#32 答えの背中を追いかけて
……ぎっ…。
……だぎっ…。
「二駄木~っ?」
「がっ!?」
連休明けの火曜、放課後。場所は将棋部部室。今俺の名を読んだのはここ将棋部の現部長、雨海愛依だ。
「どうしたんだよ、急にボーっとしちゃってさ」
「いや別に……ちょっと考え事をな」
考え事……もちろん昨日発見された例のメモのことだ。雨海の顔を見ていると嫌でも気になってしまう。
俺は昨日のことを思い出す……。
~~~~~
・・・
メモに書かれていた四つの名前。
『桐生タクヤ』は言わずもがな、超有名なシンガーソングライター兼俳優である。『佐野沙織』は数年前からドラマや映画で引っ張りだこで、たしか20代後半くらいの女優だ。それから……。
「……ここに書かれてる『鶴見里香』って、さっき言ってた”先輩”のことか?」
「う、うん。歩ちゃんと同じマネージャーさんが担当してた人で、モデルをやってた事務所の先輩」
六町のアルバムには『里香』と添えられた写真があった。それは事務所の日常を切り取ったような雰囲気の写真で、六町と一緒に写り込んでいた女子が鶴見里香なのだろう。
しかし……桐生タクヤ、佐野沙織、ここまでの組み合わせなら一応思い当たる節もある。そしてここに鶴見里香を加えても一応『芸能活動に関わりのある人間』という共通点がある。だが……。
「でも、一番びっくりしたのはやっぱり……」
「ああ」
その中にあった『雨海愛依』の文字。……同姓同名と片づけるにしては、あまりに一致しすぎている。
「このメモを書いたのは鶴見里香のマネージャーって話だよな? もしこれが本当に雨海のことだったとして、じゃあなんで雨海の名前をその人が知ってるんだ?」
「それは……」
「まぁここで考えても分からんだろうし、明日雨海にでも聞いて……」
「待って」
俺が言う途中で、六町の声がそれを遮った。彼女の顔はいたって真面目そのものだった。
「雨海さんに直接このことを聞くのはちょっと……待ったほうがいいかも」
・・・
~~~~~
「……雨海って芸能活動とかしたことあるか?」
「えぇっ、あるわけないじゃん。何? 突然さ~」
「いや~……な、なんだ、雨海ってそういう業界でも通用しそうな顔面だよな~……みたいな」
「は、はぁっ!? なななに言い出すんだよひゅうにっ!」
あ、噛んだ。雨海はかなり取り乱しているようだ。……流石に誤魔化すためとはいえ、発言がキショ過ぎたか。
しかし、やっぱり芸能活動したことはないみたいだな……。あの四つの名前の共通点も結局分からず仕舞いか。六町に言われたので直球な聞き方はしないようにしたつもりだが、そもそも彼女があのように制止してきた理由……何か知っているのだろうか。
……などと考えていると、雨海のスマホが鳴り出した。
「あっごめん。ちょっと電話出るから」
そう言うと雨海は俺から離れて部室の壁際によりかかり、通話を始めた。
校舎の端にある静かな部室だからか、雨海の話し声は俺の耳にもよく届いた。
「あ、兄ちゃん? 何? …………え~いいよ別に、一人で行けるって。過保護なんだから~!……はいはい分かったよ~。明日学校終わったら直接行くから、16時前くらいに待ち合わせね。ん、じゃ」
~~~
「……ってことがあってよ」
「なるほどね」
その翌日、水曜の朝。まだホームルームより20分以上早い時間。俺は六町に昨日のことを話していた。
「で、雨海本人に聞くのはちょっと……って言ってたけどよ、雨海の兄ならどうだ?」
「うーん、まぁお兄さんなら大丈夫……かな? 私もあのメモのことは気になるし、話を聞いてみたい。どこで待ち合わせするとかはわかった?」
「いや、それが聞こえなかったんだよなぁ」
「そっか……。じゃあ今日の放課後、雨海さんをつけてみない?」
「『つける』……尾行するってことか? いや流石にそれは……」
そう言う六町の顔はいつになく真面目なものだった。
「ん~? 雨海さんの話?」
「真鶴か」
「あ、真鶴さん。おはよう!」
「おはよ~琴葉ちゃん! あと二駄木くんも!」
そう言って突然話に入って来たのは真鶴千夏だった。
「というか真鶴さん、雨海さんのこと知ってるの?」
「うん。同じ中学だったから。特別仲いいってほどでもなかったけど、中二で同じクラスだったときは普通に喋るくらいだったよ」
「中二……そのときの雨海さんについて、何か知ってることってないかな?」
「って言われてもねぇ~、正直3年前の話だからあんまり……なんか事故に遭ったってことくらいしか」
事故……?
