#28 こちら、スタジオにて
「この前、ドラマの撮影でテレビ局に行ったときのことです」
深谷さんは神妙な顔つきでそう語る。
「午前中に撮影を始めて、お昼頃になると一旦休憩で楽屋に戻りました。午後の撮影は別の階のスタジオだったので、お昼を食べてしばらくしてからエレベーターに向かったんですけど……乗ろうとしたら『故障中』って紙が貼ってあって、その日は別のエレベーターを使ったんです」
「……続けて」
「今日のロケも同じ局の番組なんですけど、ディレクターさんと話してるときになんとなく、その故障してたエレベーターの話を振ったんです。すると……
『あぁ、あったねそんなこと! 私も1階で修理に立ち会ってたけど、12時過ぎには直って全フロアの張り紙も回収したよ。それに反対側のほうはずっと動いてたから、大事には至らなかったけどね』
……って言ってて、……でもおかしいんです」
「『おかしい』とは?」
「エレベーターの故障が直った時刻より、どう考えても私が故障してるのを見た時刻のほうが後なんです」
……”直って”いたはずなのに”故障”していた? ……さっそく色々と思考を巡らせていると、ふと六町がこちらを見つめているのに気付いた。
「ほらっ、なんだか謎めいてるよね?」
「……あぁ、そうかもな」
概略としてはこんなものか。とりあえず、確認しなきゃならない事柄がいくつもあるな。
「まず時刻をはっきりさせておきたい。エレベーターが直った『12時過ぎ』って、具体的には?」
「聞いたら『12時09分』って言ってました」
「じゃ、『故障したエレベーターを見た時刻』がそれより遅かったという根拠は?」
「えっと……スマホどこやったっけ……あ、あった。……これです」
深谷さんが見せてきたのは一枚の写真だった。写っているのは深谷さんと、それからもう一人。女の子とのツーショットだ。髪は黒髪ツインテールにピンクのエクステ、歳はおそらく高校生くらい? また、背後には照明付きの鏡や座敷が見える。いかにもテレビの楽屋って感じだな。
「休憩時間に楽屋で撮ったんですけど……ここ、よく見てください」
深谷さんが指さすところを見ると……後ろに壁掛け時計が写っていることに気づいた。デザインはかなり簡素なもので、時計盤に数字は書かれていないタイプだ。
時計が指し示す時刻は、『12時10分』。……エレベーターが直ったのは『12時09分』だったか。つまり、この写真を撮った時点で既に修理は終わっている……。
「でもこの時計、本当に時刻が合ってるって保証はあるんですか?」
「はい。少なくともここの局内にある時計はそのほとんどが電波時計ですし、電池切れが分かればすぐに取り替えられますので」
「業界人のスケジュールは分刻みだからね……」
渋川さんと六町が補足してくれた。なら時計がズレてるって線はナシか……。とはいえ、ここまでの話を聞いている中でひとつ仮説が浮上してきた。しかしそれを確かめるためにはどうすればいいのか、そこはまだ不明瞭なままだ。
「……とりあえず、テレビ局の地図とかってありません?」
「こちらを」
渋川さんは一瞬でタブレットを取り出すと、素早い操作でテレビ局の上面図を見せてくれた。……これは渋川さんが単にデキる人なのか、それとも深谷さんにいつも地図を見せてるから慣れているのだろうか……。
「歩、ほんとに方向音痴なので……。全局全フロアの地図を見せる準備は常にできてるんです。もはやルーチンワーク……」
「心読みました??」
モノローグの内容に突然触れられたらそりゃビビるって。
地図によると、このテレビ局は1フロアにつき3つのスタジオがあるようだ。通路の形は漢字の『皿』に少し似ているだろうか。
この『皿』の字の中で、横に3つ並ぶ縦長の四角がスタジオにあたる。エレベーターとトイレは西通路・東通路にそれぞれあり、楽屋は北通路・南通路それぞれに沿ってズラッと並んでいる。
