#46 信じ切れなくて
昨日家に帰ってから、俺はRAINでメッセージを幾度か送った。
最初は雨海。雨海にはまず充也の連絡先を教えてもらった。
そして充也。今の時代、学校ではRAINのクラスグループが作られるのは当たり前のことと言っていい。充也にはグループを通じて花見川と接触してもらい、伝言を頼んだ。
最初は充也に頼もうと思ったが、充也は現在一番疑われている容疑者。現場に下手に近づくことができない身だ。なら他に誰か頼れる奴はいないか? 犯人だと考えられる舞浜は論外。実子は……やっぱり、あまり話す気になれなかった。
結果、消去法的に、不本意ながら、残った唯一の希望である花見川に賭けることになった。
「た、助かった……このままキョロキョロし続けて警備員に捕まるかと思ったわ」
「あら、そんなに惜しげもなく喜んじゃって! ようやくこの私の魅力に気づいたのかしら?」
「もうそういうことでいいよ……」
俺は充也に『実子を助けると思って協力してくれ』という旨を伝言させた。実際実子に執着する花見川は食いつき、協力してくれた。
「……はいっ。頼まれたもの、木工室にあった舞浜さんの袋よ」
花見川は一枚のポリ袋を差し出してきた。袋には舞浜の名前が書かれており、隅には袋をきつく縛った跡がはっきり残っている。
「……ありがとう」
最初はヤバい女に出くわしてしまったと思ったが、案外話の分かるヤツだったな。
「……アナタ、二駄木さんのお兄様なのよね」
「ん? 何だいきなり」
「いえ……どうせ、妹と比べて自分は~とか、いつもそんなことばかり考えているのでしょうと思いまして。昨日の卑屈な様を見れば分かりますわ」
「……悔しいが、当たってる」
「……でもアナタの妹は、アナタが思ってるほど大した人間じゃないわよ」
花見川は俺に目を合わせるでもなく、さらっとそんなことを言ってのけた。
「二駄木さんはね。いつもクールぶって、いつも一番を獲るくせに……時折弱々しい目をするの。勝者は勝者らしく在る、それが礼儀でしょうっ」
『弱々しい』……実子のイメージから外れたそんな言葉が、ひと際印象を残した。
「きっと、二駄木さんは自信がないのでしょうね」
「自信?」
「時折弱々しい目を見せながらも、彼女は勝者であり続けることをやめない。それはきっと”自分の在り方”の正しさを、絶えず確かめ続けるためなのですわ。ただの推測ですけれど、何か”負い目”のせいで今の自分の在り方を信じ切れない……そんな感じがしますわ」
正しさを……たえず確かめ続けるため……か。実子の『負い目』って……いや、まさかな。
「でも、そんな情けない理由で1位の座に居続けるなど……そんなのに負ける私の格まで落ちて見えてしまうじゃないですの! 結局二駄木さんはその程度の覚悟の人間、というワケですわ!」
勝ててないお前が言うのか? ……などと茶化す気には、不思議とならなかった。
「分かったようなことを言うんだな」
「1年生からの宿敵だもの、当然よ」
~~~
時は戻って。
いやしかし、いつ思い出しても中3の察し力じゃねぇな……曰く1年生からの宿敵なら当然らしい。言うほど当然ですか……?
で、なんの話だっけ。そうだ、俺が舞浜の袋を『くらえ!』ってつきつけたとこだな。そんで、俺がついに真犯人の名前を口にしようとしたとき……。
・・・
『……犯人は』
『もういい!』
・・・
……この言葉も、昨日までの俺なら表面的な意味を掬っておしまいだっただろう。今ならもう少し踏み込める気がする。
だが、当面はまず舞浜のやったことを全て説明するのが先だ。
「舞浜、たしか言ってたよな? 」
・・・
『立ち歩き……なら教室から出るのは?』
『それも大丈夫です。実際、私も勝手にお手洗いには行きました』
・・・
「……けど『お手洗い』ってとこにきっと嘘があった。実際は屋上へ行き、袋と隠し持った財布の小銭でブラックジャックを作ったんだ」
「一般的な人間の財布に入ってる小銭じゃ、ブラックジャックをつくるのに十分な質量は確保できないでしょう。兄さんの話は無理が……」
「昨日、こんなものを拾ったんだ」
俺は見せたのは、昨日100均の会計で舞浜が落としたレシートだった。買った商品はチョコ、内訳は『合計102円の会計に1000円』……。
「……この会計のお釣り、小銭が多すぎるんだよ。おそらく舞浜は、これで小銭を増やしてたんだ」
「1000円だけで払うことなんて、全然ありえるコトでしょ!」
「だと思うよな。……これ、日付違いの同じレシートがもう一枚あるんだよ。両方とも1000円だけってのは流石に不自然じゃないか? お釣りで小銭たくさん出した次の日、また1000円だけで支払うって……それはもう故意としか思えねぇだろ」
「……っ!」
……まとめると。舞浜は屋上でブラックジャックを作り、それで実子の小箱を破壊した。あとはさっき推理した通り、パラソルを使って金工室へ小箱を滑らせて入れた。
「舞浜さん……なんで、二駄木さんの友達だったんじゃ……!」
「まだ話は終わりじゃない」
「えっ……」
これでは、中途半端なままだ。……実子は『もういい』と、話をやめさせようとした。友人が犯人だなんて聞きたくなかったから……だが、今ならもう少し踏み込める。
聞かなくても真相を分かりきってるクセに、それでもなお実子はソレが明かされる前に止めようとした。これは逆に言えば、舞浜の申し開きを”求めなかったし、認めなかった”ということ。
……自信がないのだろう。実子はきっと全般的に自分のことを信じ切れなくて、だから自分を好いてくれる舞浜のことも容易く諦めてしまったのだ。
「……思えばだが。そもそも犯人が舞浜だったとしたら、こんな手の込んだことをする必要ってないんだよな」
「どういう……ことですか?」
「充也、お前自身が今言っただろ?」
・・・
『舞浜さん……なんで、二駄木さんの友達だったんじゃ……!』
・・・
「本来舞浜のポジションってのは一番疑われにくいはずなんだよ。むしろ『適当に壊して、どさくさに紛れて元に戻す』みたいな方が容疑者が増える分舞浜にとっては都合がよかったはずだ」
「た、たしかに……」
ブラックジャックで破壊するまでは、まぁいい。だが金工室に戻す必要など舞浜にはなかった。むしろ、そんなことをしたせいで今足が付いているのだから。
「充也、逆に金工室に壊した小箱を入れることで”最も得をした人物”って誰だと思う?」
「う~ん、金工室に入ることがない”女子全般”……とかですかね? まぁ自分が金工室に入ったことに関しては、犯人的には不可抗力だったと思いますけど……」
「方向性は間違ってない。そしてそこから更に限定していくと、おそらく……元から『やりかねない』と思われ得る動機を持つ女子になる」
「……っ!?」
舞浜はさっきから目を閉じたまま、黙っている。
「金工室に小箱を入れることで、今回最も得をした人物……それは、花見川華憐だ」
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