#30 才能の差
深谷歩の最初に呈した疑問はたしかに解決した。しかしその道すがら、謎が新たな謎を呼んだ。
『白井ユメはなぜ写真を加工したのか』
……だが、ヒントはもう十分与えられていると言っていい。少なくとも俺はそう考えている。
「さっき俺はあのツーショット写真を見て、”楽屋の扉と座敷の位置関係”を推測しました」
「えっと、たしか二駄木くんは……」
・・・
『写真から推測すると……この楽屋、座敷があるのは”扉から入って右”っぽいな』
・・・
「あの楽屋は”扉から入って右”に座敷があるって言ってたよね。あれっ、でも……」
「そうだ。ここまでの推理を前提として考えると、写真は”左右反転されている”ワケだから……その逆。あの楽屋は”扉から入って左”に座敷があったことになる」
「待ってください。さっきも地図をお見せしましたが、”扉から入って左”に座敷があるということは”南側の楽屋”ということです。一方、歩の楽屋は地図の右上、北側です。それでは辻褄が……」
違う。辻褄が合わないんじゃない。……そもそもの認識が、全部が、”逆”だったんだ。
「深谷さんはさっき、あの日の白井ユメとのやりとりを語っていましたね。そしてその中でスタジオから楽屋までの道順についても話していたはずです」
・・・
『スタジオを出てすぐ右に行って……あそこ。廊下で一番端の楽屋』
・・・
「あの写真が『深谷さんの楽屋で撮られたモノ』という前提で逆算すると、この道順のスタート地点はおのずと”スタジオ北側の出入口”になります」
深谷さんの楽屋は、地図上で一番右上。地図を見ながらちょっと考えればわかることだ。
「しかし、仮にここで『スタート地点が”スタジオ南側の出入口”』だったとすると……?」
『スタジオを出てすぐ右に行き、廊下で一番端の楽屋』という道順を、スタジオの”南側出入口”からスタートし辿っていくと……。
「行きつくのは地図上で一番左下の部屋、本来の楽屋から見てちょうど点対称の位置です。あの写真が撮られた本当の場所は、ここだったんです」
その日の深谷さんは楽屋の場所を知らされておらず、楽屋までの移動は完全に白井ユメを頼りにしていた。白井ユメが深谷さんを連れて行くのにここを選んだのはおそらく意図的なもの。深谷さんがあとで本当の楽屋の位置を知っても、点対称の位置なら道順は同じになるからだ。
「でも、ますます分からなくなったね……白井さんが歩ちゃんをウソの楽屋につれていく理由なんて流石に……」
「その手がかりは、楽屋の湯飲みにあったんだ」
「わ、分かるんだ……」
六町は呆気にとられたような顔をした。
楽屋の湯飲みというのは、さっき深谷さんが言っていた……。
・・・
……『午後の撮影が終わったあと、ユメちゃんについてってまた楽屋に戻ったんです』、
『楽屋の湯飲みの数が休憩時間のときから、1コ減っているような気がしたんです』……
・・・
……あの話のことだ。
「そもそも本来とは違う楽屋を使うなんて、何時間もバレずにいられるとは思えない。おそらく白井ユメは深谷さんが楽屋を離れたあと、その荷物を本来の楽屋へ移したはず。つまり、午後の撮影を終えてから深谷さんが戻ったのは本来の楽屋だったんだ」
「……しかし何度も言っているとおり、北側と南側の楽屋では座敷の位置が異なります。流石に中に入れば歩が気づくのでは……」
「えっと、実はそのとき楽屋の中には入ってないんだよね、ユメちゃんが私の荷物も一緒に持ってきてくれてたから。湯飲みは扉から入ってすぐ正面のとこにあって、入んなくても見えちゃったんだ」
そんなちゃんとした理由があったのか……。正直、深谷さんがアホすぎて楽屋が左右逆になってても気付かなかっただけかと……いや本人には絶対言えんなコレ。
「ひ、酷い……」
「心読みました??」
モノローグの内容に当然の如く触れてくるマネージャーと女優怖すぎ。俺が顔に出やすいだけなのかな……。
「……とにかく、白井ユメが深谷さんをウソの楽屋へ誘導したのには、何か理由があったはず。おそらくその理由というのは……本来の楽屋で湯飲みを割ってしまったとか、そんな感じだったんだと思います」
確か、白井ユメは事務所から深谷さんと同じ楽屋を使うよう言われていた。きっと午後の撮影が始まるより早めに来た彼女は深谷さんの楽屋で待機していたんだろう。そして、そこで運悪く湯飲みを割ってしまった。
写真を左右反転させたのは、そのままだと深谷さんはともかく渋川さんが見たときに、楽屋の構造から気づかれてしまう恐れがあったからだ。
・・・
『ありがと! 今度渋川さんに見せて自慢しちゃおーっと』
・・・
……な~んて、本人が言ってたからな。
「……話は聞かせてもらっていたよ。いや~すごいねキミ!」
突如、背後から話しかけられた。顔を見ると……。
「ディレクターさん? えっと、何でしょう?」
その人は、このロケのディレクターだった。しかしなんだ急に?
「いや実はね。私はその日、白井ユメさんと話をしていたんだよ」
「え……」
深谷さんは静かに目を丸くした。
「エレベーターの修理が終わって、張り紙を回収してる途中に偶然会ってね~。私をテレビ局の関係者と見て声をかけてきたんだ。湯飲みを割ってすみませんとか、どうすればいいでしょうかって感じで」
俺の推理は合ってた、ということだな。
「ま、誰にだってうっかりはあるしさ。私は”キミ”にだけは黙っていようと思っていたんだけどね」
「……私、ですか?」
ディレクターは深谷さんのほうを見て言った。彼女にだけは、ね……。
「歩くんのこと随分ライバル視してるみたいだったし、調べてみれば同期なんだってね? 彼女はキミにだけには知られたくないって感じだったよ。キミはもう誰もが認める売れっ子だし、そういう悔しさとか妬ましさとか……私も分かっちゃうからさ」
スタートは同じだったはずなのに、努力だって惜しんでいないのに、それでも何故か『差』というものがついてしまう。挫折、先じて成功し始める同期への嫉妬。これはまるで……
「巴とあきらみたいだな……」
「えっ?」
「いや、なんでもない」
自然と呟いてしまった。六町はこちらを不思議そうに見ている。そういや今日ってガルビの聖地巡りに来たんだよな、すっかり忘れてたわ……。
深谷さんは真剣な面持ちで話を聞いていた。これから彼女と白井ユメの関係はどのような運命を辿るのか、俺には全く分からない。
ただなんとなく、モデル・女優としての白井ユメを、少しだけ応援したくなっている自分がいた。
……共感しちゃうだろ。挫折とか嫉妬心とか、そんなこと言われるとよ。
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