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#29 時間遡行

 深谷さんは”白井ユメ”とのやりとりについて話し始めた。


~~~~~

・・・


「そろそろ休憩にしまーす。最初言った通り、午後の撮影は別のスタジオなので注意してくださーい」



「さて、楽屋がわからないなぁ。どうしよ……」


 ……(靴音)。


「……全く、自分の楽屋くらい把握しときなさいよ」

「えっ、ユメちゃん!? なんでここに?」

「渋川さんに頼まれて来たのよ。午後からはアンタと同じ現場になるから、休憩になる頃にはスタジオに迎えに行って楽屋まで案内するようにって」

「そうだったんだ。ありがと、ユメちゃん!」

「……さっさと行くわよっ。こっちね」


 ……(扉を開く音)。


「スタジオを出てすぐ右に行って……あそこ。廊下で一番端の楽屋」

「なるほど~……これくらいなら一人でも見つけられたかもね?」

「そんな簡単な場所でさえ、道案内が必要って思われてるのよ……この方向オンチ!」

「ひ、酷い……」


~~


「そうだ、私ユキちゃんと一緒に写真撮りたいな!」

「……ちなみにだけど、アンタのスマホは?」

「えっと……あった。 あ、でも充電ないや」

「そんだけ売れっ子のクセしてここまでテクノロジー音痴なんて……仕方ないわね。アタシが撮るから、ちゃっちゃと終わらせるわよ。今日のお仕事が終わったらRAINで送るから、ちゃんと見なさいよ!?」


 ……(シャッター音)。


「ありがと! 今度渋川さんに見せて自慢しちゃおーっと」

「はぁ……あとそれから、アタシもここの楽屋を使いなさいって事務所から言われてるから、荷物置かせてもらうわよ。じゃ、アタシは先に行くから……」


・・・

~~~~~


「……こんな感じだったかな。その時ユメちゃんはもうご飯食べてたらしくて、早めにスタジオに行くって感じでした」

「でも本当に、あの日は白井さんがいてくれて助かりました……」


 あの写真が撮られるまでの流れはこんな感じだったのか。……思っていた以上に収穫が多かったな。情報はかなり出揃ってきたが……あと少し、確証を持たせるためにはほんの一要素足りない。白井ユメについてはもう少し探りを入れたいところだが……などと思案していると。


「お待たせいたしました。ご注文の草団子でございます」


 店の厨房からおばちゃんがお盆を持って歩いてきた。さっき注文したものが来たようだ。


「ありがとうございます」

「ごゆっくりどうぞ~」


 そういえば結局、この場の全員は同じ『草団子』を注文したのだった。テーブルには4人分の草団子、それから古風な湯飲みに注がれたほうじ茶が並べられた。


 とりあえず団子でも食って頭をクールダウンさせようか……あれっ、でもロケ的にはむしろ今の時間が休憩なんだっけ? 頭がバグりそう……。


「おいひ~!」


 草団子を食べた六町は幸せそうに顔をほころばせた。俺も「いただきます」と呟き、ひとつ口に含む。……見かけだけの印象だと薄味っぽく思えたのだが、実際に口にすると意外に甘い。さっぱりして主張の強すぎないほうじ茶も団子に合っている。うまいな……。


 しかし皆同様にしている中…… 一人だけ、全く団子に口をつけていない者がいた。


「どうしたの歩ちゃん?」


 不思議そうに深谷さんの顔を覗き込む六町。そんな深谷さんはと言うと、彼女の視線の先にはなぜか団子ではなく……


「湯飲み……」


 ……湯飲みがあった。彼女はそう独り言つと、俺の顔を真っ直ぐと見てきた。


「そういえばあの日……午後の撮影が終わったあと、ユメちゃんについてってまた楽屋に戻ったんです。そのとき気づいたんですけど、楽屋の湯飲みの数が休憩時間のときから、1コ減っているような気がしたんです……。いま、思い出しました。全然関係ないかもしれないですけど……」


