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#33 轍

 そんなこんなで隣の車両に乗る雨海の様子をうかがいながら電車に揺られ、やがてひとつの駅に到着した。


『次は、御茶ノ水です。The next station is……』


 雨海に動きがあった。扉の目の前に移動……ここで降りるみたいだな。


「行こう!」


 扉が開き、電車を降りて、ホームを行く。


 改札を出て階段を上ると程なく地上に出て、目の前には橋が見える。明大通りもとい”お茶の水橋”だ。


 御茶ノ水という街に抱くイメージは人によりけりだろうが、個人的には”学生街”のイメージが強い。御茶ノ水には多数の大学および予備校・学生塾が集中し、またそれらに通う若者の腹を満たす飲食店もかなり豊富だ。あと何故か楽器屋がやたらと多い。


 雨海は駅を出てからも迷わず歩き続け、やがてある建物の前で立ち止まった。


 ここは……。


「病院……みたいだね」


 雨海が立ち止まった建物の脇には『関東医科大学病院』と書かれている。そして雨海の視線の先にいるのは……今回のお目当て、雨海槙人だ。雨海は槙人さんの方へ近づいて、何やら話し始めた。


「さて、どうやって接触したもんか……」


 雨海にはできれば気付かれたくないが……どうしようか。考えた末、俺はあえて身を乗り出してみることにした。


「……?」


 槙人さんの表情を見るに、どうやらこちらに気付いてくれたらしい。それを確認した俺は、白々しく再び物陰に身を隠した。ここからは半分賭けのようなものだが……どうだ?


 ……コツ、コツ、と足音が聞こえてくる。


「……久し振りだね、二駄木君」

「こちらこそ、お久し振りです。槙人さん」


 どうにか願った通り、一人でこちらに来てくれた。雨海は先に病院へ行かせたようだ。


「そちらは見たことない顔だね? 初めまして、雨海槙人です」

「はい。初めまして、六町琴葉です」

「ここが槙人さんの大学……ですか?」

「いや、違う。ここは父さんの勤める病院だ。それにしても、何故こんなところに? ……診てもらいに来たようには見えないが」


 流石に分かっちゃうか~。さて、どこから聞いたもんかね。


「ちょっと聞きたいことがありまして……このメモなんですけど、何か心当たりはないですか?」


 俺は例のメモを槙人さんに見せた。その瞬間……。


「……!」


 槙人さんの顔が強張(こわば)った。やっぱり、この人は何かを知っている。だがすぐにそれを話そうとはせず、その様は戸惑い躊躇しているようにも写った。


「わざわざ愛依のあとをつけてまで僕に話を聞きに来た……つまり愛依にはまだそのことを話していないと見えるね」

「まぁ……そうですね」

「しかし僕より身近な存在であるはずの愛依に聞いていないのは、やはり不自然だ。おそらく、愛依には話さないよう君たちに指示した人間がいるんじゃないか? ……あるいは、それが君たちのどちらかだったりしてね」


 ……鋭いな。流石は医大生。


「正直、このことを話していいものか僕も迷っている。愛依は普段から気にしていないと言っているが、もしかすると……と思うとね」


 何やら意味深なことを言っている。雨海が『気にする』とは?


「……でも、君になら教えてもいいのかもしれない」

「俺……ですか」


 槙人さんは首肯する。それから考え込むように顎に手を添え、少ししてから再び口を開いた。


「3年前に起きた桐生タクヤと佐野沙織の事故、あれについて詳しく調べてみるといい。……僕の口から言えるのはここまでだ」

「やっぱり、あの事故ですか」


 桐生タクヤと佐野沙織の事故……まぁたしかに。この二つの名前が並んだときから、実はこの事故のことは頭に浮かんでいた。有名人同士が事故に遭ったってことで当時かなり話題になったからな。


 大雑把に言えば……女優・佐野沙織の乗る車に、桐生タクヤの車が突っ込んだという事故だ。佐野沙織のほうは奇跡的に軽傷で済んだが、桐生タクヤの容体はかなり深刻だったようで、活動再開までは2年もかかった。


