#26 スイートガール・ファッションショー
日立さんは戻ってくると、お礼と称して俺たちに5000円ずつ渡した。ぎっくり腰の介護の相場なんて知りようもないのだが……流石に通りすがりの高校生にこれは大盤振る舞いが過ぎるのでは?? 大丈夫そ??
「あそこは私の弟のマネキン工房でね。向こうでいらなくなった作品が出たら、シーズンごとに新しいマネキンを借りてるんだ。でもアイツ、全然掃除しないからほこりが酷いのよね~……」
なるほど。それでわざわざあんなところから……。にしても、ほんとよくできたマネキンだ。肌の色も吹かしてあるし、顔も細かく書き込まれている……。遠くから見れば人間に見えるというのも当然だ。
しかし俺が一人納得する一方、六町は不思議そうにこちらを見てきた。
「それにしても、なんで場所が『アトリエ・アニマ』ってところまで分かったの?」
「ん? あ、あぁ……。あの周辺はほとんど住居かビルかしかないのに、アトリエなんて地図で見ても異質だったからな」
……流石に女子相手にあのストリートビューのことを話すわけにはいかない。分かるだろう?
「あれっ、じゃあアトリエ・アニマのことは元から知ってたんだ?」
「お、おう……まぁな……。」
「…??」
とにかく、ヌードの噂がヒントになったなんて認めん。俺の名に傷がつくからな……。
「……それと、助けてもらって図々しいとは思うのだけれど……。あなた達さえよければよ? 実はもう一つだけ、お願いしたいことがあるの」
日立さんがおもむろに口を開いた。もう一つの頼み? まぁ植物園は今度でもいいし、時間はあるからな。俺としては構わないのだが。
「なんですか?」
「それはね……」
~~~
「準備はできたかしら?」
「ええと……はいっ、大丈夫です!」
試着室の中から六町の声が聞こえてくる。俺はというと、ただ正面に座っているだけ。どうやら用があったのは六町に対してらしい。日立さんは椅子に腰掛けて、さっきから穴が開くほど試着室を見つめ続けている。
やがてシャッと静かに音をたてて、カーテンが開いた。
「どうですか?」
「いい……いいわッ!!」
現れた六町は、さっきまでの制服姿ではなかった。
フレンチスリーブの白いブラウス、イエローのギャザースカート……なるほどな。今は五月、つまり夏物が入荷し始める時期ってわけだ。店の改装も、夏物を売り出すのに向けての準備だったのか。
「それじゃ、ポーズをとってみてくれるかしら!!」
「それなら……こんな感じでどうでしょうっ!」
「あぁ!! 自分の魅せ方を理解ってる!! 素晴らしい!!」
ノリノリだな~六町さん。しかし、思えば制服以外の服を着た彼女を見るのは初めてだ。なんだか新鮮だな。制服の与える清楚で真面目な印象とは、また違った良さがある。
ふと、六町がこちらに目線を送っていることに気が付いた。
「えっと、どう……かな?」
「……可愛いな。服の感じとか、色合いも。似合ってると俺は思う」
俺の感想を聞いた六町はたちまち顔を紅潮させた。
「あ、ありがとう……」
「……意外だな。見られるのも言われるのも、慣れてるもんだとばかり思ってたが」
「確かにモデルのお仕事はしたことあるけど、同年代の男の子に”可愛い”なんて……」
顔やポーズなど、単にビジュアルが優れているだけではない。そう言って顔を背けた六町の姿、表情。それは誰も文句のつけようがないほどに可愛らしいと、そう言えるものだったように思う。
それから六町は、日立さんに次から次へと服を渡されては着替え、その姿を披露した。Tシャツにショートパンツといったカジュアルなものや、ワンピースなど女性的なもの。時には結った髪をほどいてみせたり、とにかく短時間で様々な姿の六町を見られた。日立さんも新たなマネキンのコーディネートの参考になったと非常に喜んでいた。
……しかし、俺が感想を述べたときのあの反応……。
もしかすると六町は……いや、まだ分からない。それでも頭の隅にくらいは入れておくべきかもしれない。
二度と、間違えないためにも。
~~~
六町のファッションショーも終わり、俺たちは改めて帰路についていた。
電車に揺られること30分ちょい。そろそろ最寄り駅が近づいてくる頃だ。
「六町、モデルの経験もあったんだな」
「まぁね。とはいっても、そっちの仕事を取り始めても1年くらいで私は引退しちゃったわけだけど」
六町は冗談めかして笑った。こうして見るとすっかり”普通”に染まった普通の子という雰囲気を纏っているが、元は芸能の世界にいた人間なのだなぁと再確認させられた。
そんな話をしているうちに、電車は六町の最寄り駅に着いた。扉が開き、六町は俺を残して外へ出る。
「じゃあね、二駄木くん。また来週……!」
「また来週」
そう言ってゆっくりと手を振り彼女の姿と、ブティックでの姿は、中々どうして違う。目の前の彼女はあけすけな華やかさを感じさせず、しかし素朴なあいくるしさを持っているように見えた。
本当に不思議な子だ、と思うのだった。
面白かったら評価・ブックマークよろしくお願いします。
「評価」というのは、
この下↓の ☆ マークのことですね。