#37 二人の少女
『……これから桐生君に会ってくる。やはり彼は償いをするべきだ。きっと、彼も心の内ではそれを望んでいるだろう。真実を公表すべきだと、説得してくる』
あの後、雨海父は意を決して桐生タクヤの元へ向かった。実際今日の昼休みには既にニュースになっており、SNSはとんでもないことになっていた。医者だし頭はいいはずだからそこら辺は大丈夫だと思いたいが、俺はただ雨海に火の粉がかからないことを祈るばかりだ。
「……これが3年前の事故の真相だ」
戻って時は放課後、場所は将棋部室。俺は六町に昨日の出来事を全て話した。
「そう……だったんだ。先輩の、死の……」
六町はまだ少し混乱しているように見えた。まぁ無理もないか。まさか現実でこんなことが起きていたなんて、普通は思いもしないだろう。
「私にできることって、もう何もないと思ってた。これで先輩も浮かばれるかどうかは、私には絶対分からない。でもあの事故の真相を知ることができて、事故の償いもなされて……よかったって、私は思ってるよ」
「……その鶴見先輩ってさ、どんな人だったの?」
「……明るい人だった。とは言っても、私もよく話すって言えるほどじゃなかったんだけどね。けど学校では腫れ物扱いで浮いてた私にとっては……それでも一番身近な、同年代の女の子だったんだ」
雨海の問いに答える六町は目を細めて、懐かしむように語っていた。
「……本当にありがとう、二駄木くん。それと、ごめん。私が巻き込んだのをきっかけに……大変だったよね」
「別に気にするなよ。途中から俺自身も気になり始めてたし……」
……それに。
俺は雨海の方を見た。俺の視線に気づいた彼女は不思議そうに目を丸めた。
俺のような一般人が事故に潜む悪事を暴いたところで、俺自身にできることなど何もない。裏社会の闇をどうこうする力なんて俺にはない。だが……。
「……まぁ時間経ってあたしも流石に落ち着いたっていうか、その。あたしからも……ありがと。あんたのおかげで……あたしは悪くないんだって、自分を責める必要なんてなかったんだって、分かったから……!」
…… 一人の少女のためにできることはあった。それで十分なのだと、この微笑みを見て俺は思った。
「これでほんとに本当の解決、なんだね」
「……実はひとつ、最後に解き残した謎がある。おい雨海」
「あ、あたし!?」
この期に及んで自分が呼ばれるとは思っていなかったらしい。雨海は間抜けな声を出した。
「そういやまだ判明してなかったよな? ……お前が転校を迫られてた理由」
「えっ、なに今更。あれは……あたしがあまりに文系科目サボり過ぎたから……」
「それはお前が勝手に想像したってだけの理由だろ?」
「えぇ~じゃあなんなのさ?」
雨海はすっかり調子を取り戻したようだった。しおらしい姿より、こっちのがしっくりくる。
「ずいぶんと前のことだが……俺が将棋部の岡部と青堀って先輩に会ったとき、こんなことを言ってたんだ」
・・・
『たしか最初に来たのは文化祭の後だったから……去年の9月くらいからかな』
『あったな。文化祭でお会いしたときはいい人だと思ったんだが……』
・・・
「うん、そうだね。お父さんが珍しく休みをとって来てくれたからよく覚えてくれる。けど、それが終わったあたりだったかな。転校をしつこく言われるようになったのは……」
雨海父は去年の”文化祭へ行った直後”から転校を迫り始めた。
「ところで雨海。実はな……去年の文化祭でウチのクラスがやってた『遊技場』、あの1位は六町だったんだよ」
・・・
『つーかソレ、多分うちのクラスでやってた『遊技場』だな。確かに一人だけとんでもない点数出して黒板に名前書かれてた王者がいたのを覚えている。』
・・・
「あ~、ロイヤルストレートフラッシュ。ってアレ六町だったの!?」
「一生分の運を使い切ったような気がしたよね……」
六町は俺たちD組の出し物でぶっちぎりの1位を獲り、黒板には”名前”を刻まれた。
「それで六町……お前は過去に一度、雨海の父親に会ってるはずなんだ」
・・・
『あのっ、先輩……鶴見里香さんは、助かりますか?』
『六町さんっ! 手術前なんだ。先生に話かけちゃだめだ。』
・・・
「さっき話を聞いた限りだと、そうらしいね。まさかあのお医者さんが雨海さんのお父さんだったなんて……」
……そして、雨海父と六町は過去に一度”会った”ことがあった。
これで要素は揃ったか。
「雨海の父は去年の文化祭で、おそらく娘のクラスへ行って六町の名前を目にした。それによって、あの事故のときに病院で会った少女が娘と同じ学校にいると知ったんだ」
「えっと……?」
「あの人は雨海が事故の真相に気付くことを恐れていた。そして、六町は事故の関係者。……要するに雨海を転校させようとしてた本当の理由は『雨海愛依を六町琴葉から遠ざけたかったから』だったんだよ」
実際、六町と雨海の両方からヒントをもらわなければ、俺は今頃真相に辿り着けていなかったはずだ。
「そう……だったんだ……」
「なんか、運命めいたものを感じるよな。真実が明らかになったのも……こうしてお前らが巡り会ったからなんだからよ」
3年前の事故をめぐるこの物語の主役は、間違いなくこの二人の少女だった。俺はただ途中から介入して、解きほぐしただけ。
二人はお互いに顔を見合わせた。
「雨海さんが……」
「六町が……」
そして、手を取り合った。
「……ありがと、六町。一応あんたにも、礼言わなきゃだね」
「ううん、私は何も。だって……」
六町は視線を雨海から外した。それから雨海も、六町と同じところへ視線を向けた。
「この縁は、二駄木くんがくれたものだから」
二人が見つめているのは、俺だった。
「ま、確かにそれはそうかもっ」
「なんだよそれ。いつも思うけどよ……ちょっと人のことゾンザイに扱いすぎじゃねーか?」
「別に~? そんなことないって~」
放課後の将棋部室。気づけばベラベラと話しているうちに、窓から差し込む光は茜色を帯び始めていた。
この頃二人でいることの多かった部室はしばらくぶりに賑やかさを見せ、俺はそんな光景を眺めながら……
「たまには、いいかもな」
……そんなことを独り言ちた。なんだか気恥ずかしいから、誰にも聞こえないくらいに声を潜めて。
とりあえず、大きな縦軸の一つは完結しました。
しかしまだまだ話は続きますので、ぜひお付き合いください。
そして。面白かったら評価・ブックマークの方も、よろしくお願いします。