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ミステリと呼ぶには愛くるしく、ラブコメと呼ぶには謎めいている。  作者: 平松 賀正
第九話 女の子たちがプールで濡れる回
40/81

#40 ノスタルジア

 プール掃除も概ね完了し。あとは水泳部員がやるから大丈夫とのことで、俺たちは一足先にその場を離れることになった。


 さっさと着替え、更衣室を出る。このまま女子たちを待ってもよかったのだが、俺にはひとつ行きたい場所があった。廊下を歩き、玄関を出て、向かうは実技棟。その1階にある一つの教室……。


「音楽室、か」


 金子が告白の場として当初選んだ場所だ。朝は人も少ないし、防音室だから人の声程度なら外にも聞こえない。確かに条件はいい場所なのかもしれない。


 金子の口から音楽室という言葉が出て……なんとなく、来てみたいと思った。ここ富坂高校は1年生のうちにしか芸術科目をやらない。俺は美術を選択したため、実はこの音楽室にはまだ一度も来たことがなかったのだ。


 誰もいない音楽室で独り俺の足音だけが響く。歩みが向かう先は……ピアノだ。椅子に腰かけ、蓋を開ける。見慣れた、しかし懐かしさを感じる白と黒の配列。試しにひとつ鳴らしてみた。


「……鍵盤って、こんなに重たかったっけか」


 最後に触ったのはいつだったか。もう忘れてしまった。……それでもひとつ、今でも弾けそうな曲が思い浮かんだ。ゆっくりと、指を動かし始める。


 ……。


「……」


 ……ここのコード、好きなんだよな。聞いてて心地よくって、エモくて。しかしその曲が2番へと移ろうとするとき……。


 ガチャ。


 と、扉が開く音がした。入ってきたのは……。


「えっ、二駄木くんだったんだ!? どこ行ったんだろ~って思ってたら……」


 ……六町だった。


「へ~。二駄木くんピアノ弾けたんだ、すごいね」

「まぁ一応、な。でも俺なんか全然だ。ほんと一応ってだけ」

「普通の人はその”一応”すら弾けないんだけど……というか、今の曲……」

「ああ」


 どうやらピアノの音が音楽室の外に漏れ聞こえていたらしい。六町に今のが聞こえていたというのなら、彼女がここへやってきたのも頷ける話ではある。なにせ……。


「……”主題歌”だよね、『青井家の300日』の。なんだか懐かしくって、ここに来ちゃった。でもなんで……?」

「昔よく弾いてたんだよ、妹がこの曲すごく好きだったから。意外と手が覚えてるもんだな」


 妹の話をするのはあまり好きではない。その存在は俺にとってあまりに絶対的で、意識すればするほど自分が惨めに思えてしまう。


 俺は早々にピアノの蓋を閉じ、荷物を持った。今すぐにでもここを離れるという意思表示だ。


「そういや、雨海と東金は?」

「愛依ちゃんは何か急に用事ができたとかで先に行っちゃって、東金さんもそれについて行ったって感じかな」

「そうか」


 俺たちは音楽室を後にし、玄関で靴を履き替えて校門を出た。


「そういや今週のキラマジよかったよな~」

「あっ、そうだよね! 悩めるゆうこ先輩に声をかけるりりちゃんの台詞が……」

「だよなァ~!! ホント女児向けってことで敬遠してる人多そうだけどマジで全人類見てほしいんよなぁ……」


 オタク、語彙が大仰がち。


 なんとなく、六町とこんな話をゆる~っとするのはしばらく振りに感じる。そんな調子で、高校生男女二人がニチアサトークを繰り広げるという世にも奇妙な状況の中しばらく道を歩いていると、視界の先に見覚えのある人影を見つけた。あれは……。


「ん? あれって……愛依ちゃん?」


 六町も気づいたようだ。あそこにいるのは確かに、雨海だ。だがそれだけじゃない。もう一人いる。というかあの制服……。


「まさか、慧明付属中の男子の制服……か?」


 慧明学園付属中。女子の制服なら妹が着てるのを毎朝のように見る。男子のほうはあまり自信ないが……などと考えながら歩き続けていると、向こうもこちらに気が付いたようだ。


「あっ、二駄木と琴葉じゃん」

「愛依ちゃんこそ、さっき用があるって言ってたけど……」

「うん。こいつが助けてくれーってメッセージ寄こしてきたからさ。マリーは先に帰したよ」

「つーか雨海、そいつの制服って……」

「あれ、言ってなかったっけ? こいつ、うちの弟の充也みつや。慧明付属中の3年だよ」


 そう言えば……たしかずっと前に弟がいるとは言ってた気がする。だが、まさか弟が慧明だったとは。流石に驚いた。


「はいっ! 自分、慧明学園付属中の雨海充也と言います! よろしくお願いしますっす、先輩!」


 クール系の兄とは対照的に、雨海弟……どうせ兄は名前で呼んでるし、こっちも名前でいいか。充也の第一印象は明朗・快活。またそれなりに格式高い私立中学なだけあって礼儀正しいようだ。俺の通ってた公立中とはきっと世界が違うんだろうな。


「で、『助けてくれー』って何があったんだ?」

「実は、うちのクラスでちょっとした事件がありまして……」

「事件」

「ステイ、六町」


 さっき解いたばっかりでしょ、謎。いや……こいつはもうあんなインスタントなネタじゃ満足できなくなっているのかもしれない。恐ろしい子……。


「その事件の犯人として、自分が疑われてしまっているんです! でも自分は、誓ってそんなことしてないんですっ! 信じてください!」

「いや俺に言われても……」


 慧明付属中の最寄り駅は富坂高校と同じ、物理的な距離はそこまで離れているわけじゃない。なるほどな、それで姉に助けを乞うたわけか。


「だから取り敢えず話を聞きに行って……よく分からなかったら二駄木に丸投げしようかなって」

「人の扱いが雑~~~~」


 俺のことをなんだと思ってるんだ……。


「それで、どんな事件だったの?」

「それが……って、あっ……」


 突然、充也の言葉が止まった。口をポカンと開けたままどこかを見つめている。俺はその視線を辿った。……充也の視線の先にいたのは、二つの人影。


 今度は見間違えるはずもない。慧明学園付属中、その女子の制服を着た二人。


「ま、舞浜さんっ!? それと二駄木さんも! えっと~……その~……」


 充也は急にオロオロとし出した。彼が今言った『二駄木さん』……流石に察しも付くだろうが、それは俺に向けての言葉ではなかった。


「……」

「……」


 一瞬目が合うが、お互いすぐに逸らす。そこにいたのは正真正銘、俺の妹。


 ……二駄木実子(みこ)だった。

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