#43 冷えきって
名門私立中学にて、部外者の高校生が、女子生徒相手に一触即発の状態……。
「待て待て、俺は不審者じゃない! おい逃げるな助けを呼ぼうとするな!」
「セリフが完全に悪い人なのよっ!!」
「これを!! 見ろ!!」
そう言ってよーく見えるように、首から提げた”来賓”の札をつきつけた。気分はまさに水戸黄門。こんな気分味わいたくなかったよ……。
「……そ、そうだったのね……。慧明以外の制服を着た男がいるから、てっきり若き性欲を押さえられず私を襲いに来たハイエナかと……」
「本気で言ってる? それとも冗談?」
「本気に決まってますわ!」
「冗談なのは頭のほうだったか~」
ヤバい。なんだこの女。ヤバい。面白すぎるだろ……。
「お兄さん遅くないですか~? ……って、花見川さん!?」
「うわ……出た……」
「『うわ……』とは誰に向かって口を利いているのかしら!? 二駄木さん!!」
俺が中々戻ってこないため、二人がこちらに来てしまったようだ。こいつの顔を見て、実子は心底鬱陶しそうな表情をしていた。……っていうか、こいつが例の花見川か。
花見川華憐、負けず嫌いでいつも実子に突っかかって来るという話の……。
「……花見川さん。一番を目指そうとすることを否定はしないけど……いちいち私に関わらないで。鬱陶しい」
「そう言って私から逃げきろうという魂胆かしら? 私があなたを一番の座から引きずり落とすまで、そんなこと許すとお思いで?」
「だから、そういうところよ……」
「えっ? あ、待ってよ実子~!」
実子はそう言い捨て、ひとり引き返した。舞浜も後を追いかけていった。
「……ところで、『お兄さん』と言ってたわね。もしかして、あなた……」
「ご明察。俺は二駄木宗一、実子の兄だよ」
「やっぱり……! 兄妹揃ってこの私を何だと思っているのかしら!?」
かく言うお前はお前自身を何だと思ってるんだ……。
「しかし、二駄木さんのお兄様ですか……随分と冴えない男だこと」
「あのなぁ……初対面の、それも年上の男相手によくそこまで言えるよな。いや、実子に比べればってのはまぁ否定する気もないんだが」
「…………はぁ、思ってた以上に情けないのね。張り合いがないわ」
花見川軽くはため息をつき、踵を返してこの場を離れた。……彼女が去り際に放った言葉が、胸の中にしばらく残っていた気がした。
~~~
それから俺たち駅まで戻り、こうして電車に揺られていた。……なんとなく、最寄り駅に着いてからのことを考えてげんなりしてしまった。
今は舞浜がいるからまだいいが、いずれ彼女とも別れることになるだろう。もし実子と俺しかいないという状況になったとき、どうすればいいのかが俺には分からない。……途中で100均にでも寄ろうかな。そういえば、ルーズリーフとかクリップが欲しいと思ってたのを思い出した。うん買おう。そうしよう。
「……私、本屋に寄ろうと思ってたの。ここで降りるわ」
「あっ、そうなんだ。じゃあまた明日!」
そんなことを考えていると、先に実子が電車を降りてしまった。これは偶然なのか……それとも或いは、実子のほうも同じことを考えていたのだろうか。
ドアが閉まる。再び電車が動き出す。そんなことが幾度か繰り返され、乗り換え駅に着いた。
『次は、大手町です。The next station is……』
「そういや舞浜はどこで降りるんだ?」
「次で乗り換えます。そういうお兄さんも、同じですよねっ?」
「何で知っ……ってそうか、実子といつも帰ってるのか」
一瞬コイツも人の脳内を覗き見てくるタイプかと思ったじゃないか……。俺たちは電車を降り、駅構内を移動し、やはり同じ電車に乗った。
「ちなみに俺は途中、錦糸町で降りる予定だ。ちょっと100均に用があってな。舞浜って最寄りどこだ?」
「えっ、偶然ですね! 実は私、最寄りが錦糸町なんですけど……私も100均に寄るつもりだったんですよ! 一緒に行きませんかっ?」
「えー……でもなんか絵面的に問題ありそー……」
「大丈夫ですよ! というかもう……今更ですよね?」
それはそう。さっきからの俺は傍目から見れば”女子中学生を連れ回す危ない男子高校生”だからな。だが……なぁ。
「じーっ……」
「わかった、わかったよ。だからもうそんな目で見るな……」
そんな(一見)悲しげな目をされてしまうと弱い。何でってそりゃ、絵面が……あらぬ誤解を招きかねないからだ。
「えへへ、すみませんっ!」
舞浜はちょんと両手を合わせ、お茶目にウインクして謝った。なんだこの愛嬌モンスター……完全に男のハートを刈り取る形をしている。
『次は錦糸町、錦糸町です』
そんな風に他愛もない会話をしていると、やがて降りる駅に着いた。ホームへ降り、改札を通り抜け、駅の外へと出る。
錦糸町。
錦糸町といえば治安が悪いというイメージが先行しがちかもしれないが……いや実際に数字が物語っているのだが、よく足を運ぶ自分としてはただただ便利な町という印象が強い。
駅の近くにはいくつも商業施設があるし、他にも大きな家電量販店、映画館まで揃っている。特に映画館は自宅から一番近いのがここなので、錦糸町のT〇H〇シネマズには何度もお世話になっている。
「つーか慧明に通うような子でも100円均一に行ったりするんだな」
「行きますよ~。別に私自身がめちゃお金持ちってワケじゃないですし、お小遣いには限りがありますから」
出たのは駅の北口側、そこにはとある商業施設が建っている。100均が入っているのはその中の7階。エスカレーターに乗っては降り、乗っては降り……ようやく辿り着いた。
「ここ、都内でも売り場面積最大の店舗らしいですよ?」
「はえ~、なるほど。どうりで広いわけだ。これは目的のブツ探すのも大変そうだな……舞浜は何を買いに来たんだ?」
「えっと、ポリ袋というか……プラスチック袋というか……なんかそんな感じのやつです。お兄さんは?」
「ルーズリーフとか、クリップとかだな」
こうして欲しいものを見つけるために、広い店内を探し回ることとなった。俺は手分けしたほうがいいかと思ったのだが、舞浜は俺の後をついてきた。
「家での実子って、どんな感じですか?」
舞浜が不意に、尋ねた。やっぱり気になるか、1年生からの友達だもんな。
「どんな感じって言われてもな……。俺、普段からあいつと全然口利かないし」
「……仲、悪いんですか?」
……直球で来たな。
「舞浜。今日の俺とあいつを見てて、何か気づいたことはなかったか?」
「気付いたこと……というと?」
「……今日一日行動を共にしても、一度たりとも。俺はあいつと直接言葉を交わしていない」
「えっ、そんなことは……あれ? 言われてみると……」
今日あいつが俺の前で喋った言葉。それはほとんどが独り言か、舞浜に向けたもの、残りは花見川に対しての言葉。それで総てだ。
「仲が悪いとかじゃない。喧嘩なんてもう何年もしてないしな。ただ……冷えきっているんだ」
「……そうだったんですね。でも、そんなに意外でもないかもです。だって実子って、結構クールなイメージだし……」
「……違う」
「えっ?」
かつて妹に対して抱いてきた感情が、蓋をしてきたものが、遡って雪崩れ込んでくるような感覚。
「俺のほうが先に、実子を無視し始めたんだ」
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