#38 女の子たちがプールで濡れる回
「二駄木くんは、学年順位ってどうだった?」
おも~い話を片づけてから数日経ち、6月。今は昼休みの時間だ。
ちょうどさっきの4時間目で中間テストの結果が出そろい、昼休みは各々テストの出来栄えについて話している者が多かった。その例に漏れず、六町も俺の成績が気になったらしい。
「どうって……9位だった」
「た、高い……二駄木くんってそんな勉強できたんだね」
「……。『できる』つっても、な……」
「え、嫌味? なんだか胸が……。これが……”怒り”という感情……?」
六町はまるでこの世に生を受けて初めて怒りという感情を知った怪物のような台詞を吐いた。
「いやいや待てって。話を聞けよ」
「今回結構いい線行ったと思ってんだけど、上には上がいるねぇ~」
「それはこっちの台詞だよ。……つい、妹と比べちまうんだよな」
「あれ、二駄木くんって妹さんいたの? 何歳?」
そういや、六町には話してなかったか。雨海にはたしか話した覚えがあるが。
「今年15歳で、慧明学園付属中の3年生だ」
「慧明って、あの? す、すごい……」
慧明学園といえば、東京の名門私立高校として名が知られる高校だ。そして、当然ながらその付属中学もやはり名門。俺の妹はそこに通っている。
「嫌味に聞こえるかもしれないし、実際そう受け取られても構わないけどよ。物心ついてから、俺は自分のことを頭がいいと思ったことは一度もない。妹が優秀すぎてな」
昔は俺の真似ばかりしていたのが、思えば妹の優秀さに気付始めたのは小学生の……。
「……やっぱやめようかこの話、なんか辛くなってきたわ……」
「な、泣くほど……?」
などと話し込んでいると、ポケットのスマホが振動した。俺は鼻水をすすりながら取り出し、通知を見た。
「……今日、部活ないのか」
「愛依ちゃんから?」
「ああ。なんでも今日の放課後、水泳部のプール掃除を手伝うことになったらしい。人手が足りないみたいでな」
「ふんふん、プール掃除……」
六町は何やら興味ありげに相槌をうって聞いていた。……そして、次にはこんなことを言い出した。
「私たちも、行ってみない?」
~~~
そんなわけで。
空は青く、雲は少なく。春も過ぎ去り、その気温は少しずつだが夏に近付いていることを感じさせる。梅雨の6月だが今日はかなり天気がいい。
「ふう……この辺はもう十分かな。水流してー」
「は~い!」
ホースから飛び出た水に太陽の光が差し込み、それは小さな虹を描き出した。プールサイドには一部見知った女子の姿が見える。
「疲れたよメイ~」
「いやさっきからホースで水流してるだけでよく言えるなっ!? ブラシ擦ってるほうが絶対疲れるって!」
「うえぇ~ん! コトハちゃーん!」
「それはー ……そうかも」
「むぐっ!? 裏切られたぁ……!」
二人同じく2年D組の雨海と東金、それから六町。彼女らはプールサイドの掃除をしていた。体育着に裸足という、いつになく涼しげな格好だ。
一方俺が掃除しているのはプールの中。プールの水かさはせいぜい足首が浸かる程度なのだが……中には大量の藻が発生しており、水は半透明の緑色になっていた。床や壁は汚れだらけ。他の水泳部員たちもせっせとデッキブラシを動かしている。
「……東金、あいつ真面目に掃除しに来たのか?」
「そ、それでもありがたいので……。あのう……今日は手伝いに来てくれて、ありがとうございますっ」
そう言いながら近寄ってきたのは……かつて同じ1年D組にいた、金子小鞠だった。
金子は現在2年D組、雨海や東金とは引き続き同じクラスだ。彼女は水泳部のマネージャーだったようで、同じD組で交友のある二人に今回協力を仰いだらしい。にしても奇妙な関係性だな~、この3人。
「っていうかプール掃除って水泳部がやってたんだな、全然知らなかった。大変だなぁ」
「大変ですけど~……でも、みんなでこうしてワイワイしながらプール掃除するのって、私は楽しいです……!」
そう言って明るく笑った瞬間……
「ってひゃうっ!!」
「お、おい大丈夫かっ?」
金子は藻で足を滑らせて尻もちをついてしまった。……2年生になってだいぶ久し振りに見た気がするな、コレ。
