#49 目もあやなる汝
慧明付属中での事件から時は飛び……。
「夏休み……か」
俺は学内で浮足立つ者たちと多少の温度差を感じつつ、自席で窓の外を眺めていた。あれから制服も夏服へ移行し、期末テストも終わり、遂に夏休みへ突入しようとしていた。
あれから1ヶ月余り。特に何か事件が舞い込んだりすることもなく、平和な日々だった。夏休みもそうであればいいな……などと思いながら、俺は席を立った。
ちょうどそのとき、教室の外からこちらへ手招きする者がいることに気づいた。
「あっ、本庄先輩!」
本庄隆虎……3年D組で、俺と同じ将棋部の先輩だ。最近は受験に備えて予備校で部活を休むことも多いが、それでも来れるならなるべく来ようとしてくれている。
「やっ、二駄木君! いや~今日から夏休みだねぇ~!」
「ですね」
「……ま、僕は流石に3年生だし……勉強漬けの毎日になると思うけどね……」
「うわっ落差すご……。その温度差で発電とかできそうですね」
受験かぁ~……考えたくね~……。
「で、どうしたんすか? 急に」
「そうだったっ! 二駄木君、明日なんだけどさ……」
そう言いながら本庄先輩はスマホを取り出し、俺に見せてきた。何かのHPだ。そこに書いてあったのは……。
「花火大会、行かない!?」
~~~
翌日。
都内某所、某駅。時刻は18時頃。
本庄先輩は夏休みに一度、将棋部で花火大会に行かないかと提案してきた。まぁ本庄先輩も割と成績はいい方なはずなので、ちょっとくらいはいいんじゃないだろうか。
花火大会はどうやらここから近くにある大きな公園で行われるらしい。調べたところ毎年結構人気のある祭りっぽい。
既に周辺には浴衣を来た女性や、それと連れ添う男性も多くいる。俺はスマホをいじりながら独り、駅の近くで壁にもたれていた。
ここは本庄先輩の地元のようで、本庄先輩は現地で合流するらしい。あとは雨海を待つだけだが……。
「……あっ、いたいたっ!」
人の流れを掻き分けるようにゆっくり、こちらへ近づいてくる者がひとり。雨海だ。
「よう」
「へへっ、どーよ? コレ」
雨海もまた浴衣姿だった。全体的には水色を基調とした、花柄の浴衣。また明るく染められたショートヘアを編み込んでおり、いつもとは一風異なる雰囲気を纏っている。
「『どーよ』っつうか……よく似合ってると思う。浴衣の色も、髪飾りも」
「誉め言葉がありきたりだなぁ~……別にいいけど~?」
文系科目クソザコウーマンに言われるとなんか腹立つな。しかし、この微妙な違和感……。
「……ああ、なるほど。下駄がヒールになってるのか。こんな可愛いデザインの下駄もあるんだな~」
腰を少し曲げて、雨海の足元に視線を向ける。雨海の履く下駄はヒールがついており、また鼻緒も単色ではなく柄が入っていた。
顔を上げて雨海に視線を戻す。ヒールのついた下駄だからだろうか。顔がいつもより、少しだけ近く感じた。
「……っ! よ、よく気づいたじゃん……さ、行くよっ!」
そう言って雨海は俺に背を向け、歩き出した。下駄を履く雨海の歩みはゆっくりで、追いつくことは容易かった。
~~~
公園までの道は、雨海が先導した。
「ここの花火大会、去年も来たんだよ。将棋部で」
「なるほど……だからここか」
「去年は4人いたんだけど……」
高校一年の二月にあった出来事を思い出す。将棋部の先輩……岡部、青堀といったか。もう3月に卒業してしまったが……。
「花火まであと50分くらいか……出店とかもあるんだよな?」
「うん。しばらくそこで時間潰すことになるね」
しかし……この道は明らかに同じ目的であろう客で溢れている。女性だけの集団もいれば、やはりと言うべきか……カップルらしき男女も多い。いや~しんど。
