#31 パンドラの箱
「うめ~~~」
俺がいま食っているのは蕎麦だ。ロケの休憩も終わり、謎を解き終わった俺は六町たちと別れた。
しかし草団子とほうじ茶で腹がふくれるわけもなく、少し遅めではあるが参道沿いの蕎麦屋で昼食をとることにしたのだった。
「確かここが巴とプロデューサーが一緒に食ってた蕎麦屋なんだよな……」
和を意識した店内の雰囲気、上手い蕎麦、ええな……。
聖地巡礼って今までしたことなかったけど、楽しいな。アニメと同じ場所の雰囲気を感じるのもそうだし、普段は目もくれないような場所へ赴くいいきっかけになる。シンプルに人生がちょっと面白くなってる感じがする。
「ありがとうございました~」
けれども、一番安いメニューでも900円……高校生からしてみれば正直ちょっと高い……が、まぁ仕方ない。
それから、最後に嶋俣帝釈天。
シーズンではないからか5月の嶋俣帝釈天はかなり空いていた。境内は自宅近所にあるような小さな神社よりずっと広く、美しかった。古い建築ながらも清潔さはしっかり保たれておりゴミなども全く落ちていない。人々に大切にされているのが伝わってくる。
ここでもアニメと同じ画角で写真を撮り、その雰囲気を一通り堪能した。ここで行き止まりなので基本的にはあとは引き返すだけとなる。境内を出て、帝釈天参道を通り、駅前へ。最初に見た銅像との再会だ。立ち止まってなんとなくそれを眺めていると……
「二駄木くんっ」
不意に声をかけてられた。誰……というか一人しかいないわな。言わずもがな、六町だ。
「もう終わったのか? 収録」
「うん。まぁ、ここから更にオンエアされるのは15分くらいまでみたいだけど」
「そんなもんなのか」
「でも十分凄いよ、歩ちゃん。私はもう一般人だし、実質”歩ちゃんだけが主役の尺”がゴールデンの1時間バラエティで1/4近くなんて……」
そう言われると途端にすごいなと思い始めてきた。あんな普通に喋ってしまって恐れ多い……でも素はポンコツなんだよなぁ……。
「……そういや、あの日に午前と午後で撮影してたドラマって何だったんだろ。六町、知ってるか?」
「うん。先月始まった『ドクトリス・デクスター』っていう医療ドラマ。ほら、主演が桐生タクヤの」
「あ~見てないけどなんか知ってるわ」
「歩ちゃんは主人公が勤める病院の新米医師の役なんだよ」
桐生タクヤとはシンガーソングライター兼俳優の超大物マルチタレントだ。音楽家としても役者としても一流という、まさに日本を代表する芸能人の一人と言っていい。このドラマは数年前外科医に命を救われ、奇跡の復活を遂げた桐生タクヤが医師の役という触れ込みでも一時期話題になった。
「ところでなんだけど、ちょっと駅前のカフェに寄って行きたくて。いい……かな?」
「なんで。それって俺いる必要あるのか?」
「あるよ~?」
そう言うと六町は俺の服の袖を引っ張ってカフェへの方へと向かった。
~~~
駅前にあるカフェは割とどこにでもあるチェーン店で、古風な雰囲気の参道とは対称的に新しめの小綺麗な印象だ。
「で、何の用だよ?」
「それはね……じゃんっ」
六町が鞄の中から取り出したのは、一冊のアルバムだった。
「渋川さんってね。実は昔、私のマネージャーだったんだ」
「えっ、そうだったのか」
「で、この前今日のロケの打ち合わせをした時に、このアルバムをいらないかって聞かれてね」
今日の収録のついでに受け取ったってことか……。
「これって……」
「私が芸能活動してたときの写真とか諸々が入ってるアルバム。私が辞めるのを決めたときはその……事務所も色々あった時期でさ。ちょうど最近見つかったから貰わない?って」
「……なんで俺にこれを?」
「それは……二駄木くんには見て欲しいなって、なんとなく思ったの。一番キラキラしてた頃の、私」
そう言うと、六町はアルバムを開き始めた。……当時からあまりドラマを見るタチじゃなかったが、それでも多少見覚えがある。『青井家の300日間』に出演していた頃の六町だ。たしかに、キラキラしている。
六町は懐かしそうに写真を眺めていた。ページをめくる速度が遅いのは過去に思いを馳せているからだろうか。……本当に、彼女にとって過去は”嫌なもの”じゃなくなったのだなと思った。
心底羨ましい。
六町はゆっくりとページをめくっていった。……だが、あるページを開いた瞬間、僅かに表情を変えた。視線の先にいたのは、見知らぬ女子。
写真の下には『里香』と書かれている。一緒に写っているのは中学生くらいの六町か? 歳は離れていなさそうだが……。
「その人は?」
「……えっ、あっ、先輩だよっ? 当時の……」
六町はそのページだけはじっくり見ることなく、さっさとめくってしまった。
そして……その次のページには、一枚の紙が挟まっていた。
「? ……なんだろう、これ」
見た目はただの、罫線もないメモ用紙。二つ折りになっているが折り方は少し雑だ。
どう見たって単なる普通の紙きれ。
「……ッ!?」
だが、その中を見た六町の反応は普通じゃなかった。
その紙切れは茫然とする六町の手を離れて、アルバムの上へとひらひら舞い落ちた。
「…………なんだ……これ」
その紙には、4つの名前が書かれていた。
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桐生 タクヤ ー 佐野 沙織
鶴見 里香 ー 雨海 愛依
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