#44 カスの推理
実子は、何でも兄の真似をする妹だった。
俺がピアノを習っていたのを見て、あいつも習いたいと言い出した。俺が人よりお勉強が得意だったから、あいつもお勉強に精を出した。いつも俺の後をとことこついてくる、ちょっと不器用だけど、可愛い可愛い妹。……そう思っていた。
妹のピアノの上達は明らかに俺より早かったし、実際追い抜かされた。……きっと妹はピアノの才能があって、俺にはソレがなかったんだ。だからこれは当然のことで、仕方のないことだったんだ……そう言い聞かせた。結局、ピアノは辞めた。
俺はもう一つの拠り所であるお勉強を頑張り始めた。目指すは某有名私立中学。……結局落ちて、地元の公立に進んだが。
しかし意外なことに、それからしばらくの生活は悪くはなかった。運動部に入って大勢友達ができたし、ちょっとの努力でテストは1位。気分がよかった。……実子が慧明に受かるまでは。
まぁ中学の方でもそっちはそっちで色々あったのだが……結局のところ、中学に入ってから自分のことがデカく見えていたのはただの錯覚だったのだと、妹の合格をきっかけに思い知らされた。兄が狭い世界でいい気になってた一方、妹は自分の成功を鼻にかけさえしなかった。
最終的に出来上がったのは、うっすいアイデンティティを脅かされそうになるとすぐ別の領域へと逃げ出す、他人の目から見ていかに日々が充実してそうかどうかで増長したり絶望したりする、どうしようもねぇカスみたいな人間だった。
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「実子が俺よりずっと優れたヤツだと思い始めたのは、実子が中学受験したいと言い出してしばらく経ってからだな。塾の人と相談して慧明を薦められたって聞いて……実子に顔向けするのがひどく嫌になった」
今のはただの、俺の回想。舞浜相手にベラベラとこんなことを喋っていたわけでは断じてない。というかドン引きだろ、普通に考えてそんなことしたら。
「ほんとすごいよな、あいつ。兄を超えてもそれを鼻に掛けたりしないし、むしろストイックだし。ほんと序盤中盤終盤、隙がないっつーか……」
「……でも、実子って実は友達少ないんです」
「えっ」
「実子、学校ではずっと孤高って感じで……自分で言うのもなんですけど、私くらいなんですよね」
……知らなかった。それも当然かもしれない。もう何年も互いに口を利いてないし、何よりあいつはそんな素振りを家では見せない。
「それどころか、実子に反発心を持ってる人も少なからずいるみたいで……」
「周りの連中の多くからは、どう扱われてるんだ?」
「……実子はあまり人を頼りたがらないので、自然に近寄りがたい雰囲気を纏ってしまってるんですよね。だから、みんな手を差し伸べたりしません」
「……そうか」
「でも今日はちょっと違いました。作品を壊すなんて明らかにやり過ぎですし、気を遣って実子に声をかけてくれる人もいました。まだせめて、これがいい流れに繋がってくれれば……」
舞浜は憂いを含んだ表情でそう語った。
「……ごめんなさい。お兄さんには、辛いこと語らせてしまいましたね」
「別に、気にするな。……ん、あの辺じゃないか? 舞浜が探してたの」
俺が指す棚には、多様な種類のビニール袋などが並んでいた。
「確かに、ここっぽいですね。う~んと……これかな? それともこっちのが近い?」
舞浜は棚とにらめっこし始め、唸りながら商品を吟味していた。
「……ところで、なんでこんなものを?」
「えっとですね、今技術の授業でやってるのって木材加工じゃないですか。で、木材やネジなど、使う材料は名前を書いた袋に入れて棚で保管するルールなんです」
「ああ」
「ところでウチの技術の先生、基本ユルい人なんですけど、配布物の管理だけはすごく厳しい方針で~……」
「……そういうことか」
「分かっちゃいます? 今さっき言った材料や袋も配布物なんですけど、袋を無くしちゃって……」
なるほどな。つまり配布物の袋を無くしてしまったから、似たモノを買いに来たってわけか。それから舞浜は悩んだ末に、大きく透明でやや厚手ものを選んだ。
それから俺のお目当てもすぐに見つかり、俺たちはレジへ向かった。俺の前に並んだ舞浜は先に会計を済ませたのだが……去り際に財布から何かを落とした。拾ったところ何の変哲もない、折られたレシートが2枚。
これは……慧明の購買のレシートみたいだな。買ったモノは両方同じチョコ……毎日貢いでるって言ってたやつか。ほとんど同じレシートだが、日付が違う。
ってよく見たら、合計102円の会計に1000円……いや別にケチつけるとかじゃないけども。でもお釣りの小銭の数ヤバいな。いや、むしろここで1002円出して小銭を減らしたりなどする我々の方がせせこましいのかもしれない。
それから適当に買い物を済ませると、俺たちは外へ出た。
「じゃ、俺は駅に戻るが…… 一人で大丈夫か?」
「大丈夫です! 家はこっち側ですから、普通にまっすぐ帰ります」
『こっち側』というのは駅の北側、という意味だ。錦糸町の南はちょっと治安がな……北側ならマシだろうか。
「あっ、そうだ。お兄さん、RAIN交換しときましょうよ!」
「ん? まぁ別に構わないが……」
スマホを出し、ちゃちゃっと連絡先を交換する。
「必要があったら、これで連絡できますね。……お兄さん」
「なんだ?」
「私、雨海くんはやってないって思ってるので……どうか、疑いを晴らしてあげてください」
そう言う舞浜の顔は、さっきの表情に負けないくらい真剣だった。これはきっと本音なのだろうと、俺はそう考えた。
「……ああ、まぁな」
「ふふっ、頼もしいですっ。それじゃあ、また。デートみたいで楽しかったです!」
舞浜は微笑みながら手を振り、駆けていった。
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「ただいま」
自宅に着き、扉を開けると同時に放ったその言葉は、独り言のつもりだった。
「……」
「……」
ちょうど奥の扉から出てきた実子と目が合う。あっちは大方、”今までどこをほっつき歩いていたのだろう”とか考えているのだろう。お互いに無言のまま、あいつはリビングへ。俺は2階へ。
帰り道、俺は考えていた。技術の授業前にはなかった小箱が、授業後に忽然と出現した。それも壊された状態で。
どうやって小箱を破壊したのか。……班の道具は持ち出せば必ずバレるし、あの日は生活指導週間で持ち込みも難しい。
どうやって小箱を金工室に入れたのか。……授業中に金工室に入ったのは充也だけだったにも関わらず、だ。
そしてそれらは誰がやったのか。……本当に充也ではないのか?……ずっと考えて続けていた結論が今、出ようとしていた。
「だが、どうすれば……いや、そうか。半ば賭けだが、きっと……」
そして、証明するための道筋も。
俺はスマホのRAINを開き、メッセージを入力し始めた……。
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