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ミステリと呼ぶには愛くるしく、ラブコメと呼ぶには謎めいている。  作者: 平松 賀正
第九話 女の子たちがプールで濡れる回
39/81

#39 想いを伝える難しさ

「手紙を渡した相手って誰かな?」

「えぇっと~……彼、です」

「……どれ?」


 金子が指差す先には、水泳部の男子たちがいた。もうほとんど水の抜けきったプールの中で喋ったり写真を撮ったりしてる。まぁ水の抜けた学校のプールとかちょっと珍しいもんな。


「あの、一人だけ眼鏡をかけている人……鹿沼かぬまくんって言います」


 たしかに、眼鏡をかけた男子が一人いた。見たところ、いたってごく普通という雰囲気だ。


「それで、”変”って何が変だったの?」

「それは~……私が手紙を渡したのが一昨日のことです。これです」


 金子はポケットから一枚の紙を取り出した。

挿絵(By みてみん)

 『 明日の朝

   音楽室で待ってます 』


 これがその手紙の原本ってわけか。特に、『音楽室で』の部分だけは赤ペンで強調して書かれている。


「音楽室……実際来なかったのか、鹿沼は」

「はい、翌日の朝に待ってたんですけど……来ませんでした」

「あれ、っていうか小鞠は一昨日渡したんだよな? なんで今持ってるんだ?」

「実はこれを渡した、その翌日の部活のとき……


『あっそうだこれ。ちょっとよく分からなかったんだけどよ……なんかの暗号? なぞなぞみたいな? 結局どういう意味だったんだ?』


 ……って言いながら、返してきたんです~……」」


 ん? どういうことも何も『明日の朝 音楽室で待ってます』なんて文章、他に捉えようはないと思うのだが。


「う~ん。これは確かに金子さんの言う通り……」


 六町は考え込んで難しい顔をした。そして、


「……なんだか、謎めいてるよね」


 彼女は俺のほうを見つめて、そう言った。とにかく今は情報が足りてない気がする。


「手紙を渡したのは一昨日のいつだ?」

「ぶ、部活中です。えっと、実は……同じ水泳部の女の子たちは前から私の気持ちを知っていまして……その日、話の流れでやっちゃえ~って感じになって……。その、勢いのままにプールサイドで……」


 渡したのか。思い切ったもんだな~。……って、あれ。


「プールサイドで? プール掃除は今日なのにか?」

「あっ、すみませんっ! 説明不足でしたよね……。えっと、うちのプールは温水じゃないので、シーズンオフの間の部活はほとんど筋トレなんです。でもたまに外部のプールを借りて練習することもあって~……例えばおとといは千駄ヶ谷のプールで練習しました」


 なるほどな。金子はスマホを取り出したかと思うと、写真を見せてきた。


「こんな感じの場所ですっ。といっても、普通のプールですね」


 プールを背景とした写真の中には、いくつか今日のプール掃除でも見た顔があった。水泳部の部員だろう。そしてその中には鹿沼らしき人物もいた。


「この真っ赤なゴーグルをつけてるのが鹿沼だよな?」

「あっ、はい!」


 プールなので当たり前なのだが、眼鏡をかけておらず先ほど見た鹿沼とは少し受ける印象が異なっている。


「練習が終わってすぐ、背中を押された勢いで……ベンチにいた鹿沼くんに渡しました。でも恥ずかしくってえ……すぐ逃げちゃいました~……」


 プールサイドで渡した……もしかして。


「待て金子。まさかだがその時……鹿沼はゴーグルをつけてたか?」

「えぇっとお……はい、つけてたと思います。鹿沼くんのゴーグルは度が入ってるので、プールの時計やボードの練習メニューなどを見るときはいつもゴーグルをつけてるんです」

「度が入ってる……そんなゴーグルあるんだな」

「はい。普通のものより少々お値段張りますけど~……」


 ……そういうことか。


「うぅ……やっぱり振られたのかなぁ……。優しいけどちょっと抜けてるところがあるから……変な誤魔化し方で断ろうとぉ……」

「いや、多分そうじゃない」

「え……」

「……おそらく、鹿沼はあの手紙を正しく読むことができなかったんだ」

「正しく読む、ってどういうこと?」


 六町は首をかしげて聞いた。


「暗記の赤シートってあるだろ」

「うんうん。あたしもよく使うよ。英単語とか、古典の文法とか」

「……ところで今回の古典の点数は?」

「29点」

「ありおりはべり?」

「えっ何それ……」

「もう帰れよ……」


さぞ、 ()()ちゃんもサ未四已(さみしい)だろうな……。


「っと、赤シートの話だったな。あれはシートで隠すと赤系の色文字が見えなくなるって話だが、それと同じことが鹿沼にも起きてたんだよ」

「同じこと……あれ、確か金子さんの手紙って……」

「そう、『音楽室で』の部分だけ赤ペンで強調して書かれていた」


 それから金子が話していた、手紙を渡したときの状況を思い出す。


「鹿沼は手紙を渡されたとき『真っ赤なゴーグル』をつけていた。それには視力補助の機能もあり、手紙を読むときもゴーグルはつけっぱなしだった可能性がある。するとどうなるか?」

「も、もしかして……鹿沼くんには()()()()()()()()()()()()()()()!?」


 その通り。


「でも、赤ペンで書かれた部分を抜かしても『明日の朝 待ってます』ってなるよな? 一応文章にはなってるし、小鞠が言ってたような反応にはならないと思うんだけど……」

「多分だが、『待ってます』とは読まなかったんじゃないか?」

「どういうこと?」


 俺は金子の手紙に視線を促した。


「この『待ってます』の『待』の字、よく見てくれ。……金子のクセなのかもしれないが。一画目の線が小さくて、上に少し離れ気味じゃないか?」

「確かに、言われてみれば……。それになんだか見ようによっては……」


 六町は目を凝らして文字を見て、それから小さく声を上げた。


「あっ、これ……もしかしてその鹿沼くんは、『待』の一画目が『明日の朝』の後ろに付いてる”読点”だと思った……とか?」

「我ながらバカバカしい説だと思うが……俺もそう考えた」


 つまり、鹿沼は金子の手紙をこう読んだのだ。

挿絵(By みてみん)

 『 明日の朝,

       侍ってます 』


「だから『暗号』とか『なぞなぞ』なんて誤解が起きたんだ。『明日の朝、侍ってます』とか意味不明だしな。……安心しろ。振られてなんかいないし、なんなら色恋沙汰とすら思われてない可能性もある」

「そ、そうだったんですかぁ……。わ、わたしっ、もう一度頑張ってみますっ!」


 そう言って金子は両手に握り拳をつくり、自身を奮い立たせた。いわゆる”ぞいの構え”である。


 視線の先にいるのは思いを寄せる彼。金子はベンチから立ち上がり、向こうへと混ざりにいった。果たして彼女の思いは成就するのだろうか。


「コマリ、頑張るねぇ~」

「告白かぁ~…………あたしも…」

「え? なんて?」

「いや! 何でもないけどっ!?!?」

「えーなになに気になる〜!!」


 プールサイドのベンチで、彼女らはまた話に花を咲かせ始めた。男が入っていくのはちょっと無理そうなので、肩身の狭さを感じつつ俺は掃除に戻ることにしたのであった。

今回、小説用の画像を作成するにあたって、以下のフォントを使用させていただきました。

夜すがら手書きフォント - てててって - BOOTH【https://booth.pm/ja/items/2801268】

また、展開の都合で一部フォントを改変しております。

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