 俺は自分の手の中にある湯飲みを眺めた。休憩のときと比べて、撮影終了後は湯飲みが1個減っていた……なるほどな。


「いえ……むしろ今ので、俺の中では大体説明がついた気がします」

「ほ、ほんと!?」


 六町はワクワクした様子で声をあげた。


「そもそも、深谷さんが”一番最初に不思議に思ったこと”とは何だったか?」

「えっと……たしかディレクターさんが『エレベーターは12時09分に直った』って言ってたのに対して、例の『ツーショット写真に写り込んだ電波時計』は『12時10分』。エレベーターに行ったのはこの写真を撮ったあとのはずなのに、歩ちゃんが着いたときは何故か故障してた……こんな感じだったよね?」

「そうだな。それと確か、ディレクターは『エレベーターの修理に立ち会っていた』、そうも言っていたはずだ」


 かたや修理にも立ち会っていた大人のディレクター、かたやスマホを全然見なくてマネージャーからもポンコツ呼ばわりの若手女優。この件において、果たしてどちらの言葉のほうが信憑性が高いかと言えば……。


「……ディレクターは修理が終わった時刻をかなり詳細に覚えていた。12時09分という時間の信憑性は高いと言っていい。疑う余地が大きいのはむしろ……」

「私……ですか?」

「実際そのときはスマホも充電が切れていたと言っていたし、自分の目で時間は確認してなかったんですよね?」


・・・

『……ちなみにだけど、アンタのスマホは?』

『えっと……あった。 あ、でも充電ないや』

・・・


「それは~……そうだった……かも」

「本当は?」

「見てなかったです!」


 よくそれで遅刻したりしないよな~。ある意味大物かも。


「でも、写真に写り込んだ電波時計も負けないくらい信憑性あると思うけどなぁ」

「ああ……もしあの写真が『深谷さん本人のスマホで撮られたモノ』だったら、な」

「どういうこと?」


 あの写真が示す時刻に間違いが生じ得るとすれば……。


「あの写真はおそらく、白井ユメの手によって加工……()()()()()()()()()()()で送られてきたんだ」


 左右反転というのは文字通り、例の写真が鏡写しのように左右反転させた加工を施されたということだ。


「……意味が分かりません。なぜそのような考えを?」

「よく考えてください。あの写真が既に左右反転させられているとすれば、写真が持つ意味はまるで違ってきます」

「”写真が持つ意味”……というのは?」

「写真に写ってた壁掛け時計の特徴を思い出してください」


・・・

『……デザインはかなり簡素なもので、時計盤に数字は書かれていないタイプだ。……』

・・・


「『時計盤に数字が書かれていない時計』を写真に撮って、それを左右反転させるとどうなるか。……それはもう、()()()()()()()()()()()()()()

「あっ、そっか……!」


 時計盤に文字が書かれていれば一瞬で気づけるが、今回はそうではなかった。


「ま、ぶっちゃけ時計と左右反転とかありふれた組み合わせではあるんだけどな」

「そっ、そっか……」


 少なくとも令和の世に単品でお披露目する内容じゃあない……気を取り直して。


「んで、左右反転されていたとすれば『12時10分』は……『11時50分』になるな」

「え、それなら……写真撮ったあとにお昼食べて楽屋を出るまで、絶対15分もかかってないから……」

「であれば楽屋を出たのは遅く見積もっても『12時05分』。移動時間を考慮してもまだエレベーターの修理は終わっていないはず」


 これで当初の謎、エレベーターの故障については解決した。だが、


「ここまでの推理が当たっていたとして、じゃあなんで白井さんは写真をわざわざ加工して送ったんだろ?」


 そう、ここで新たに"白井ユメの謎"が浮上してくるのである。謎の答えを知りたがるお嬢様を満足させる戦いは、まだもう少し続く……。

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