そんな心持ちのまま歩いているとやがて公園の入口に辿り着き、そこに見覚えのある顔を見つけた。
「おーい!」
「こんばんはです、本庄先輩」
本庄先輩は特に和装とかではなく、普通に私服だった。まぁ俺も同じだが。
そのまま合流して公園内へと入っていく。入ってすぐ奥が花火大会の会場のようだが、まだいいだろう。
「にしても広い公園ですね」
「でしょ! いいとこだよ~、トイレが少ないのが玉にキズだけど! まぁ、それも工事が終われば解決されるらしいけどね」
工事……たしかに遠くでうっすらと、何か建設途中らしき場所が見えた。しかし、広い公園だけあって出店も多いな。かき氷の屋台とかもう3軒くらい見たんだが……。まぁお祭りってそんなもんだよな。
「あたし、かき氷食べたいな~。いっぱいあるけどドコにしよう?」
「かき氷かい? なら僕のオススメは……」
そう言って本庄先輩は俺たちを先導し、いくつかあるかき氷屋台のうちのひとつに案内した。
「おっ、隆虎じゃねぇか! かき氷買ってくのかいっ?」
「よっす、おっちゃん! 買いに来たよ~。二駄木君はどうする?」
「俺は遠慮しときます」
「わかった、じゃあ一人分で! 彼女の分ね!」
そう言って本庄先輩は100円玉を3枚お店の人に渡した。奢ってくれるのか、俺も買ってもらえばよかったかな……。
「っていうかオススメ……というより、単に知り合い贔屓っすよね?」
「あっはは! そうとも言うね! まぁかき氷なんてどこの屋台で買っても一緒だよ」
「おう? 言うじゃねぇかッ!」
ガハハッとおっちゃんは笑った。しかしまぁ、キツ・オタクの側面のせいで忘れそうになるけど、この人は意外と社交的なのだ。誤解とはいえ体育館で女バスの練習中に一見盗撮に見えるようなことをしても、ちょっと怒られるだけで済んでいるのは実際スゴい。
「はいよっ、嬢ちゃん。できたぜ!」
「ありがとうございますっ!」
「ところで嬢ちゃん、もしかして隆虎とデキてたりすんのかい?」
「はい? いや、全然ないですけどー……」
「おっと、すまんすまん。もう一人の兄ちゃんのほうだったか!」
「ひゃっ、ひゃいっ!? いや、全然!! そんなことな、ないですかりゃっ!!」
……雨海は急に顔を赤くして、慌てた。
「いや将棋部のメンツで来ただけだから。そこまでにしときなよおっちゃん……」
「ところで隆虎、獅木のほうも元気かい?」
「えっ? まぁ、元気だよ……! じゃ、僕たちもう行くからっ」
「そうか、隆虎のツレたちも楽しんでけよっ!」
本庄先輩は最後にそう言葉を交わし、俺たちはかき氷屋を去った。
それからしばらく祭りの雰囲気を楽しみながら歩き回り、人通りの少ないところまでやってきた。屋台はこの辺までか、と引き返そうかと思った矢先……。
『……ニャ~ン』
「あっ、ネコだ」
猫がどこからともなくやってきた。猫は雨海の足元にすり寄り、興味深そうに見つめた。
「首輪の類はないね。野良猫かな?」
「にしちゃ、やたら人馴れしてる感じがしますけど」
「なんだこいつ~! かわいいな~!」
『ニャン…』
「えへへっ、にゃご……にゃご……」
「……」
「……って見るな~ッ!!」
無邪気に猫をかわいがる雨海の姿は、なんだか見てて面白かった。本人は面白くなかったようだが。そんな風に猫と戯れていると……どこからか、足音が聞こえてきた。一歩、また一歩、近づいてくる。
「……マグロウ!? こんなところに!」
闇の中から現れたのは、鈍色の作業着を着た若い男だった。
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