」

「アハハ……やっぱこれは流石に……」

「アイツならやりかねない辺りが特に」

「やりかねないんだ……」


 どんな人やねん……。


「その親友って……どれくらい長い付き合いなんですか?」

「小1の頃だから……もう20年くらい経つんだな。そうそう、それから俺たちはこの辺りの出身なんだよ」

「えっ、ホントですか!? 僕もなんですよ!」


 そんな調子で本庄先輩らがローカルトークにしばらく花を咲かせ、しばらく経った。因みにその間雨海は「よーちよち~」とマグロウと遊んでいた。


「そろそろ花火、始まりそうじゃないっすか?」

「……そうだね。それじゃ僕は……」

「ちょっと待ってくれ。花火を見るというなら……マグロウを見つけてくれたお礼に、穴場を教えてあげよう」

「穴場、ですか?」



~~~



「ここは……?」

「さっき工事中の建物に『公園の新しい事務所が入る』といったろう? ここは現在の事務所だ。毎年花火大会の日は人が出払っているから、こんなこともできてしまうんだよ」


 見た目は概ね普通の一軒家、といった感じだ。ただ建物の外壁に階段がついており、外から屋上に直接登れるようになっている。


「こんな場所があったなんて……僕、知らなかったです!」

「俺の親友が見つけたんだ……もっとも、来年には取り壊しになる。君たちが、最後の眺めを楽しんでくれ」


 取り壊し……新しい事務所ができるから、か。


「あの、あなたは……」

「気にするな。若い君たちだけで楽しむべきだ! それに……俺一人でここにいても意味がないからな」


 そう言って富岡さんはマグロウを手に抱え、こちらに背を向けた。そして、手を振りながら去って行った。きっと、これから親友を探しに行くのだろう。


 ……か、かっちょえ~!! ……全男子が一生に一度はやりたい去り方じゃん……。


「……さて、僕もクールに去りますかね!」

「……えぇっ!? なんでですかっ!?」

「いやー実は今日これから予備校があるって忘れててさー! でもせっかく来たから、ギリギリ直前までお祭りの雰囲気を楽しみたくって~! ほら僕、お祭りゴトって好きだからさ~!」


 そう言いながら先輩はちょいちょいと、俺に向かって小さく手招きした。雨海から離れて、俺たちは屋上の端っこへ移動した。


 ……かなり暗くなって表情も読みづらいが、それでも真剣そうな雰囲気は不思議と感じ取れた。


「……二駄木君さ、流石に気付いてないわけないよね?」

「……何にですか」

「よく言うねぇ。……君がどんな道を選んでも、僕は尊重するよ。絶対に。でも……ケジメくらいは、つけるべきだと思う」


 そう言い残すと本庄先輩は俺から離れ、屋上を出る階段へと向かった。


「そういうことだから、またねーっ!」

「はい、さようならです。受験勉強頑張ってください~!」

「……」


 俺は何も言えないまま、その背中を見送った。


 ……。


 薄暗い屋上には今、俺と雨海の二人だけ。


 雨海が俺の近くに歩み寄ってきた。


「……そろそろだな」

「そろそろ……だね」


 ケジメくらいは……そうだよな……。分かってる、分かってるんだが……。


「……ど、どうした? あたしのか、顔ばっかり見てない……?」


 ダメだ、ダメだ、ダメだっ!! 完全に思考が()()()()と同じだ!! 俺は……俺は……っ、何も進歩していない……?


「……うぅっ、あたしッ!」


 それはまるで何か、堅い決意を決めたかのごとき顔つきだった。……悪寒がした。


「あたしね……実は」


 その瞬間、


「…駄…のこ…『ドンッ!!』が好…っ…」


 打ちあがった。思わず、空を見上げた。


「すごいな……」


 色鮮やかな光が、飛び、そして落ちてくる。


「うん……」


 雨海のアレも一瞬堅い決意に見えたが、やはり数秒も持たなかったらしい。……気持ちは分かるよ。俺だってかつては”そういう立場”だったから。


 花火に助けられた。そう安堵し、胸を撫で下ろした。一度落ち着くと、圧倒的な花火の光景以外にも目が行くようになる。


「……綺麗」


 花火の光に照らされる雨海。明るく染められたショートヘアを編み込んで、浴衣の水色も髪飾りもよく似合っていて……いつもの雨海とは違っていて。


「……そうだな」


 ……花火はその輝き総てが尽きるまで、俺の不安を忘れさせてくれた。それはきっと雨海も、同じだったと思う。

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