#24 ローリング◇しかく
ある日の昼下がり。
「やぁ二駄木宗一、ご機嫌いかがかな?」
「さぁ……どうだか」
弁当を食べようとした俺の前に現れたのは、2年A組の三門怜治。かつてパソコン紛失事件の際にひと悶着あった相手だ。
「つれないねぇ君は」
「つーかよく毎日昼休みの度に来るよな……」
「仕方ないだろう? 今やこの僕と昼食を食べたがる人なんていないのだからね!」
「俺だってお前なんかと食いたかねぇわ」
体育は毎回A組とB組で合同なのだが……二人組を作るときはよく俺のとこに来るし、昼休みにはこうして俺の前の席で昼食を食べに来る。一応お前を犯人にした張本人なんだけどな……。
あの一件以来、三門のイメージは地に落ちた。
以前はこの高慢な性格も女子を中心として顔の良さゆえ許されていたところがあり、男子もあまり邪険にしづらい風潮があったようだ。しかし『三門がパソコンを盗んだ』という話が学年で広まり、大多数の女子からの評価もやっぱないわ~といった感じになっていった。
まぁでも……俺の中ではこの『メンタルの折れなさ』だけは凄いなと思わなくもない。周囲からの扱いもものともせず、いつもコイツは平気そうな顔でいる。……俺には絶対無理だ。
「ところで二駄木宗一。最近こんな噂は聞いたことあるかい?」
「どんな話だよ」
「ストリートビューに写り込む女性のヌードの噂さ」
いや話の流れ急転しすぎだろ。ヘアピンカーブかな?
「……はぁ? なんだそれ……」
しかし、こいつも意外とそういう話題に興味あったんだな。いや、俺も全くないわけじゃないけど。でもあんまりがっつくのも……なんか恥ずかしいじゃん?
三門はスマホを取り出し地図アプリを開くと、ここ都立富坂高校から程近いところにある『針摩坂』までマップをスクロールさせた。更にそこから坂を下るように道沿いの建物を見ていくと、やがて一軒の建物で指が止まった。
建物の名前は『アトリエ・アニマ』。何かの工房か? この周辺は大体住居かビルしかないのでなんだか異質だ。そんなことはともかく! ストリートビューを見ると……こ、これは……!
「……思ってたんとちがーう……」
三門は建物の2階の窓を指さしていた。白人女性だろうか。確かにそこには全裸の女性らしき姿があった。あったのだが……なんかいまいち……。画像が粗いから? 思ってた以上になんというか、そそられへんかった……。
「まぁ……正直今ってネットを使えば割と何でも調べられたりする時代だし、昔と比べて情報の価値って絶対下がってるよな」
「今の台詞だけ見ればまさかポルノの話をしているとは思えない言葉選びだ。流石だね、二駄木宗一!」
それはとある昼休みのこと。猥談を通して、三門との謎の一体感が生まれた。
うわ~なんか嫌だなぁこれ……。
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その日の放課後。
授業が終わってからというもの、今日の校舎はいつもより少し騒がしいような気がした。実際俺も気分がいい。というのも、次の月曜日は祝日ではないが『創立記念日』で休みなのだ。そして今日は金曜日。よって明日から三連休!
創立記念日といえば中学の頃、土日に被っててすげー損した気分になったのを覚えている。振替休日にもならないしね……。
今日はどこか普段行かないような場所に寄ってみようかしら……などと考えながら下駄箱で靴を履き替えていると、不意に横から話しかけられた。
「二駄木くんも帰り?」
六町だ。三門とは例の事件での因縁があるが、今となっては意に介していないようである。まぁ今のアイツの状況もある種の社会的制裁が加えられた状態と言ってもいいのかもしれないし、これで十分と判断しているのかもしれない。
「あぁ」
俺は後から来た六町が履き替えるのを入口脇で待った。俺は六町が出てくるのを見て歩き出し、彼女はやや早足で俺の横に並んだ。
「二駄木くんは三連休どうするの?」
「明日土曜日は映画とか見に行ったりする予定で、他は特に…って感じだな。六町は?」
「土曜はまだ決まってなくて、日曜は紗耶香ちゃんと遊びに行く予定があって……それでね」
六町は少し勿体ぶって、口を開いた。
「月曜日になんと……テレビの収録!」
「はえ~テレビねぇ……テレビ!?」
テレビ!?
「”深谷歩”は知ってるよね?」
深谷歩。最近売れている若手女優で、そのイケメン俳優顔負けな出で立ちから”王子様”などと呼ばれている。そして、六町がその名を口にする以上おそらく最も大事なのが……。
「昔ドラマで共演してたって人だろ?」
”青井家の300日”。六町がかつて子役として出演し、当時大ブームとなったドラマだ。深谷歩はそこで六町と姉弟役として共演していたのだ。今はもう芸能界を去ってしまった六町とは対称的だが、今になって何故その名が……。
「いわゆる『あの人は今?』みたいな感じでね、歩ちゃんと一緒にお呼ばれしたの。やることはまぁ、普通の街歩きロケだね」
「……なるほどな。でも、なんつーか……」
「『辛くないのか?』って?」
「まぁ、そんなとこだ」
「大丈夫だよ。というか、本当に嫌だったら断ってるし」
……愚問だったか。彼女はあの一件をきっかけに吹っ切れたのだ。俺が思っている以上にきっと、彼女は強い子なんだろう。
「……あっ、そういえば私、ちょっと行ってみたいところがあったんだ」
「なんだ?」
「植物園なんだけど、学校からそう遠くないところにあってね。あそこの……」
ちょうど信号で立ち止まり、六町は前方斜め右の方向を指さした。そこにあったのは……針摩坂だ。
「針摩坂を下った先にあるらしいんだよね。ちょっと寄ってみない?」
「まぁ……たまにはいいかもな」
昼にあんな話をしたせいで針摩坂を見ると邪なものを思い出してしまう。
「? ……二駄木くーん!」
「お、おう」
気付くと目の前の信号は点滅していた。俺は急いで六町の元へと走り出した。
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針摩坂。
富坂高校も面するここ一帯の大通りは細長い台地の上に作られており、大通りからちょっと横道に逸れるとたちまち坂道に出くわす。そのためここ一帯は非常に坂道の多い地域となっている。その中でもとりわけ大きく、開けた坂道が針摩坂だ。
針摩坂は中央に広い遊歩道があり、その両サイドに道路が敷かれている形となっている。俺たちが今歩いているのはその遊歩道だ。
「桜の季節はすごく綺麗だよね、ここ」
「あぁ、俺も四月には桜を見にここへ来た。…… 一人でな」
「ふ、二駄木くん……」
四月頭の頃は桜の咲き乱れる様が見られたが、今は五月末。桜の花は既に盛りを過ぎ、木々は代わりに青々とした葉をつけていた。これはこれで綺麗だとも思うが。
「そういえば……雨海さんとはどこか行ったりしないの?」
「雨海? いや、今週は特に……。まぁ部活が終わってからゲーセン行ったりすることは何度かあったが」
「そうなんだ……えっと」
……六町が次の言葉を発しようとした、その瞬間だった。
「んがッ!!」
「ふ、二駄木くん!?」
大きな段ボールが針摩坂の遊歩道を転がり落ち、俺の背後からぶつかってきた。
段ボールの突進により足元を崩され、たまらず倒れる。古来より伝わる”ポケットに手を入れて歩くな”という教えは、つまりこういうことなのだ。本当に危なかった……。立ち上がった俺は恨みがましく後ろを振り向いた。
「……ったく、なんなんだよ……って」
そこには、腰をおさえてうずくまる女性の姿があった。