#47 信じてくれる人
「ど、どういうことっすか……?」
「きっと舞浜があんな手の込んだことをした理由……それは、花見川華憐を守ろうとしたからだ」
「あの舞浜さんがっ!? 二駄木さんとあんなに仲がよかったのに……?」
「……そっか、そういうことだったんだ」
実子の顔つきが、変わった。さっきまで苦々しい表情をしていたのが一転。目を見開き驚いてみせたと思えば、それから目を細めて悲しげな顔をした。
「七海があんなことをしたは、私のためだったのね」
”1年生からの宿敵”が見抜いていた二駄木実子の本質……。
・・・
『時折弱々しい目を見せながらも、彼女は勝者であり続けることをやめない。それはきっと”自分の在り方”の正しさを、絶えず確かめ続けるためなのですわ。……』
・・・
同じく1年生からの友人である舞浜七海が、それに気づいてないはずがなかった。
「いつもクールな実子だけど……一瞬弱々しい顔を見せるときがあるよね。自分では気づいてないかもしれないけど。でも、実子は何も話してくれない……」
「七海……でもこれは……」
「何も話してくれないんじゃ、何も分からないよ。結局、私は詳しいことは知らないけどさ……実子がもし悲しい理由でいつも頑張り続けてるなら、見過ごしたくないって思うよっ!」
常に1位の勝者。人を頼らず、気高く孤高。それが二駄木実子……のはずだった。だが当人に原因はないにせよ、今回の事件はちっぽけながらも実子の”汚点”となった。積み上げられたイメージを少しだけ、”崩した”のだ。
・・・
『……自然に近寄りがたい雰囲気を纏ってしまってるんですよね。だから、みんな手を差し伸べたりしません。……』
『でも今日はちょっと違いました。作品を壊すなんて明らかにやり過ぎですし、気を遣って実子に声をかけてくれる人もいました。……』
・・・
舞浜と花見川。とる立場こそ全く異なるが、『覚悟もないなら勝者などやめてしまえ』という花見川の結論と、今回の行動原理となった舞浜の結論は酷似して見える。舞浜が事件を起こしたことで、実子は今までの地位からほんの少しだけ、無理矢理引きずり降ろされた。それが周囲からの扱いにも現れたのだ。
「七海は私のためにこんなことをした。でも、そのせいで誰かを巻き込むのは嫌だったんだよね?」
もし舞浜がなんの策も弄さずにいたなら、きっと花見川は『動機がある』という理由で真っ先に疑われていたのだろう。だから舞浜は花見川を守るために、あんな手の込んだことをしたのだ。
本当なら迷宮入りすることを望んでのことだったのだろうが、誰かが金工室に戻ることは想定してなかったらしい。そこに運悪く充也が巻き込まれてしまったのだ。
「お兄さんもごめんなさい、私のために捜査なんてさせてしまって。……雨海くんの疑いが晴れて、私がやったってこともバレない。そうなれば一番いいな……なんて浅ましいことを考えてしまいました」
「……気に病むなよ。つーか舞浜、途中で自分から解決に誘導してただろ」
「……えへへ、やっぱりお兄さんはすごいです。ばればれですね」
今日の推理のときも、舞浜はやたら的確な質問で推理を補助していた。まるで難易度低めの推理アドベンチャーをやっているような気分、とでも言おうか。
「ごめんなさい七海。今度からは、ちゃんと話すようにする」
「ほんとだよ~。私って信用ないのかなぁ……とか思ってたんだから!」
「そ、それは……」
「ごめんごめんっ。でも、今ならなんとなく分かるから」
実子は自信がなかったのだ。自分を信じてくれる者まで、まるごと信じられないほどに。
・・・
『……犯人は』
『もういい!』
・・・
……あの言葉は、それ故の”早すぎる諦め”だった。俺はそう解釈した。実子も『自信』はまだまだだろうが……少なくとも『自分を信じてくれる者』くらいは、信じようと思えるようになっただろうか。
「……俺、先に出てるから。どうせドリンクバーしか頼んでないよな? 全員分の金、置いとくぞ」
「えぇっ!? わ、悪いですよ宗一先輩っ!」
「というか長居するつもりもないですしっ、私たちも出ます!」
話もひと段落し、俺たちはファミレスを後にするのであった。
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それから俺たちは解散することとなった。とはいえ充也だけが逆方向の電車で、他は同じだったが。
実子と舞浜はすっかりいつもの調子を取り戻したらしい。仲のいい女子中学生二人と男子高校生一人、馴染めるまでもなく……。
「俺……ちょっと用あるから……」
嘘である。
俺は結局どこに寄るでもなく、取り敢えず一本見送って次の電車に乗った。吊り革に掴まり……うん? 何か連絡きてるな、気付かなかった。六町からか……。
『事件、わかった?』
そんなわけで、俺は今回の事件の顛末をひたすら六町に送り続けた。文章というのは中々、書き始めると意外に凝ってしまいがちである。特に気軽に書き直せるデジタルであればなおのこと、助詞ひとつの選び方にさえついついこだわってしまう。そんなことを続けていると……。
『まもなく鐘ヶ淵、鐘ヶ淵です。……』
早いな、もう着くのか。ほどなく電車は減速し始め、停止。扉が開く。高校に入ってから毎日のように見ている光景だ。
鐘ヶ淵、ウチの最寄り駅だ。近くの押上などに比べてほんとにな~んもない場所である。俺はいつも通りホームから階段を降り、改札を抜け、外に出た。
「に、兄さんっ!」
その瞬間、聞こえてきた。
「なんで……」
驚きのあまり、声が漏れた。改札の横で俺を待っていたのは……実子だった。
「少し……遠回りしないっ!?」
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