「もっとも、君のことだから少し調べれば分かってしまうんだろうな」

「なんすか。買いかぶり過ぎじゃないですかね、俺のこと」


 俺はげんなりとした顔で言ってやったのだが、言われた当人は意に介しておらず腕時計を確認していた。兄妹なだけあってこちらも顔がいいのだが、なまじ所作が様になっている分いけ好かない。


「そろそろ戻らせてもらうよ。愛依も待っているだろうし」

「……そういえば雨海って、脚は大丈夫なんですか?」

「心配には及ばないよ、今日はただの定期検査さ。そうだ……これ。僕の連絡先も渡しておくよ。妹をそう何度も尾行されてはいい気持ちはしないからね」

「あぁ、どうも。……それじゃ、ありがとうございました」


 俺がそう言うと、槙人さんは病院へ戻っていった。俺たちもその場を離れて駅へと引き返すことにした。


~~~


 帰りの電車に揺られながら、俺はスマホで件の事故のことを調べていた。あれだけ話題になっただけに情報はいくらでも出てくる。その中のひとつ、当時の新聞記事によると……。


『桐生タクヤ氏、女優・佐野沙織乗る車に追突』

『29日午後9時ごろ、シンガーソングライター・俳優の桐生タクヤ氏は車の運転中、東京都xx区xx x丁目の交差点付近で路肩に停車していた乗用車に後方から追突した。この日の東京は珍しく濃霧に包まれており、その影響もあったと見られている。


 追突された車は桐生氏が所属するスファエラ・エンタテイメントの子会社、オルビス・エンタテイメントの社用車であり、女優の佐野沙織(28)とそのマネージャーが乗っていた。両者は奇跡的に軽傷で、救急が来る前に自力で脱出できた一方、車内で発見された桐生氏の体は―――』


 この記事の内容は概ね俺も覚えている。交通事故は被害者が軽傷の場合、逮捕までは至らず在宅事件になることが多い。他の記事によればこの事故もそうなったようだ。ま、でなきゃ今頃活動再開なんてできてないか。


 俺は事故が起きた日付に他の記事がないか改めて検索をかけた。当時の様々なネットニュースがヒットする中、俺の目を惹いた見出しがひとつ。


『桐生タクヤ氏の事故直前にタクシー追突 少女1人死亡』


 ……俺はその記事を閲覧した。


『シンガーソングライター・俳優の桐生タクヤ氏が事故を起こした直前、同じ交差点ではもう一つの事故が起きていたことが分かった。


 29日午後9時ごろ、東京都xx区xx x丁目の交差点手前で路駐していた乗用車に背後からタクシーが追突。運転手は急ブレーキを踏んだものの間に合わず、追突された車内にいた少女(15)は病院に搬送されたものの手術中に死亡。タクシーのxxxx運転手(64)は軽傷で、乗客の少女(14)も重傷を負った。この日の東京では記録的な濃霧が発生しており、その影響もあったと見られる。


 また追突された車はこちらもオルビス・エンタテイメントの社用車であり、乗っていたのは同事務所所属のモデルだった模様。運転をしていたマネージャーは事故が起きた瞬間、()()()()()()()()()と共に付近のコンビニエンスストアにいた。事故が起きてすぐ駆けつけ、少女を車内から助け出したが、最終的に命は助からなかった』


 ……思い出した。確かにこのニュースは当時もやっていた覚えがある。しかし桐生タクヤの起こした事故の話題性があまりに強く、すぐに人々からは忘れ去られてしまったのだ。


 そして、


「……六町」

「……なに?」


 この記事を読んで色々と察しがついてしまった。なぜあのメモを見た六町が”雨海本人には聞くな”と言ったのか、その理由が。


「六町。そういや今まで聞いてなかったけどよ……お前が所属してた事務所って、どこだ?」


 六町は何かを見るでもなく、何もない宙を見つめながら言った。


「……オルビス・エンタテイメント。そのジュニア部門だよ」

「もしかして、お前は……」


「うん。あの事故のとき、私ね……現場にいたんだよ」

シリアスはあまり長引かせ過ぎないようにする予定です。

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