#45 時を経る
場所は昨日、実子たちと会った駅前……ではなく、その隣駅のファミレス。慧明付属中は校則では寄り道禁止らしく、最寄りのファミレスだと教員にバレることがあるらしい。何それこわい。
ということで舞浜からの要望により、隣駅のファミレスに来たのであった。今この場に集まっているのは実子、舞浜、充也、そして俺。
「遅いですよ~! お兄さんに言われて来たのに~!!」
「ちょっと寄るところがあってな、すまん」
舞浜は少し頬を膨らませていた。
「それで宗一先輩。本当に分かったんっすか?」
「ああ」
俺は充也の隣の椅子に座った。実子と舞浜はソファ席で隣り合って座っている。
「でもあの事件、やっぱり不思議でしたよね……。授業前はたしかに木工室にあったはずの小箱が、授業が終わる頃には金工室に……」
「で、でも俺はやってないんだ! 確かに授業中、金工室に入ったのは俺だけだったけど……」
最初は勢いよく否定する充也だったが、次第に語気は尻すぼみになっていった。
「……あの日、金工室は窓が開いていたらしいな?」
「たしか、そうだったはずですね」
「まず、小箱はどのようにして金工室に出現したのか。……窓から入れられた、俺はそう考えた」
「ってことは実子が言ってた、あの方法ですか?」
「『向かいの校舎から投げ込む』……ということは犯人は男子、かしら。それも小箱を投げ入れられるほどの剛腕」
確かに、昨日調べたときにはそういう話になった。しかし……。
「違う。小箱を金工室の窓へ投げ込んだとき、犯人がいたのは向かいの校舎じゃない」
「えっ!? ならどこに……」
「もちろん、昨日行ったほうの屋上……金工室の真上だ」
……言葉こそ返さなかったが、実子は俺の言葉が相当意外だったように見える。
「でも、それは角度的に難しいって話じゃ……」
「そうだな。そこで犯人は……パラソルを使ったんだ」
パラソル……屋上にあったアレだ。あのテーブルの造りとしては、くぼみのある二つのテーブルでパラソルを挟み込んだというだけ。しかしながら、意外と安定感のある代物だった。
・・・
『(屋上から投げ入れるのはちょっと無理そうだな、よっぽどカーブをかけて投げられない限り)』
・・・
あのとき俺はそんなことを考えた。だが……。
「パラソルの土台を屋上の柵に引っ掛ける。そうするとパラソルは斜め下の方に向かって、宙に投げ出されたような状態になるだろ?」
「……なるほどね」
「そして犯人は、パラソルに張られた布に向かって小箱を投げたんだ」
斜め下に投げ出されたパラソルの布は角度が付いている。そこへ投げ込まれた小箱は布を滑り落ち、そして窓から金工室の中へ。窓近くの床に落ちていたってのはこういうことだ。おまけに屋上の柵にあった擦り痕、あれもパラソルによってできたものだろう。
「えっと……あっ、そういうことか! つまり滑り台みたいな感じってことっすよね!」
言い得て妙だな。充也の言葉を借りれば、パラソルを屋上の柵に引っ掛けることによって、金工室へと向かう滑り台を空中に作り出した……といった感じだろうか。
「あれっ、でも今週って生活指導週間で……」
「雨海君、その話は昨日既にしたから」
「そ、そっすか……」
ちょっと言葉にトゲがないですかね。怖いよぉ……。
「だから次は小箱をどうやって壊したのか、ってことだな」
「ですね。……でも雨海くん以外が犯人なら、金工室の工具は使えないですよね? 犯人はどうやって小箱を壊したんでしょう?」
……舞浜。お前が今してるのは、やっぱり……。
「……ブラックジャックって知ってるか? あぁ、漫画でもトランプ遊びでもないぞ」
「えぇっ? う~ん、自分は知らないっす」
「……砂利のような硬くて細かいモノを袋の中に詰めて、それを固く縛ると武器になるの。それがブラックジャック。遠心力をつけて殴打するから見た目以上に威力が出るのよ」
「そういえば実子から借りてる推理小説にも出てきたね。使い終わったら解体して、証拠隠滅も簡単! って感じで」
実子も、流石に知ってたか。
「やっぱ流石だな~二駄木さん。それで宗一先輩……まさか、犯人はそのブラックジャックを使って小箱を……」
「ああ。その通りだ」
「でも、じゃあ犯人は何を使ってそれを作ったんすかね?」
……ブラックジャックを作るのに必要なのは、『袋』と『中身』だ。そして俺は、既にこれら両方のヒントを得ている。
「……舞浜」
「……はい、お兄さん」
「昨日、お前は買い物をしてたよな……現金で。つまり、財布や現金は”生活指導週間で摘発される不要物”のうちに入らない……違うか?」
「それは……その通りです」
「おそらく犯人はブラックジャックの『中身』として、生活指導週間でも持ち込むことができる”小銭”を用いたんだ」
確かに、木工室にもネジなどは大量にあっただろう。だが武器にするのに十分な量を搔き集めるのも、終わってからジャラジャラと戻すのも、目立ってしまうおそれがある。
「そして『袋』だが……これは授業で配られた、材料を保管するための『ポリ袋』を使ったんだ」
「そっちは何で分かったんすか? 宗一先輩」
「……”これ”が、証拠だ」
「……っ!?」
俺はそれを鞄から取り出し、全員に見せた。
……それは大きく、透明で、やや厚手のポリ袋だった。昨日100均で舞浜が買ったものとそっくり。そして何より決定的なのが……。
「ま、舞浜さんの名前……」
「……それだけじゃない」
「あ……よく見ると、袋の隅で一度縛ったみたいな跡が……え? それってまさかッ!?」
そのまさかだ。
俺はついに、実子の小箱を破壊した張本人の名を口にしようとした。
「……もういいっ」
その瞬間だった。
「……犯人は」
「もういい!」
俺を二度制止したのは……当の被害者たる実子であった。
不思議な感覚だった。その場の居心地が、一瞬で最悪になったような気さえした。……まさか数年振りにする最初の会話が、こんな殺伐としたものになるとは思わなかったな。
「……ダメだ、もうここまで来てしまったんだ。聞いてやれよ、舞浜のためにも」
「そもそも……なんで兄さんがそんなモノを……っ!」
「もらったんだよ」
「もらっ……た?」
それは、このファミレスに来る30分ほど前のことだった。
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俺は放課後になってすぐ、このファミレスよりも先に向かった場所があった。……慧明付属中だ。昨日も見た重厚な校門に、詰所の警備員もやはりいる。
今日は俺一人だから、なおさら不審者感が増している。捕まる前に探さないとな。手筈通りならこの辺にいるはずだが……。
「……はぁ。この私の高貴なオーラを以てすれば、普通すぐに見つけられるでしょう? 全く……」
背後からやや聞き覚えのある声で話しかけられた。振り向くとそこにいたのは、
……花見川華憐だった
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