「だ、大丈夫です~……。うぅ、汚れちゃいましたぁ……。ヌメヌメしますぅ……」
なんだかちょっと発言が危ない聞こえた気がするが、要するに顔や手に藻がついたというだけなので本当に安心してほしい。
そんな調子で、俺はプール掃除に精を出した。まぁなんというか、色んな意味で退屈しねぇな。この空間……。
~~~
「こっちは全部終わったよー」
あれからしばらくして、六町や雨海らはプールサイドの掃除を終わらせたらしい。こちらの方もだいぶ進み、壁や床の汚れはほとんど落ちた。あとは汚れた水を全て流しきれば終わり、というところだ。
「わぁ……凄く綺麗になったね……!」
「ほんとだな~」
プールサイド組もこちらにやってきた。雨海はしゃがみ込み、すっかり綺麗な水色へと戻ったプールの床をまじまじと見つめていた。実際、ここまで目に見えて綺麗になっていく様は心地良ささえあった。
俺はプールを眺めて達成感に浸っていたのだが……そんな感慨をよそに、視界の端で怪しい動きをする者が一人。
「そろ……そろぉ……隙アリっ!」
「うわっ!?」
突如、東金が雨海に飛び掛かった。態勢を崩した雨海は仰向けになり、体育着は水しぶきで濡れてしまった。
「な、なんだよマリー?」
「む~、やっぱ透けないか~……」
「いや何言ってるんだよ!?」
少し不服そうな東金。ハーフで帰国子女とは聞いたが、アニメに興味持ったっつってもこれは拗らせ過ぎだろ。なんならこいつ自身が一番フィクションめいてるまであるぞ。
「でも濡れた体育着がぺっとりくっついて、メイのボディーの形がくっきりと……ぐへへ……」
「マジで何言ってるんだよっ!? 訳わかんない……怖い!!」
「あはは! メイの反応面白~い!」
お前のほうが面白いよ。
「……二駄木、もしかして見てたっ? へ、変態っ!」
「まぁ落ち着けよ、別にお前の体をジロジロ見たりなんかしてねぇって。つっても第一、お前の体はそんな起伏に富んでるほうじゃないし安心しグボァッ!!」
デッキブラシが顔面目がけて飛んできた。
「……むかつくっ」
「まぁまぁ愛依ちゃん。流石に投げるのはやり過ぎ……ってきゃっ!?」
雨海を宥めようと近づいた六町だったが……次は東金の毒牙は彼女を襲った。
「おーっ! おーーっ!! コチラのお山はなんとも観察しがいのある~……」
「と、東金さん!? そんな、やめっ」
「いいねいいね~! 作画資料にしちゃいたいくらい!」
「は、恥ずかしい……」
なんというか……雨海と違って六町の身体の方はもうこれ以上見てはいけない感じがする。一抹の気まずさを覚え、俺は彼女らから背中を向グボァッ!!
「あたしのときは平然としてたクセにっ!! 」
「心読みました??」
デッキブラシが顔面目がけて飛んできた。なんだかモノローグに言及してくる人間がどんどん増えてきてるような……頭にアルミホイルを巻かなきゃ……。
「あ、あはは…… あのう、そろそろ休憩しましょうか~……?」
「……だな」
俺たちはプールから上がり、プールサイドにあるベンチの方へと移動した。とは言ってもスペースには限りがあるため、俺は立って壁によりかかっているのだが。
「あっそういやこの前、ラブレター渡したってRAINで言ってたよな? 小鞠。結局どうなったんだ?」
「ら、ラブレター!?」
唐突に雨海が切り出した。六町はやたら驚いた様子……これまでの人生故にこういった話題には疎いからか。そして、当の話を振られた金子はというと……。
「ら、ラブレターなんて……ただ告白しようと、呼び出す手紙を出しただけです~っ! でも……あうぅ、それが~……」
「……ダメだった感じ?」
「いえっ、そのっ、なんというか……」
「??」
「ただ……なんだかちょっと変だったんです」
金子は少し身をよじり、言い淀みながら答えた。……しかし、その言葉に関心を寄せる者が一人。
「……”変”? どういうこと?」
六町である。……またしても、俺の元へと謎がやってきた。
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