「その日撮影をしていたのは3つあるうち、中央のスタジオ。それから歩の楽屋はここ、一番右上の楽屋でした」
渋川さんは北通路にある一番右端の部屋を指さして言った。それに……どうやらエレベーターはフロア内に2か所、西と東があるようだ。俺は確認のつもりで一応訊いてみた。
「ちなみに、故障してるのを見たっていうエレベーターはどっちですか?」
「楽屋を出てすぐの場所にあったから……多分”東エレベーター”、だと思います?」
「そこは自信もって言おうよ……」
まぁ、地図を見れば当然っちゃ当然か。しかし……俺にとってはそれよりも、この地図を一目見て”ある部分”の描かれ方に気になることがあった。
「……聞きたいんですけど、この地図での『楽屋の扉の位置』って、実際のと同じ位置ですか?」
地図に描かれた楽屋を見ると、楽屋の扉は横長な部屋の中央ではなく左右偏った位置に付いているように見える。これが現実に即した図なのかどうか、俺が気になるというのはここだ。
「はい。概ね地図の通りです。例えば、この局の全ての楽屋には座敷が用意されているのですが……地図を見てもわかる通り”北側の楽屋は入って右”に、”南側の楽屋は入って左”に座敷があるということになりますね」
なるほど……。”扉と座敷の位置関係”、これは後にかなり重要な意味を持つかもしれない。となると、併せて確認しておきたいのが……
「さっきの写真、もう一度見てもいいですか?」
……例のツーショット写真を撮ったという深谷さんの楽屋だ。
「えっと……スマホどこやったっけ……あれ~? あ、あったあった」
さっきスマホ取り出してたばっかだよね? まさかこの数分間で見失ったの? ポンコツすぎない……。
俺は改めて例のツーショット写真を見た。背後には照明付きの鏡や座敷、あと件の壁掛け時計が見える。いかにもテレビの楽屋って感じだが、この部屋の構造……。
「後ろの鏡に扉らしきものが……ってことは鏡の位置的にカメラより手前のこの辺りに扉が……で、奥に座敷があるってことは……」
「二駄木くん?」
「写真から推測すると……この楽屋、座敷があるのは『扉から入って右』っぽいな」
「じゃあ、さっきの渋川さんの話の通りだね~」
六町の言う通り、この事実は『北側の楽屋は入って右に座敷がある』という渋川さんの話、および『深谷さんの楽屋は地図で一番右上の部屋である』という事実両方と矛盾なく成り立つ。
だが、もし俺の推測が当たっているのなら……この人物についてもっと探る必要があるな。
「あの……この写真に一緒に写っている人って誰ですか?」
そう……俺が探ろうとしているのは、あのツーショット写真に写っていたもう一人の女の子だ。
「その子は『白井ユキ』、うち所属のモデル兼女優です。あの日、午後の撮影から歩と同じ現場に入っていたんです」
白井ユキ……聞き覚えはないな。まぁ俺もモデルに詳しいわけじゃないし、テレビも夕飯のときくらいしか見なくなって久しいからなぁ。
「言葉がキツいとこもあるけど、でもいい子なんだ。私ユキちゃん好きだな~」
「彼女、同期の歩をライバル視してるみたいで……あなたがそういうこと言うから言葉キツくなるんでしょ、まったく……」
渋川さんはため息をついた。しかし、深谷さんが無自覚に人の癇に障ること言いまくってるらしいってのは妙に納得感あるな。この鈍感天然っぷりは確かにため息もつきたくなる。
「実はその日は早朝から過密スケジュールで、別の局からギリギリで間に合ったのですが……私が楽屋の場所を教えるのを忘れてしまって……」
「でもユキちゃんが連れてってくれたんだよね。あの時はたしか……」
そう言って深谷さんは、その日の白井ユキとのやりとりを話し始めた……。