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ミステリと呼ぶには愛くるしく、ラブコメと呼ぶには謎めいている。  作者: 平松 賀正
第六話 スイートガール・ファッションショー
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#25 物言わぬ美貌

 俺は高校生、二駄木宗一。


 元子役で同級生の六町琴葉と植物園に行こうとして針摩坂を下っていた。


 坂道を歩いていた俺は、背後から転がって来る段ボールに気付かなかった。


 俺はその段ボールに転ばされ、振り返ったら……


 女性が倒れていた!


「大丈夫ですかっ!?」


 見たところ年齢は30歳前後くらいだろうか。女性は腰を手で押さえてうずくまっている。


「え、えぇ。なんとか……って、それより荷物は!?」

「そこにありますよ」


 俺にぶつかった段ボールはそこで止まり、今は転がることなく静止している。それを聞いた六町は、段ボールを持って来て女性に見せた。


「ありがとうございます。……あの、できればもう少しお願いがあるのですけど……」


 女性はとても申し訳なさそうにして言った。


「ぎっくり腰ってやつかしら…… 一人で坂を上るが無理そうで……。助けてもらえないかしら?」


~~~


 話を聞いたところ、女性は針摩坂の上にある大通り沿いのブティックを経営しているらしい。そこに荷物を運び込むため段ボールを持って坂を登っていたのだが、途中で腰をやってしまったようだ。


「……あそこよっ」


 坂を上りきり、俺たちはブティックへと向かった。ちなみに俺が女性に肩を掴まれる役割で、六町は段ボールと女性の鞄を持つ役割だ。俺が持つと言ったのだが、六町は転んだ俺を案じてこれを譲らなかった。


「あっ、鍵は鞄の中にあるから。勝手に漁ってくれて結構よ」


 ブティックの入口には鍵がかかっていた。入口横にある大きなショーケースを見たところ、中にはは脚立やテープといった道具しかない。改装中……ということだろうか。


「それじゃあ、失礼します。えっと……えっと……」


 六町は鍵を探して鞄の中を覗いたが……中には何故か大量のポケットティッシュが入っていた。学校の最寄り駅前でよく配られているものだ。なんかこういう人ってたまにいるよな。六町はポケットティッシュの中からやっと鍵を見つけ出し、鍵を開けた。


「ふう……。取り敢えずその荷物は端っこに置いてもらえればいいわ。取り敢えず、ここならなんとか一人でも歩けそう」


 女性は俺の肩から手を放し、腰骨を押さえて歩き出した。


「ところでその、お名前はなんと?」

「あぁ名乗ってなかったね。私は日立ひたち


 ”Inspire the next”とか言い出しそう。それから俺たちの方も名乗り返した。


 店内を見回す。個人経営のブティックということで、シンプルながら温かみのある内装だ。室中にあるのは沢山の洋服と試着室、おしゃれな観葉植物にインテリア。あとはレジくらいか。


「何かお礼をさせてもらうわ。ちょっと待ってて!」


 そう言うと日立さんは『STAFF ONLY』と書かれた扉の奥へと入って行った。


 すると突然、六町が口を開いた。


「……でもあの人、なんでぎっくり腰になんてなったのかな?」

「ん? ぎっくり腰って、重いものを持ち上げたときになるアレだろ? つまりそういうことなんだろ」

「そうなんだけど……私があの荷物を持った限り、大きさの割には()()()()気がするんだよね」

「軽すぎる?」

「うん。中身は一体なんなんだろう……?」


 俺も実際に持ち上げてみる。……確かに。結構大きい割にはそこまで重くはない。少なくとも、見た目30歳前後の女性が腰をやる重量ではないことは確かだろう。


「なんだか、謎めいてるよね?」


 ……思い出していく。


 今日、この時まで起こった出来事を、ひとつひとつ。


 ……なんとなくだが、一つの仮説が浮かび上がった。


「おそらくだが……鼻炎なんじゃないか? あの人」

「鼻炎? どうしてそう思ったの?」

「鞄のポケットティッシュだよ」


・・・

『六町は鍵を探して鞄の中を覗いたが……中には何故か大量のポケットティッシュが入っていた』

・・・


「なるほど! でも、鼻炎にどう関係が……」

「実はぎっくり腰が起こるのって、重いものを持ち上げたときだけとは限らないんだよ。例えば”くしゃみ”とかな」


 くしゃみの勢いというのは実際のところかなり強く、その衝撃によって体に大きな負担がかかる場合もある。俺はスマホを取り出し、ブラウザをポチポチして六町に見せた。


「ほら、くしゃみでぎっくり腰を引き起こす事例も多く確認されてる」

「うーん。でも針摩坂にあるのってほとんど桜の木だよね? 桜の開花はもうとっくのとうに終わったはずなのに……」

「アレルギー性鼻炎の原因は花粉だけじゃない。”ハウスダスト”とか、よく聞かないか?」

「あっそういえば……! じゃあ、あの人は坂に来る直前にホコリっぽいところにいたのかな? でもそれがどこかまでは流石に……」

「……実は見当はついてる」


 そこまで話すと、ちょうど日立さんが奥から戻って来た。腰を曲げて、ゆっくりと歩いている。


「さっきは本当にありがとう」

「あ、いいタイミング。ちょっと聞きたいんですけど……」

「えぇ。何かしら?」

「あの段ボールの荷物、もしかして()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ものですか?」

「えっ!? そうだけど……なぜ分かったの?」

「あんな荷物を車すら使わずに運ぼうとするくらいだし、普通に考えてかなり近場から持って来たんだろうなって思ったんです」


 もちろん、理由はそれだけじゃない。しかし当たってたか……ってことはやっぱり……。


「六町、このブティックのショーケースを見たか?」

「え? うん。準備中って感じだったよね」


・・・

『入口横のショーケースを見たところ、中にはは脚立やテープといった道具しかない』

・・・


「あぁ。だが準備中だったとしても、この店には”あるべきもの”がどこにもない」

「ええと、それは?」


・・・

『中にあるのは沢山の洋服と試着室、おしゃれな観葉植物にインテリア。あとはレジくらい』

・・・


()()()()だよ」

「……あっ、もしかして!」

「すみません。あの段ボール箱の中身って、マネキンだったりします?」

「す、すごい……。その通りよ」


 これではっきりした。あの段ボールの中身はマネキンだった。デカい箱の割には軽すぎるってのも納得だ。


 そして、そのマネキンは『アトリエ・アニマ』から運ばれてきたものだった。……今なら分かる。


・・・

『……思ってたんとちがーう……』

・・・


 今日の昼休み。あのヌードに、俺が無意識に感じていた違和感。


(……あれは()()()()()()()()()()()()()。マネキンだったんだ……!!)

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