「……もしかして、そのときに脚を?」
「あっ、よく知ってるね? 雨海さんそれから1ヶ月も入院しちゃってさ。学校に通えるようになっても、体育にはほとんど出られなくなっちゃったのは覚えてるよ」
雨海の脚といえば……高校一年の二月、槙人さんと美術室でひと悶着あったときに知ったのが最初だ。あのとき槙人さんは詳細な理由までは語らなかったが、原因は事故だったのか。
「サンキュ。有益な情報だった」
「いえいえっ。しかしツイてるねぇ~琴葉ちゃん! よっ遊技場1位の女!」
そう言えばそんな話もあったな。去年ウチのクラスでやってた『遊技場』の話だ。真鶴は茶化すだけ茶化してその場を去っていった。
「……それじゃ二駄木くん。今日の放課後、よろしくね」
しかし、まさか尾行とはな。六町をそこまで駆り立てるモノとは一体……。
~~~
「……じゃ、これでホームルーム終わりっ。解散!」
担任がそう言って、B組はやっと放課後を迎えた。帰りのHRが終わる速さというのはそのクラスの担任によってまちまちだ。我らがB組の担任は普通くらい。対してE組の担任なんかは延々と長話を続けるので、HRが終わるのは毎回一番最後。そして雨海のいるD組はと言うと……。
「ハヤ過ぎんだろ…」
鞄を背負ってすぐD組の教室へ向かうと、そこに雨海の姿はなかった。D組は毎日一瞬でHRが終わると専らの評判である。
「おーい、東金っ」
一応お手洗い(丁寧な表現)に行っただけの可能性もある。俺は雨海の動向を知ってそうな東金に声をかけた。おいそこの男子共、俺はただ声をかけただけだぞ。何故こっちを見る。
「はいはーい、どうしたのソーイチ?」
「雨海がどこに行ったか知ってるか?」
「え? メイならもう行っちゃったよ? なんか用があるらしいけど」
「わかったサンキュ」
「へいへーい!」
「名前呼びだと」「なんなんだアイツ!」「てか雨海さんとも?」……外野がうるさいんじゃい! 俺はさっさと教室を出た。廊下で待っていた六町が早足で近付いてくる。
「どうだった?」
「もう行ってるらしい」
「急がなきゃだね……」
そう言うと六町は歩みを速めた。俺も離されないようについていく。下駄箱で靴を履き替え、そこからは駆け足。
「……いた!」
雨海は大通りの向こう側を歩いていた。青信号がギリギリだ。急いで、なおかつ目立たない程度に抑えて渡る。そこからはバレないように距離をとりながら後をつける。
そうしていること10数分、学校の最寄り駅に着いた。雨海は改札を抜け、ホームへと階段を登っていった。PASM〇の残高も十分、俺たちも改札を通り抜けて後を追う。
ホームへ上がると、ちょうど電車が来ようとしているタイミングだった。雨海と同じ車両に乗るのはリスクが高い。ここは隣の車両を狙おう。俺たちはホームにある柱の裏に隠れ、様子をうかがう。……そっちのドアから入ったか! なら……ッ!
「……ん?」
(やばいッ、振り向こうとしてる! 迂闊だったか……ッ!)
車内の雨海はふと、こちらの方へと向き直った。
(見つかる……!)
「……??」
……しかし、なんとかギリギリ見つからずに済んだ。
「あ、危なかったね……」
「お、おう……。ところでその……六町さん??」
シャン〇ス……!!! 胸が!!!
見つからなかったのはいいが……俺は柱の陰にいた六町に後ろから胴を引っぱられ、背中には二つの”凶器”が突き立てられた。背中の傷は剣士の恥ってね……。やかましいわ。
「え、あっっ!? えっと、そのっ!? 違くて……!」
「てか閉まる閉まるッ!!」
雨海はもうこちらを向いてはおらず、視線はスマホに注がれていた。
急いで俺たちは電車に駆けこんだ。多分今めっちゃ変な目で見られてるんだろうな……俺たち。
幸い隣の車両にいる雨海にはバレていないようだし、まぁいいか……。そんなドタバタの末、電車は駅を出発したのであった。
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